フォゲットミーノット

2006/11/04



「ねぇユウ。オレのこと好き?」
 頬杖ついて、ラビは神田にそう訊ねた。
 訊ねられた神田はまたかと呆れ顔。それもそのはず、この問いが投げかけられたのは初めてではないからだ。
「お前さ」
 神田はため息とともに返してやる。
「この状況でそんなこと訊くのか?」
 恨めしそうにラビを振り仰いで。
 つい先ほどまで、これでもかというほど密着して、繋がりあっていたというのに、この状況でその質問はないだろう、と。
「ったく、何度ヤりゃ気が済むんだお前は」
「だーってさぁ、ユウに逢ったの久しぶりだったし」
 確かに任務ですれ違うことが多い二人には、こんな風にゆっくり過ごせることも稀で。
 抱きしめてキスをして、言葉を交わすヒマもなくベッドに倒れこんでいく。
「だからってあんなに立て続けにヤることねぇだろ。抜かずに3回とか、変態か貴様」
 声を出すのも億劫だ、とばかりに神田はため息混じりに吐き捨てた。そのままラビに背中を向けてやると、あからさまに不服そうな声が返る。
「変態じゃないさ。ユウだって気持ちいいくせに」
 ラビのこんな言葉にはもう慣れた。人前で言ったら切り刻んでやるところだが、ここには自分たちだけしかいないし、今はその力もない。
「否定はしねぇよ。だが物事には限度ってもんがあるだろ、限度ってもんが」
 少しだけ振り向いて、眉の下がった赤毛の男に言ってやった。翌日にお互い任務はないようだけれど、体力にも限界がある。
「でもオレがユウを愛してる気持ちに限度はないもん」
 口を尖らせて、拗ねた口調に神田は目を見開いて、次いでカッと頬を紅潮させた。
「バ、バカか!」
 向かってくる想いを跳ね除けて背を向ける。寒々しいレンガの壁が目の前にあるのに、顔は冷えていかない。トクントクンと鳴る心臓は、いっそ煩わしかった。
「と、とにかく俺はもう寝るからな!」
 不意打ちなんて卑怯だ、と思いながら神田は眠る体勢に入る。が、
「ユウ……ぎゅってしていい?」
 寂しそうな声が背後から聞こえてきて、チッと舌を打った。まるで捨てられた子犬。
 それくらいならまあいいか、と思って、勝手にしろと呟いた。……のが、間違いだったんだろう。
「おい」
 しばらくは大人しくしていたラビの手が、もぞもぞと動き出す。
「おい、ラビっ」
「んー」
 楽な体勢を取ろうとした、とかではない。明らかに、意志を持って。
 先ほどまで大人しく神田を抱きしめていたはずの右手は、神田の膝から太腿を上になぞり上げる。そしてゆっくりと、また降りる。
「んーじゃねぇ、その手退けろッ」
 手のひらで熱を伝え、指先で緩急つけて愛撫する。逃れようにも目の前は壁で、身体はラビのもう片方の腕で戒められていて。一緒に眠るとき神田を壁側に寝かせるのはラビの優しさかとも思ったが、こんな使い道もあったとは。
「ちょっと触ってるだけさー。それにオレ、何もしないなんて言ってないよ」
 考えてみれば確かにそうだ。抱きしめてもいいかと言っただけで、何もしないとは言っていない。
「ひ、開き直んなてめぇッ……絶対もうしねぇ、っあ!」
 ラビの指が、合わさった脚の谷間をツイとなぞる。思わず口を突いて出た声に、反応してしまった自分を知って居たたまれない。神田は頬を赤らめて口を押さえた。
「ユウのイイとこ見っけ。こんなとこも感じる?」
「か、んじて……ねぇっ」
 合わせる脚に力を込める。ラビはくすくすと笑いながらその合わさったラインを撫で、首筋に顔を埋めた。
「ぁ……っ」
 強く吸い、赤い痕を残す。数日も経てば消えてしまうけれど、自分が触れた証しを残したかった。
 自分が、愛した証しを。
「ユウ、感じてないって言う割にはビクビクしてるさ、身体」
 脚を撫で、肩に口づければビクリとしなる背。それは言い訳の仕様がない感覚で、神田の身体を支配する。指先は脚の付け根を走り、もう片方の手は胸を弄る。
 まるで、心音を確かめるように。
「っも……なんでてめぇはそうなんだ……っこっちの身にもなってみろ……!」
 ゆるりと与えられる快楽を耐えながら、せめてその行為に抗議をしてみる。湧き上がってくる感覚と、熱くなってきた吐息は、もう否定し様がなかったけれど。
「……ユウちゃん。オレだってね、疲れないわけじゃねーさ?」
「だったらすんなよ」
「それでもしたいの。次いつ逢えるかわかんないのに」
 ユウの体温覚えさせてよ、と耳元で囁く。お互い任務はないと聞いたけれど、アクマもイノセンスも、出動を待ってくれやしない。もしかしたら後数時間後に離れ離れになってしまうかも知れないのだ。
「で、ユウにもオレの体温覚えてもらうんさ」
 そのためにはこれくらいしないと、と身体を撫で回す。神田の中心はすでに反応を示し、さらなる快楽を求めていた。それでも思い通りにさせるのは納得がいかないと、神田はシーツを握り締めた。
「俺が……ッ物覚え悪いみてぇじゃねーか……!」
「じゃあオレの体温覚えてるさ?」
 ラビの手が急に止まる。本当に、ピタリと。思わず不思議に思って振り向こうとしたけれど、強く抱きしめられて肩にラビの頭を感じ、寸前でできなかった。
「ねえ、任務中……ていうか戦闘中はそんなん考えてられないってわかるさ。でも、移動中は? 眠るときは? 起きたときは?」
 今までの強引な行為が嘘のように、弱々しい声に打って変わる。ラビ、と呼んでやりたかったが声が出ない。
「オレは可能な限り、ユウのこと思い出してる。ユウの声とか、髪の手触りとか、肌の感触とか体温とか……そしてその度触りたくなるんさ」
 汽車での移動中・眠るとき、起きたとき、ゴーレムが鳴ったときでさえ、神田じゃないかと期待する。だけどそれは9割9分コムイからのもので、神田であった例はない。
「ねえ、ユウはオレのこと思い出したりしてくれてる? オレの体温とか、肌とかさ。少しは、寂しいとかって、思ってくれてるんさ?」
 女々しいな、とは自分でも思った。神田と恋人になれてから約2年余り。長いのか短いのか訊かれたらどっちなのかは解からないが、実質ともに過ごしている時間は実は少ない。この教団に正式入団する前から彼を想っていて、思い切って気持ちを告げたら、彼は笑って【知ってたよ】とため息をついた。
「いつでも思い出せるように何度でも……何度でも抱きたいんさ。オレの全部ユウん中流し込んで、いつも一緒にいられたらいいのにって……」
 語尾がだんだん掠れていくのに気がつく。弱気になってるラビを見るのは初めてじゃない。これまで、何度もあった。少し時間が経てば立ち直っているようなのだが、神田はその間気が気ではない。
「ごめんユウ……オレの勝手なワガママさ。もう何もしねーから一緒に寝よ」
 そうだ、こんな風に無理をして笑ってくる。根本は、解決していないのに。
 神田はため息をついて、呟いた。


「俺がお前を愛してねーみたいに言うな」


 どうして解からないんだ、と少しだけ怒りを込めて。
 神田の呟きに、ラビは案の定え?と訊き返す。
「抱け、ラビ」
 思わず緩んだラビの腕を絡め取って、自分の身体に触れさせる。自分の体温を覚えていて欲しいと思うのは、ラビだけじゃない。相手の体温を欲しいと思うのも、ラビだけじゃない。
「覚えこませてみろよ」
 離れていても、思い出せるように。
「いいの、ユウ、ホントに抱くよ?」
 恐る恐る手を伸ばしてくるラビにはこくりと頷いてやって、まだ背中に感じる体温に気づく。ラビの手がそれに触れる寸前、待てと神田の手が阻む。今さら止められない、とラビは眉を寄せた。
「この格好じゃ絶対嫌だ」
「え?」
「か、顔が見れねぇだろ」
 言われ気づいて、ラビは頬を赤らめた。実はものすごく愛されているのかと。
 首筋にひとつちいさなキスを贈って、腕を緩めて神田の身体を返す。神田は背中にベッドを感じ、ラビを見上げる体勢になった。これでOK?と細められた隻眼が見下ろしてくる。嬉しそうなそれは、神田の好きなもの。
「見くびってんじゃねーぞラビ。好きでもねぇヤツに、こんなこと許さねぇ」
「うん、ごめんユウ」
 口唇が降りてくる。入り込んだ舌に上あごを舐められて肩が揺れた。
「ん、ん、んん」
 限界まで貪って、互いを喰らう。
 頬を包んでいたラビの手は首筋を辿り、鎖骨を撫でて胸に降りる。汗で僅かに湿った肌に滑らせれば、塞いだ喉の奥で神田が喘いだ。
「ユウ、もう……こりこり」
「……っあぁ!」
 胸の上で存在を主張する飾りを、指の腹で押しつぶす。そこが弱いことはもちろん知っていて、執拗に責めた。
 快楽に流されてしまうのがイヤなのか、神田はふるふると首を振る。教え込まれた快楽は、それでも全身を支配するのに。
「ん、あ……ん」
 捻りあげ、ぐりぐりと捏ね回す。片方を口に含んでやれば、一際高い声が上がった。のけぞった神田の重みを受けて、新しくはないベッドが弱音を吐いて軋む。
「ん、あ、ラビ、そこばっか……すんなっ……」
 ちゅ、と吸い上げて、ラビは笑って神田を覗き込んだ。
「他のトコ触ってほしいさ?」
「ひゃっ……」
 胸を離れたラビの手は、反応を示し始めた神田の中心を握りこむ。突然の刺激に、びくりと身体が震えた。
「ユウ、可愛い」
 頬に口づけながら、先端を指先で擦る。脚が跳ね、喉の奥で声がくぐもった。快楽に耐えようと必死でシーツを握り締める神田に、そんなものに縋らないで、とラビはその腕を自分の肩に回させる。
「んっ、んんー……っ」
 ラビの指は筋をなぞり、ふたつの袋を挟んではもみしだく。部屋に響きだす淫猥な音は、当然神田の耳にも入り込む。恥ずかしいのと同じくらい、ラビの与えてくる快楽が嬉しいと感じてしまう自分は、相当溺れているのだろうと悔しくなった。
「ラビ……ラビ」
 首から抱き寄せて、頬をこすりつける。
「どしたんさユウ? 珍しく甘えん坊?」
「俺のこと、好き、か?」
 それはさっき、ラビが神田に訊ねたことと同じ。
 ラビはため息をついて、ユウのバカ、とキスを降らせる。
「んん……あ、ふ」
「この状況で、そんなこと訊くさ?」
 自分と同じ返し方をされ、バツが悪くなって顔を背ける。その顎を取って、再び深く口づけた。強引で荒々しいキスに、神田は思わず身を捩る。快楽の証しを主張し続ける部分がラビの腹でこすられて、身体が震えた。自業自得とは言え、こんな些細な接触にさえ感じてしまう。
「ん、ぁ……んっ」
 キスから逃れようとしても、ラビはそれを許してくれない。追われ、さらに口づけが深くなるだけだ。キスだけじゃもういやだ、と思っても、それを声で伝えることができない。
 口を塞がれ、唾液を流し込まれて、酸欠で意識が朦朧としてくる。
 限界だ、と思ったとき、口唇は解放された。
「ぷはっ……はぁ、はぁ、っは……あっ」
「ごめん意地悪しすぎたさ。でもオレだって、好きな人じゃなきゃこんなことできないよ」
 そう言ってつぷりと、奥の窪みに指を侵入させる。
「バ、バカいきなり二本も入れんなっ……」
「ダイジョブ。さっきのでまだ濡れてるから」
 静止する神田の手には構わずに、そのまま指を押し込めた。先ほどの情事で神田の中に放ったものが、進入を助けてくれる。
「あっ……あ、あぁ」
 無遠慮に入り込んだ指に、内側をかき回される。それでもラビの指が触れてくるのは入り口付近のみで、焦らされて身体の奥が疼きだした。
「ラビ……っ」
「待ってユウ、も少し慣らしてから」
「もういいっ、い……いから、すぐ……っ!」
 焦らすな、とラビを引き寄せる。引き寄せられた方のラビは珍しく舌を打って、神田の脚を割った。
 指を乱暴に引き抜いて、自分を押し当てる。
「せっかくユウに負担かけさせないようにしてんのにっ……ユウのバカ……!」
「ああぁっ!」
 指とは比べ物にならない圧迫感が、神田を襲う。一気に奥まで押し込まれて、思わずのけぞった。いくら先ほどの情事で濡れているとは言え、強引な侵入には身体がついていかない。
「ふあっ、あ、あぁ……」
 だがそれを望んだのは神田自身。身体のずっと奥でラビを感じたがったのは、神田だ。痛みさえも幸福で、愛おしい。
「ユウ、ユウ大丈夫さ? ごめんさ、抑え利かなくて……」
 辛そうな神田の髪を撫で、落ち着くまで動かないでいよう、と頬にキスをするラビ。神田の肉の壁に締め付けられて、すぐにでも達してしまいそうだったけれど、もっと神田を感じていたい。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
「ラビ……平気、だから」
「ん……ホントに無理そうだったら言ってね」
 腰を上げて、ゆっくりと引く。その僅かな動きにさえ神田は反応して、声を詰まらせた。
 少しだけ引き抜いて、また押し込む。のけぞった神田の喉が美しくて、欲望のレベルが上がった。
「あ、ラビ……ラビっ……」
 悩ましげな声が耳の奥まで入り込む。結合した部分のヌルヌルとした感触と、汗で濡れた肌の感触に、理性が吹き飛ぶ。
「あぁっ!」
 一気に全部引き抜いて、不満そうな顔をした神田の両足を折り曲げた。
「ユウ、ここひくひくしてる。そんなに欲しいさ?」
「やぁっ……あ、バカ……じ、焦らしてんじゃね…っ」
 先端だけを突きつけられて、身体が震える。可愛い、と降りてくる口づけ一つ。
「ん、んっ、んぁっ」
 それと一緒に、入り込んでくるラビの熱い肉塊。腰を引かれ、押し込まれる。それは絶妙なタイミングで、快楽を引き出していった。
 ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てて、繋がりあうふたりのエクソシスト。
「すげ……イイ……ユウ、すげぇ可愛い」
「あっ、あっ……はあっ」
「っ……また締まった…ッ……も、ユウ、今日エロすぎんじゃね……?」
「や、もう……っ」
 ラビは神田をかき回し、神田はラビを飲み込む。灼熱を思わせる結合部はもうどこからどこまでが自分なのかさえ分からずに、ぎしぎしと啼くベッドの上で、互いの体温を確かめ合う。
「ラビ、あつ……」
「うん、ユウん中、超熱いさ……」
 汗で額に張り付いた髪を払って、そこに口づける。その反動で奥を突付かれて、神田は声を上げた。
「イキてぇ……」
 懇願するように手を伸ばし、ラビを抱き寄せる。
 密着した肌の間で混じる、お互いの汗。
「ん、オレも……限界さ」
「あ、やっ……ん!」
 ぐい、と乱暴に腰を動かす。突然の激しい動きについていけず、神田は眉を寄せた。それでもどうにか腰を揺らし、ラビと動きをあわせる。
 高められていく快感は、もうお互いでしか解放できない。
「あ、あ、あ…ッ、ラビ、ラビ……!」
「ユウ、……っ」
「んん────…ッ」
 神田が快楽を手放して、強い締め付けにラビも耐え切れずに性を放つ。
「く、うっ……!!」
「あっ……」
 奥に放たれて、ラビの熱を感じる。
 速い動悸と、荒い呼吸。互いを強く抱きしめあって、それが落ち着いていくのを待った。
「ラビ……」
 愛しくて、両手の指を髪に梳き入れる。こんなところの温度まで、幸せだなんて思った。見下ろしてくる隻眼は、今自分だけのもの。
「ラビ、知ってるか?」
「ん? 何?」
「終わった後のお前ってさ、すげえ……ガキみてぇな顔してんだぜ」
「えー、なにそれ……んむ」
 不服そうなラビを、不意のキスで黙らせる。
 だって本当なんだ。
 子供みたいに無邪気で、無防備で、嬉しそうな顔をしている。
「そんな顔見せんの、俺だけにしとけよ」
「ユウもね、そんな色っぽい顔、オレ以外のヤツに見せないで」
 快楽に溶けて、無防備で、情欲をかき立てる、そんな顔。
「お前ってほんと俺のこと好きだよな」
「ユウだってオレのこと好き過ぎさ」
「……」
「……」
 二人で笑って、抱きしめあってキスをした。
 足を絡ませ合って、もうすぐ明ける夜に沈んでく。




 目が覚めたら、きっと覚えてしまった体温が、すぐ傍にあるんだ。