雨に霞むaffair

2005/03/30



『ねぇユウの首筋……痕残してい?』
「バ、馬鹿言うな、見え…っ」
 実際に残せるはずもないのに、反射的に彼がいつも痕をつけたがる箇所を押さえ隠そうとしてしまう。
濡れた舌の感触と吐息まで、感じられた。何度も重ね合わせてきた身体が、可笑しいほどに【記憶】しているのだ。
『ユウさ、今サラシしてんだろ。任務後、いっつもだもんな。ああ、いいさ外さなくて』
「ラビ…?」
『サラシの上からでいいから、触ってみな、ユウ』
「や……」
 自慰の最中相手の声が聞こえるというのも考え物だ。見られているようで、羞恥が倍ほどになる。
『や、じゃないだろ、ユウ…いっつも、胸突き出して触ってって言うのに』
「い、ってね…そんなこと…っ」
 それでも、手のひらで、指で、自分の胸をまさぐった。次第に硬さを増す胸の突起は、確かに敏感に【開発】されていて。
『言ってるさ。もっと触ってって…舐めてってさ……今度ティムで映像記録してやろうか?』
「殺す…!!」
 言葉とは裏腹に、瞳の端に滲み出す快楽の涙が浅ましく思えて、せめて喉を突いて出てくる声を抑えようと、歯を食いしばった。
『ユウ? 声、抑えようとしても無駄さ? オレがそこ、舐めてやると超イイ声出すんだもん』
「あっ…」
 舌なめずりの音。雨音に掻き消えてしまえと思うほど、淫らな水音。
 サラシ越しの愛撫がもどかしくて、神田は突起の部分だけを少しずらし、そこに指を滑り込ませた。
「い…っ…ラビ…」
『ホラ……気持ちいいんさ? ユウはそうやって拒む振りして腰を浮かせる。もっと下のも触って舐めて、めちゃくちゃにイかせて欲しい、ってさ』
「あっ、いや…、だ…ラビ…!!」
 最後に重ねた肌の記憶が、身体の奥から這い上がり、熱を誘う。こんなに長い間離れていても、這い
上がってくる熱は変わりなくて、浅ましくて、あまりにも愚かしくて、悔しさがこみ上げる。
「ラビ…」
『ユウ…片手、空く? 胸からさ、下…降りて。肋骨。ユウ、ココ触られるの好きでしょ…指で…手のひらで』
 それでも、言われるままに腕が動く。ラビの掠れた声は、理性を吹き飛ばす魔法のようだと、神田は後から思った。





『あっ…あ…ラビ…』
「ユウ、すっげ可愛い…」
 実はラビの方も理性なんか決壊ギリギリで、息を上げながら神田に囁く。
 セックスをしようと頼んだのは確かにこちらの方だったが、まさか本当にしてくれる、とは思わなかった。神田はハタから見ても分かりやすいほどに、人一倍プライドが高く一見【性】になど興味も無さそうに感じられる。
 実際、肉体関係に持ち込むまでにどれだけか苦労を要したのは、未だに記憶している。
「ユウ…ベルト外せる?」
『んっ……』
 無線ゴーレムの向こう側から、欲情に掠れた声とカチャリとベルトを外す音が聞こえた。神田の指がどんな風に動いているのか、想像しただけでも背筋があわ立つ。普段の潔癖的な彼からはどうやってもイメージが合わず、そのギャップがラビの欲望のレベルを上げさせた。
「全部、脱いで。もう、結構限界っしょ、ユウ…?」
『そん…ッな…ラビ、これいじょ……無理…』
 その言葉に、ラビは口の端を上げた。向き合って肌を重ねる時と、同じようなセリフ、だ。
「ダメ。無理じゃないさ、ユウ? だって覚えてるでしょ? オレがいつも、どんな風にユウをアイシてるか…」
 いつもいつも、そう言いながらねだるように腰を上げしがみついて来る彼に、いくつものキスを与え抵抗する理性を吹き飛ばすのがラビのやり方。
『だ…けど』
「ユウ、脚の付け根、弱いんさ。知ってる? 中指の腹でちょっと触っただけでも」
『ひぅっ…』
 ホラ、そんな甘い声を上げて。
 そんな淫らな声を出されてラビの我慢が効くはずもなく、解放を求めて存在を誇示する己をさする。
服の上から…もう布越しでは満足に感じることもできず、急くようにジャッと荒々しくジッパーを下ろし、右手を忍ばせた。
「ユウ…もっと声……聞かせて」
 掠れた声で、深く深く、愛をねだった。





 覚えてるでしょ?と囁かれ、神田の指はゆっくりとジッパーを下ろし始める。いつもだったらこれはラビの指であったり、歯であったり、それでも時には神田の手を使って下ろさせる事もあったり。
 ベッドの端に座ったままの姿勢では、これ以上身体を支えているのが困難で、神田はそのままベッドに背中から沈んだ。
 髪が揺れ、首にまとわりつく。こんな鬱陶しい髪をラビは好きだと言い、しばらく切らないでおこうと決めたのは、多分その時。
「ラビ…」
『ユウ、続けて。オレいつも、ドコから最初に触る?』
「あ…っ」
 耳元にちょこんと落ち着いたゴーレムから、ラビの掠れた声と荒々しい息。まるですぐ傍にでもいるような錯覚を起こさせる。
 だけど実際に触れてくれるわけもなく、苦しくてもどかしくて、何度も、何度も名を呼んだ。
『根元から…動かして…手のひらで押すようにしてさ…』
「ラビ……い…やだ…っ」
『ウソツキ。どーすんの、ソレ。もう、硬いさ? ちゃんと解放してやんなきゃ…な、ユウ』
「あっ、あ…っふ…」
 なだめ誘うような声に、神田の肩がビクリと揺れる。屹立した己を手のひらで包み、指で追い詰め、背をしならせた。
『イイ…最高さ、ユウ…』
「や…ああ、あっ、ん…っ、く」
 片手だけではもどかしすぎて、神田は両手で自分を追い詰めていく。ラビの愛撫を、身体で思い返しながら。
 折り曲げた膝が浮き上がり、快楽を追っていることがその仕種だけでも嫌というほどわかってしまう。
「ラビ…や…ラビ、もう…っ」
 両手が、己の体液で濡れていく。先端からあふれ出す快楽の象徴が、淫らな音を誘い息を乱れさせる。
 ラビがいつもしているように、指で輪を作り上下に激しく動かし、爪で引っかき、手のひらでこする。奥でくすぶるふたつの袋を、空いた片手で柔らかく揉んだ。
『ユウ…イきそ…?』
「んっ…ああッ……ラ、ビ…!」
『ごめ、も少し我慢してくんねェ? ユウと一緒にイきてェさ…』
 荒い息とともに、濡れた音がゴーレム越しに聞こえる。それはお互いに同じような状況で、愛しいと、嬉しいとさえ感じてしまう。
「ん…ラビ…」
『ユウ、愛してるさ…』
 いつものように囁かれる睦言に、神田の脚が跳ねる。そんな声にすら感じてしまう自分が、情けないほど浅ましかった。
「ラビ…ラ…ビ…っ」
 浅はかで、愚かしくて、愛しくて、泣けてくる。
 浅ましく乱れ、快楽を追い、解放を求める。こんな無様な自分を、この男は愛していると言う。
『ユウ……愛してる…』
「っ…ラビ…!!」
『一緒に、イこ』
「…ん」
 いつも、一緒にイく前は必ずキスをしてくれる。その悦楽に酔い、神田は両手で快楽を追いたてた。
「あっ…あ、あ…っラビ、い、く…っ」
『ユウ……っ』
「ひぁっ……あ、ああッ…ラビ、ラ…、────っっ…!!」
『ユウ…、いっ……────!』
 神田の脚が、ビクリビクリと痙攣を起こす。
 ふたり、同時に果てた。
「っは…はぁ、…はぁ、く、ふぅ…っ」
『っつ…っは…はぁ…はぁ…』
 荒々しい息が辺りを包み込む。飛び散った濁る体液が意識を現実に引き戻し、呼吸が整っていくにつれ、羞恥心が神田を支配した。
『ユウ、すっ…げぇよかった。ヤミツキになりそうさぁ〜』
「ば、馬鹿言うなっ、もう絶対やんねー!」
 思い返せば、なぜこんなことができてしまったのだろう、と口唇を噛んだ。
 それを愛と呼ぶ人もいる、でしょう。
『え〜、またやろうさ〜ユウ〜』
 ギシリとベッドから降り立ち、
「いっぺん死んでこい」
 追う様に飛んだゴーレムを、一刀両断。向こう側から、あからさまにヘコんだ声が聞こえてきて、神田は思わず口の端を上げた。


「気が────向いたらな」


 カーテンを開けると、相変わらず激しい雨は景色をけぶらせ、声すらも霞ませる。
 だけどそれはラビに届いてしまったらしく、
『さんきゅ、ユウ。愛してる』
 幸福そうな音が、耳に届く。胸が詰まった。
「……ラビ」
『ん?』
 パタパタと浮遊するゴーレムをしばし見つめ、ためらいがちにカーテンを閉め直した。
「…悪い、なんでもねェ。そろそろ切るぞ」
『…ん。この任務終わったら、今度こそ逢いてェな、ユウ』
 なにか言いたげなラビの声音。言いかけてやめた神田の心に、どれだけ気づいているだろうか。
 己の薄情さに少し口唇を噛み、神田はそうだなと静かに返す。
 じゃあ、また。と無線が切れる。
 ゆっくりと息を吐き、カーテンの引かれた窓にもたれかかる。熱に浮かされた身体に、その冷えたガラスは心地よかった。
「ラビ……」
 その名を紡ぐ口唇を指でなぞり、そのまま片手で口許を覆い俯く。
 言えなかった。
「…ラビ、…」
 言えなかった。
「……愛してる…」
 こんな雨の音じゃ、小さく呟いても。
「愛してる……」
 きっとあなたに届かない────