かわいいひと

2017/05/15



「万里くんは素直ないい子ですよ?」

 あいつらぼ問題児っぷりはどうにかなんねーのか、と言った左京さんに俺がそう返したら、心底不可解だという視線を向けられた。なんでだろう、本当にそう思っているのに。

「月岡……気は確かか」
「はい? もちろん。俺、そんなに変なこと言いました?」

 左京さんがため息をついて首を振る。まあ、左京さんは万里くんと同じ秋組だし、稽古中に起こる十座くんとのケンカを諫めてるって話も聞くし、色々と大変なんだろう。
 でも、俺は本当にそう思ってるんだ。万里くんはいい子だって。
 たとえば、リーダー会議の時ゲーム禁止っていったらちゃんとスマホしまうしところとか。ご飯食べる前にはちゃんといただきますって言うところとか。そりゃあ、たぶん校則違反のピアスをしていたり制服をきちんと着ていなかったりもするけれど、悪ぶってるわりに、万里くんは素直でかわいい。と思う。

「お前、すっかり摂津に参っちまってるみてーだな」

 俺が淹れたコーヒーをすすりながら、左京さんが呆れたような視線を向けてくる。俺と万里くんが恋人としてつきあってることを知る、数少ない相手だ。でも、それを言ったら左京さんだって、随分――十座くんに甘いしね。俺のこととやかく言えないと思うんだけどな。

「十座くんも、一生懸命でいい子ですもんね」

 だから、仕返しみたいに言ってみた。左京さんは言葉を詰まらせて、そして俺を軽く睨みつけてくる。分かりやすい人だなあ。否定が返ってこないってことは、つまりそういうことなんだろう。
 俺と左京さんは、それぞれ年下の恋人がいる。年の差が気にならないって言ったら嘘になるけど、それでもこの恋を終わりにする選択肢はなかった。

「まあ、いいさ。お前の前じゃ猫かぶってんだろうしな。せいぜいあの猛獣をしつけておいてくれ」
「ずいぶんかわいい猛獣なんですけど……」

 ふふ、と笑ったその時、監督に頼まれて買い物に行っていた万里くんと天馬くんと太一くんが帰ってくる。
 重い、と言いながら談話室に入ってくる天馬くんと、特売たまごとジャガイモ大量ッス〜と嬉しそうに笑う太一くんと、マジだりぃとうんざりした顔で買い物袋をテーブルに置く万里くんと。
 文句を言いながらもなんだかんだ監督のお願いをきく万里くんは、やっぱりいい子だと思う。

「おかえり、万里くん」
「あ、紬さんも帰ってたんすか。なあ明日空いてる? さっきネットでよさげなカフェ見つけたんすよ」

 万里くんは小さな声でそう言って、スマホを取り出す。一応内緒の関係なのに、これじゃあすぐにバレちゃわないかな?
 でも、万里くんは一生懸命俺を好きでいてくれる。それが嬉しくて、俺は思わず、ソファに座った彼の髪を撫でてしまった。

「……紬さん? なにしてんの」
「え、あ、ごめん。えっと、明日だっけ。バイト終わってからでよければ」

 突然髪を撫でられた万里くんは、わけが分からないというように俺を振り向いてきて、ちょっと照れくさそうに笑う。かわいいなんて思って、反応が遅れてしまった。

「おー、それでいっすよ。じゃあ、いつもんとこで待ち合わせな」
「うん、楽しみにしてるね」

 万里くんとはカフェデートが多い。だけど飽きない。俺は万里くんのオススメがすきだし、万里くんもたぶん俺のオススメを好きになってくれる。
 待ち合わせというのには少し心配なこともあったけど、やっぱり楽しみ。カフェラテ色の万里くんの髪を、もう一度撫でてみた。




 遅くなっちゃったな、と時計を覗き込む。
 万里くんはもう待ち合わせ場所に来ているだろうか。たぶんそうなんだろうなと思う。外で待ち合わせる時、たいてい万里くんの方が先に来てるんだよね。
 学生だから時間が自由になりやすいんだよ、と彼は言うけれど、俺だってそれなりに自由になるはずなんだけどな。なんでいつも、万里くんは先に来てるの? たまには俺だって万里くんを待っててみたいんだけどな。
 そう思って、俺は歩く速度を少し速めた。約束の時間まではまだあるけれど、もし先に来ていたら、待たせたくない。
 俺が万里くんを待っていたいっていう理由のひとつには、彼があまりにもカッコイイことが挙げられる。それで何が困るって、……困るじゃない、あの子一人で立ってると女の子たちに声かけられやすいんだから。
 それは仕方ないって思う。恋人っていう欲目を抜いても、万里くんは本当にカッコイイ。顔だって整ってるし会話だって面白いし、明るいし、声かけたくなるよね、分かるよ。

 でも、ごめん、その子、俺の。

 って、何度言いかけたことか。言えないけどね。
 待ち合わせの目印が見えてくる。そこにひときわ目立つ容姿の男の子がいて、きゅっと胸が締めつけられた。
 ああ、やっぱり今日も女の子……っていうか女の人と喋ってる。すごいな……ちょっとその勇気、俺にも分けてほしいよ……。俺が女の子だったら、遠くから見るだけで精一杯だと思う。
 ……落ち込んできちゃった。やっぱり次はもっと早く来よう。
 でも……いいことだってある。
 退屈そうにしていた万里くんが、人混みの中で俺を見つけてくれる瞬間。それが、すごく好きなんだよね。

「紬さん」

 万里くんが、本当に嬉しそうに俺の名を呼んでくれる。ぱあっと華やいだような笑い顔と一緒にだ。今の今まで退屈そうに女の人と話してたのに、この変わりよう。カッコイイだけじゃなくて、この瞬間の笑顔、ものすごくかわいいって思ってしまう。かわいいって言うと万里くんは怒るから、言えないんだけど。

「あー、じゃあ、ツレ来たから」

 万里くんはそう言って、女の人には目もくれずに俺の方に向かってきてくれる。がっかりしたような彼女には申し訳ないけれど、万里くんは俺のだし、いいよね……。

「ごめん万里くん、遅くなっちゃった」
「べっつに、まだ時間前じゃん」
「でもまた待たせちゃったよね。次こそ俺に待たせてよ」

 約束していたカフェに向かいながら、ひとまずの謝罪。本当にどうして万里くんは、嫌な顔ひとつしないんだろう? どうかすると何時間でも待ってそうなカンジだよ。そんなに待たせたりしないけど。

「え、待たせるって、予告すること? おもしれーなぁ、紬さん」

 万里くんが笑う。最近は万里くんに引っ張られてか、俺もよく笑えるようになったのが嬉しい。紬さんの笑ってるとこ好き、と言ってくれた万里くんを、俺はきっと彼が思っている以上に好きだと思う。

「だって万里くんを一人で立たせてると、今日みたいなこと多いじゃない……」
「なに、紬さん。それ、妬いてんの?」

 ひょいっと顔を覗き込まれて、俺は思わず視線を泳がせる。万里くんはきっと分かって言っているに違いなくて、悔しい。俺の方が年上なのに、余裕があるのはいつも万里くんの方。
 ああ、でも、ここで。

「妬くっていうか、万里くんは俺のって言って引っ張っていきたくなる、かな」

 なんて言ったらきみはどうするのかな。

「……っつ、紬さんちょっとタンマ、むり……」

 仕返しみたいに万里くんをじっと見つめ返してみたら、予想以上の反応をもらってしまった。顔を真っ赤にして固まってしまっている。いつもきみが言ってることと同じじゃない、ねぇ?

「だから、次は俺が待つよ」
「や、でもちょい待ち、アンタが一人で立ってたら余計に危ねーじゃん。俺の倍はくるだろ女どもが」
「あはは……そんなわけないでしょ、万里くん」

 分かってねーなあ、とため息を吐かれる。そんなこと言われたって、実際ナンパとかされたことないし、万里くんの言うことに頷くのは無理だ。

「でもな紬さん。今まではそうだったかもしれねーけど、俺とつきあうようになってからアンタどんどん、なんつーか、綺麗になってっしかわいくなってっし、俺はそういうアンタを一人で立たせたくねーの。分かんだろ」

 万里くんが真剣に心配そうな顔をしてくる。そんなわけないのに、気を遣ってくれてるのかな。

「それにさ」
「……それに?」
「言っても怒んねぇ?」
「怒らないよ」

 万里くんは少し気まずそうに髪をかき混ぜて、立ち止まる。指先が触れ合っているのが分かって、俺も立ち止まって万里くんの音を待った。

「紬さんがな、人混みの中で俺を見つけて、嬉しそうな顔して、そのあとごめんってちょっとしょんぼりすんの、俺すげー好きなの。それ、見たいだけなんだよな。そのためなら、たぶんどんだけでも待てるぜ、俺」

 ……どうしよう。そんな理由だとは思ってなかった。万里くんはいつも俺の予想の斜め上を行くから、心の準備もできやしない。

「俺のしょんぼりしてるとこ好きとか、酷いな……」
「怒んないっつったじゃん」
「怒ってない」
「つーむーぎーさぁん、なあ、悪かったって。今日オゴるからさ」

 本当にぜんぜん怒ってないんだけど、恥ずかしさ八割、意地悪二割でつんとそっぽを向いて歩き出したら、万里くんが情けない声を出しながら追いかけてくる。
 ねえ、俺もきみのそういうところ大好きだよ。

「怒ってないってば」
「じゃあなんでこっち向いてくんねーの」
「万里くんがかわいいから困ってる」
「意味分かんね」

 そう言って万里くんは口を尖らせる。俺はこんなに分かりやすくきみを好きで、きみをカッコイイと思ってて、かわいいとも思うようになってしまったのに、まだまだぜんぶは伝わらないみたいだ。
 どうしたらいいかな。たまに見せる子供っぽい……というか年相応な顔とか、膝枕してって俺にだけ甘えてくるのとか、すごくかわいいと思うのにな。

「紬さん、機嫌直してよ、せっかくのデートなのに」
「あのねほんとに怒ってないんだよ、万里くん」
「じゃあこっち向いてって」
「んー……ダメ」
「なんで!?」


「きみにキスをしたくなるから」


「は? ……――ッ」

 ほらね、そうやって俺の言葉なんかで顔を赤くするきみのこと、ほんとに好きなんだ。
 カッコイイのはいいけど、そうやって普段にない表情とか仕草とか見せるのは、俺だけにしといてね、万里くん。