薄情

2005/02/01



 なかなかオモシロかったですよ?




 不意に思い出す。ラビの帰還を報せてきた男の、揶揄うような言葉と笑い声。
 ゆっくりと息を吐きながら、状況を反芻してみた。
「……」


 胸にちりちり。
 胃腸にきりきり。


「ユウ?」
 知らず、背中に回した腕に力がこもる。
 どれだけか、殺意を混ぜながら。
「ユウ? ちょっ…イタタタタタタタ痛いって」
 イラついているのだと自覚し始めても、この殺意を収めることはできずにいた。いや、むしろこのまま絞め殺してやりたいくらいだ。
 それは情熱などでなく不快。
 神田は腕に更なる力を込め、ラビの身体を絞め上げた。
「痛い痛いマジ痛い」



 さすがは鍛えられたエクソシスト。腕力も人並み以上。
 ギシリ、と骨の軋む音が聞こえる────寸前。



「────フン」
 突然に力を緩め、ラビの身体を解放する。まさに、放るように。
「ゲッホゲッホ…ど、どうしたんさユウ〜? 今めちゃくちゃイイ雰囲気だったんだぜ〜?」
 わけがわからない、と戒めから解放されたラビは半ば涙目になりながら、痛む肋骨をさすりさすり神田を見上げた。
「調子いいこと言うな!」
 ビッとご丁寧に指まで指してくれる。本当に機嫌が悪いようだ。
 何が彼をそんな風にしているんだろう? 心当たりは思いつかない。
 指し当たっては帰還の連絡を入れなかったことくらいだろうか。
「ユウ?」
「途中吸血鬼だかなんだかに足止め喰らった割には、随分と楽しい任務だったみたいじゃねーかよ」
「へは?」
 任務、ということは今回の【元帥の護衛】のことだろう。
 ああそういえば確かに途中の村で足止めされていた。
 だがそれが彼の機嫌を悪くしている理由としては考えられないだろう。
「別に楽しくはねーさァ。よりによってクロス元帥の護衛だったしー、あの人まだこっち戻ってきて」
「誤魔化すな! 何が【楽しくない】だ! 吸血鬼ンとこの女にデレデレしてやがったくせに!!」
 ラビの言葉を遮って、神田の怒声が礼拝堂に響いた。


 それか。
 そうか、それか。


「なんで知ってるんさー?」
 ガクリとうな垂れるラビ。否定はしなかった。
「モヤシが言ってやがったんだよ!」



【綺麗な人でしたよー? 食人花に食べられそうになってるにもかかわらず、すごく興奮してましたからねー】



 ラビと神田の関係を知っていながら、いや知っているからこそなのだろうが、本当に楽しそうに。
「あーそー、アレンがねぇ…」
 仕方ねーなぁ、とでも言うように、盛大なため息をつくラビに、神田のイライラが増幅する。
「否定もしねェのか、てめェは!」
 できれば否定して欲しかった。
 新人の、オモシロ半分のからかいだと思いたかったが。
 その願いは当人によって崩された。
「ワリ、事実」
「……!!」
 握り締めた拳が震えた。
 この男はウソをつかない人間だと知っている。ひどく分かりやすいが、時々無意味に薄情だ。
「顔ちっちゃくて睫毛長くてさ、口唇ぷるんてしてて、スタイル抜群だったんさー。まんまストライクゾーン。アレは参ったね。けどさ〜」
「ふざけんな馬鹿ラビ!!」
 神田の震える拳が、ラビの頬へと軌道を辿る。
 それをスナオに受けるより、優しいウソでも身に付けろ。
「ユウ」
「どうせオレは可愛くも綺麗でもねェよ! 女みてーに柔らかい身体なんて持ってねェし! 手の届く距離にさえいられねェ!」
 1ヶ月、なんてザラ。長いときなんて軽く3ヶ月も逢えない日が続く。
 人の心なんて薄情なほど揺れ動く。
 明日を約束できるものではない。
「泣いてる?」
「誰が泣いてる!」
 俯いた神田から、ぼたりぼたりと零れ堕ちてゆく雫。
 不謹慎だなと思いながらも、きゅうと締め付けられる心臓をどうすることもできなくて、ラビはゆっくりと神田に触れる。
「触るな」
「ヤ。オマエ普段涙溜めてっから、こんな時になって止まんねーのよ?」
 顔を上げようとしない神田を無理やりに上向かせ、流れ堕ちるクリスタルを口唇ですくい取る。
「余計な世話だ」
「そんで、オマエの悪いクセ。人のハナシはちゃんと最後まで聴くもんさ〜」
 頬に、鼻先に、目蓋に、ラビの口唇が触れる。
 熱い舌が、冷えかけた心と身体を暖めてくれる。
「カワイイ女のコにも綺麗なお姉さんにもときめくけどさ〜、オレがアイシてんのはユウなのさ〜」
 軽めの口調に真実味は期待できない。
 だけど、ウソをつく男ではないと知っているから心臓が踊る。
「ストライクゾーンなんててんでハズレてんのにさぁー、ユウが、好き。スゴク好き」
 髪に口づけられる。額に口づけられる。



「ユウの髪も、ユウの肌も、目も、声も、体温も、全部好き」



 やがて口唇へと移動してゆく軌道は、変えることはできなかった。
 ちゅ、と音を立てる口唇。何度も、何度も。
 薄情なほどに上がってゆく熱が、なぜだか嬉しかった。
「ゴメンな、ユウ? 不安にさせた?」
「────別に、なってねぇ…っ」
 ふい、と顔を逸らした神田の首筋に、
「…たまにはスナオに好きとか言えんかね〜?」
 ラビは噛み付くようにキスをした。ビクリと、神田の身体が震え。
 見えるようなトコに痕をつけるなというのはお決まりの文句。
「つーか一回も聞いたことないんさぁ〜」
 正面から、見つめられる。体温が、2,3度上がる。
 真っ直ぐな感情が痛くて、言葉にしない薄情な自分が疎ましくて、神田は視線を泳がせた。
「…ま、いいケドな。ユウのそーゆう卑怯な口唇も好きだから」
 クスリと笑って身体を離すラビ。
 置いていかれそうな感覚に、思わず手を伸ばしていた。
「……」
 口唇を、相手のそれに押し付ける。
 不器用で、拙くて、それでも心からの、キス。





「……………ス、……き、だ」





 顔を見られないように、ラビを抱きしめ小さな声で、本当に小さな小さな声で呟いた。
「…ユ…、ありがと…」
 震えているようなラビの声に、喉が詰まる。
 ぎゅう、と抱きしめる腕に、素直に愛しさを感じていた。
「……っ」
 矢先、首筋にラビの口唇。それはいつものスキンシップではなく、扇情的で官能的。
「バッ…ラビ! こんなところでサカッてんじゃねぇ!」
「無理〜、ユウがカワイイこと言うから〜」
 勘弁してくれ。
 だってココは礼拝堂で。
 神を信じ祈り請うところであって。
「馬鹿、せめて部屋…っ」
「部屋までなんて我慢できねーさぁー」
 だからってこんなところで。
 信心なんか持っていやしないけど、神を冒涜するつもりかとせめてもの抵抗を試みてみた。
「あー、ダイジョブダイジョブ。オレの神様ユウだから」
 スペシャル笑顔のラビに、【は?】と間の抜けたような音が出る。
「だって【神様】って信じて愛して尊ぶものっしょ? オレの神様、ユウだから」
 繰り返し、吐き出される無条件の信頼。
 顔が火照っていくのが、わかった。
「か、勝手に言ってろ!!」
「ユウは? ユウの、神様」
「…間違ってもてめェじゃねぇ」
「え〜、オレがこんなにアイシてんのに、薄情だな、ユウはー」
 いつのまにか礼拝堂の長机に押し倒された状態で、すでに何をどうをもできないところにまできてしまっていた。
「……後で覚えとけ、ラビ」
 のしかかるラビの身体を引き寄せながら、自分もまた望んでしまっている行為に身を投げる。
「アハ、無理。オレって薄情だから」
 都合悪いことはすぐ忘れるんさ〜と、笑いながら長い長い口付けをした。



 神様
 かみさま


 罪深いワタシたちを呪うなら


 せめて


 今 この 瞬間に