天気がいいから

2005/10/21



 ユウは頬杖ついて、シーツに広がるオレンジ色を見下ろした。
珍しく起き出さないな、と。
 こうして寝顔を見るのが初めてな訳ではない。先に目覚めることは幾度でもあったし、そのたびに抱きしめられて眠っていた事に安堵する自分に気づく。
 それでも自分が起きればこの男も、その気配に気づいて目を開けるのが常だった。

「……」

 すぅすぅと規則正しい寝息を立てながら、惰眠を貪る、ユウが恋人と呼ぶ男。
 赤橙の髪と陽に焼けた肌。つい、と伸びた鼻梁と黒の眼帯。
 …その、覆われた向こう側になにがあるのか、いまだ訊く勇気を持たない自分に、この男はどれだけ気づいているだろうか。

「ラビ…」

 小さく呼んでも、男は夢の中。
 どんな夢を見ている?
 そこに入り込めない自分が悔しくて、そっと髪を梳いてみる。
 案外にさらりとした髪はユウの指を難なく受け入れ、ラインを作る。
「……」
 それがやけに楽しくて、くすりと笑う。
 こんな自分は、普段の自分から考えるといささか背筋が寒い、と思いながらも、自然顔が綻んでしまう。
 鍵をかけたラビの部屋に、他に誰がいるわけでもなし、見咎められることはないのだが。
 それでもやはり気恥ずかしい。
 いつからこんなふうになってしまったのだろうと考えると、眠る男が小憎らしい。
 指で髪を弄びながらそんなこと考えて、自分が思っている以上にこの男に恋しているのだと気づかされる。
「…っち…」
 そんな気も知らないで気持ちよさそうに寝るな、と腹が立つ。
 軽くイタズラでもしてやろうと、ユウはベッドの下に手を伸ばした。
 手にしたのは、いつも自分の髪を結っている紐。
 起きないようにと、そっとラビの髪に指を入れる。
「ん…」
 さすがに気づいたのか、ラビの鼻が鳴る。
 大丈夫だまだ寝ていろと、額にキスを贈ってやれば、単純なものだ、すぐに寝息を立ててしまう。
 それだけ自分の隣で身体を休められるのだという事実に少しくすぐったさを感じながら、ゆっくりと手指を動かした。


「……ここまでして起きないのか」


 寝ていろとキスを贈ったのは確かに自分だが、いい加減気づいて起き出してもいいだろう。
 確かに昨日は任務が終わったばかりだった。それも長期のだ。
 その間はもちろん逢うことなんてなくて、頼りない無線で言葉を交わしたのも、片手で足りるくらいだった。


 無線で最後に交わした言葉は【逢いたい】。
 再会して最初の言葉は【逢いたかった】。


 疲れているはずだった。お互いに。
 日々生まれてしまうAKUMAを破壊して、伯爵の計画を阻止しながら、それでも自分たちエクソシストはそれが役目だと割り切って生きなければならない。
 同じ境遇の戦友に、癒しを求めたところで、咎められる謂れはない。
「ラビ…」
 生きていたことに笑いあい、息をつく間もないほどキスをして、ふたりベッドに倒れこんで。
 疲れていた身体を、抱き合うことで癒した。
「いい加減起きろ、…ラビ」
 いつまでも夢の中で、ひとり世界に置いていかないで。
 ユウはラビの形のいい口唇に口づける。
 ちゅうと啄ばんで、舐めて、息を奪う。
「ん、ん?」
 くぐもった声に、起きたか、身体を離しかけたが、無意識の腕に阻まれた。
「バッ…てめ…おい!」
「んー」
 背に回された腕に引かれ、さっきとは逆に、…奪われた。
「ん…ー!!」
 舌を差し込まれ、寝起きにしては烈しいキスを繰り広げられる。起きなければ良かったのに、と思ってもあとの祭り。
「ん、おはよ、ユウ」
「っはぁ…、てめ、朝っぱらからサカんじゃねェよ…!」
 腕が緩んだスキに、ついていた手を思い切り伸ばして身体を離した。この男のキスは、本当に意識を奪ってしまう。
「ユウこそ、なに人の寝込み襲ってるんさー」
「てめェがいつまでも起きねーからだろ」
 乱れてしまった息を落ち着かせ、顔を上げて思わず噴き出した。
「くくく…っ」
「? ユウ? どしたん…」
 滅多に笑ったりしないユウを不審げに見上げ、ラビは起き上がる。


 へにょん。


 おかしな軌道をたどって瞼に落ちるオレンジの髪。わずかに引きつった頭皮。
 さっき自分の髪紐で結い上げたラビの髪は、情けなさそうに額の上にへたりと陣取っていた。
「ユウちゃん、…なにさコレ?」
 肩を震わせながら笑いをこらえるユウにもう、とため息をつきながら結われた髪を解き、髪紐の本来の持ち主であるユウの髪を梳く。
「ごめん、身体平気?」
「…てめェの方が疲れてんじゃねーのかよ。俺がそんなイタズラしても起きねーくらい」
 サイドのチェストから櫛を取り出して、綺麗に梳いてやると、引っかかることなくラインを描き、改めてこの髪の美しさを知る。
「んー、久々にゆっくり寝れた。やっぱユウの傍だと落ち着くんさ? ありがと、ユウ」
「…フン」
 気恥ずかしさに思わず顔を逸らしてしまう。そんなユウに微笑み、愛しいなあと鼻先にキスを贈った。




「ユウ、いい天気さ」
「あ?」
「浴場で汗流して、外でごろごろしよ?」
 にこりと微笑まれ、一瞬何を言っているのかと面食らった。
「なんだ、ごろごろって」
「…ひなたぼっこ?」
 世界の終焉に着々と近づいているというのに、なにを悠長な。
 そう言ったらラビは笑った。だからさ、と。
「ユウといられる時間が好き。ユウと話してる時間も、ユウに触れてる 時間も。ねぇ? 今日はこんなにいい天気だから」


 外でいろんなことを話そう。
 任務のこと、世界のこと。
 好きなこと、嫌いなこと。
 今までのこと、これからのこと。
 ふたりの、こと。


「…仕方ねぇな」
 付き合ってやる、とシャツを羽織るユウを、ラビは本当に愛おしそうに見つめてた。


 天気がいいから。
 今日は飽きるまで語り明かそう。
 あなたが わたしの傍で 安心して 眠れるというのなら。