いないと寂しそうな顔するくせに

2006/06/06



「ラビと神田って、仲良いですよね」
 食べられるのかと言うほどの夕食を両手に、白髪の少年は何の気なしに口にした。
 顔を上げるつもりはなかったが、聞き捨てのならない言葉に、思わず箸を止めて顔を上げてしまう。
「…あぁ?」
 凄みの効いた声音に退かない人物も、この世界の中で珍しい。遠慮も何もなしに食料をテーブルに置いて陣取るアレンを睨みつけてみるけれど、総てが無駄だった。
「だっていつも一緒にご飯食べてるじゃないですか」
 座るが早いか、手にしたフォークでパスタを巻き取ってゆく器用な手。
 アクマを探知できるその左眼は、やはり視野が広いらしい。
「だってさ。どうですかねユウさん?」
 同じように手を止めていたラビが、隣から振り向いてくるけれど、神田は取り合わない。
「てめェが勝手に隣座ってるだけだろうが。図々しい」
 実際その通りだった。食堂に来るのはたいてい神田のほうが先。ひとり静かなテーブルに就いていても、食事のトレー片手に隣を陣取るのがラビの常。たまに神田が後から来ても、わざわざ席を移ってくるのだからどうにも仕様がない。
「イヤだったら六幻で斬るとかすればいいのに。神田だったらそれくらいやりそうですが?」
 パスタを一皿たいらげて、次の獲物に取り掛かるアレン。悪意も、善意も、つまり他意はないのだが。
 正直このテの人間とはソリが合わない。自分の蕎麦も後少しになったしと我慢して、神田は箸を動かした。
「こんなの斬ったら六幻が気の毒だ」
「わぁユウちゃんてばひどーい」
「名前で呼ぶな。学習能力のないヤツめ」
 隣を陣取るラビにしても、だ。何が楽しくて自分の隣など、と思っていたのは、いったいいつが最初だろう。
 跳ね除けても罵っても、いつだって近くにいた。仲が良いと言われても、それならば仕方がないのだろうか。
「あれ、もう行くの? 相変わらず少食さね」
 好物の蕎麦を食べ終わって立ち上がると、当たり前のようにラビは呼び止める。
 それを睨み下ろして、そこの怪物と一緒にするなと遠まわしにアレンに厭味を投げつけた。当の本人は気づかずにきょとんと首を傾げたが。
 神田の背中を見送って、ラビは少しだけ息を吐いた。




 トントンとドアを叩く音がする。備え付けの時計を見れば、他人の部屋を訪問するにはやや遅い時間帯。
 そうは思いながらも、ドアに向かう足は重くない。そんな自分に気づいて呆れながらも、もうどうすることもできない感情が、いささか恨めしく思えた。
「てめぇはまた、こんな時間に」
 ドアを開けて、予想を裏切らないその人物に、これ見よがしにため息なんかついてみせる。
「だって、こんな時間でもなきゃ誰かに見つかっちゃうさ?」
 ラビの方はラビの方で、そんなこと気にも留めていないようだ。
 部屋の中にするりと身体を滑り込ませて、背中でドアを閉めて、外の世界を遮断する。
 そうでもしないと邪魔をされてしまいそうで、触れることさえできやしない。
「ユウ、触っていい?」
「訊くな、いちいち。恥ずかしい」
 一応許可は取ろうと思って、と笑い、ラビは神田を抱きしめる。
 それは仲間としての、友人としての抱擁ではなく、愛しい人へ贈る体温と、この上ない愛情。
「でもさぁユウ。いくら秘密だからって、食堂で普通に話すくらいいいんじゃね? 最近冷たいさ」
「てめぇの話は普通じゃねぇ。一気にバレるだろうが」
 そうかなぁと呟きながら、ぎゅうと強く抱きしめる。
 秘密、だった。誰にも知られちゃいけない関係だった。もしも知られてしまったら、どんなことになるだろう。どこかに閉じ込められてしまうかも。遠い遠い地に行かされるかも。この先一生、逢えなくなるかも。想像するだけで恐ろしい。


 秘密、だった。


「解かってんのかよ。同性愛はココじゃタブーだぜ」
「解かってるさ。だから部屋の外じゃオトモダチ装ってるでしょ」
 細い身体だなぁと思いながら、抱き上げる……というより、持ち上げた。
「わ、危ね、オイ」
「やっぱ、軽い」
 危ないと抗議する神田を放って、半ば引きずるように柔らかなベッドまで運ぶ。乱暴と思わない程度の力で横たわらせて、その身体をまたいだ。
「ねぇユウこそ解かってんの? ユウのこと、いっつも心配してんだけど」
 任務で離れている間も、食堂で一緒にご飯を食べているときも、こうして間近で見下ろしている瞬間でさえ。
 自分たちは戦争の中に身をおく状況で、危険だと解かっていてもたった一人の大事な人を見つけてしまった。幸せでいて欲しい・生きていて欲しい・笑って元気でいて欲しい。
 笑顔を作れるなら、できれば自分が与えてやりたいとさえ。
「ただでさえ細いんだからさ、ちゃんと食べてよ。オレいないとき、食べてる?」
「……食ってる」
 ひとつひとつボタンを外しながら、柔らかな口唇に口づける。
 キスの合間に答えをもらって、半信半疑のラビはもう一度訊きなおした。
「オレが、ユウのこと愛してて、ユウのこと心配してんの、ちゃんと解かってる?」
 首筋を撫でて瞳を覗き込む。綺麗な蒼の瞳の中には自分が映っていて、幸せだとは思ったけれど。
 しばしの沈黙を破って、桜色の口唇が開く。
「……お前は、いつもいつもそんなこと言うから……なんか、それに慣れちまったな」
 言われてみて思い返す。逢える時はそういえばいつも同じようなことを言っているかも知れない。
 逢えない時だって、いつも愛してる。
「お前は…離れててもそうやって想ってくれてることを解かってるから、こうして本部に帰ってこれる」
 お前がいなかったら、もしかして本部に帰ってくることはないかも、と冗談めかして呟かれ、自分が思っているよりもずっとずっと愛されていることに気づく。
「だから別に、お前がいても、いなくても、変わらない」
 照れくさそうに顔を逸らした愛しい恋人にうそつきと微笑んで、頬を包んでそっと振り向かせた。
「オレがいないと、寂しそうな顔するくせに」
「見てるようなこと抜かすじゃねぇか」
「解かるんさ、愛するユウのことだから」
 実際目に浮かぶようだ。鍛錬中や任務中はいつもどおり過ごしても、部屋で一人になるときっと寂しそうな顔をするに違いない。
 間近で見られないことが残念だけれど、自分が傍にいる時はそんな顔させたくない。この目で見たことがないというのはとても幸せなことだと思った。
「ああ、ちくしょう。否定できねぇ」
「違うなんて言わないでね、ユウ。こうして一緒にいられるときくらい、いっぱい愛してるって言ってよ」
 目蓋に口づけたら、小さく愛してると囁いてくれた。
「てめぇの寂しそうな顔なんて、ちょっと想像つかねぇけどな」
 あなたには適わない。
 きっと、一生ずっと。
「ユウと一緒にいる時は、幸せでしょうがないからさ。そんな顔してたらもったいない」
 背徳でも、秘密でも。
「愛してるさ、ユウ」
「…………愛してる、ラビ……」
 あなたと共にいる時は、せめて幸福だと胸を張る。