果てるまで口づけを

2005/08/**



 何度も何度も、角度を変えては口づけをした。
 逢えない時間も今回は短かったのに、それでも求めることを止められない。
「っ…ラビ」
 服の上から胸を這う手を掴み止め、男の名を呼んだ。なに、と小さく返ってきた声に、上がった息で返す。
「明かり……消せっ…」
「ん…なんで」
 神田の衣服をこれ以上ないというくらいに乱しながら、ラビは音にする。
「あっ…」
 首筋に吸いつかれ、思わず声を上げた。
「バカ、は…恥ずかしいだろうが…っ」
 大きく開けられた胸元は自分の目にも入り、人工的なライトに照らされ浮かび上がる。
 そんなものを目に入れるのは、組みしかれる自分の状況を無意味に認識することになり、正直ありがたくない。
 それでもラビはにこりと笑って口にした。
「却下」
「なっ…なんでだよ…!」
 抗議を続ける神田の腕からシャツを抜き、取り払う。
「だってオレ、明るいトコでユウの裸見たいさ」
 当然至極、といったふうなラビに、思わずそうかと返しそうになる。
「みっ、妙なこと言うなバカ!」
「えぇ、どこがさ〜? 好きなコの裸とかって、すみずみまで見たいじゃんさ…」
 ほら、とベッドサイドのライトをくいと引き、照らす角度を思い切り変える。
「バッ…カやろ、よせ!」
「だって、見たい。…ユウは?」
 入らない力でラビをせめて押し退けながら、あぁ?と振り仰いだ。
「ユウは、オレの裸とか、興味ない?」
 上から見下ろされて、カァと身体の熱が上がる。
「そっ…そんなもんねぇ……!!」
「ホントに? ちょっと切ないんですけどオレ」
 浅く吐かれた息に、神田の眉が寄せられる。本当に、この男の気持ちも自分の気持ちも厄介だ、と。
 素直に声に出せない自分と、隠すことをしないラビと。
「全くねぇ……わけじゃ……ねぇけどよ…」
 小さく、小さく呟く。蚊の鳴くような音だったけれども、この距離ではやはり耳に入ってしまう。
「…じゃあ、見たいとか思う? 触りたいとかって、ねぇ?」
 柔らかく笑うラビに、こんな表情をしてくれるなら、自分の羞恥心なんてどうでもいいかと少し思う。だって、ああ、どうしよう。本当に嬉しそうなのだ。


 誰かに見せてやりたい。
 でも誰にも見せたくない。


「……あぁ」
「よかった、おんなじ」
 笑うラビに、神田はするリと手を伸ばす。ラビの身体を包む黒いシャツの裾から手を滑り込ませ、肌に触れてみた。
「…ユウ?」
「いいんだろ…触っても」
 ぺたり、と。腰のラインを確かめる。
「…こういうのはちょっと想定してなかったさ…」
 ドキドキする、と目を逸らすラビに、神田は思わず吹き出した。
「こういうオマエは初めて見たぞ」
 なるほど中々に面白い。
 そのまま前に回した手で、シャツをたくし上げながら腹の体温に触れる。割れた腹筋を指でなぞり、軌道を上昇させていった。
 ぺたり。ぴとり。
「ユウの手…気持ちいいさ…」
 はぁ…と熱っぽい吐息が聞こえる。そのうっとりとした表情に、嬉しくなる自分に気がついた。
 ────…ラビにこうされてるオレも…こんな風なのか?
 だったら、嬉しいと思っている今の自分の気持ちも、普段ラビが思っていることと同じ、なのだろうか。
 ラビの肌に触れながらそんなこと、考えてみたりした。
「ラビ…腕、上げろ」
「ん」
 神田の声にラビが片腕を上げる。神田はシャツを引き上げ、ラビの腕を抜き、頭を通過させ、肩を通り引き下ろす。
 サイドライトに浮かび上がるラビの裸体は、目を瞠るほど綺麗、だった。
「……綺麗、だな。こんな風にじっくり見るのは、初めてかも知れない」
 整った筋肉。力強そうな腕。焼けた肌の色。
「そうかな…傷跡ばっかりさ。綺麗なのはユウの方」
「バッ……あ」
 被さり、喉を強く吸うラビ。ビクリと、神田の肩がわなないた。
 ちゅ、ちゅう…と、残される痕に熱が上がる。
「バカ……よせ…」
 自分の身体は嫌いだった。どれだけ鍛えてもラビのような筋肉が備わらなくて、細身過ぎて白すぎて。こんな身体を抱きたがるラビの気が知れなかった。
「や。オレはユウの身体にキスするのが好きなんさ。見るだけじゃ、触るだけじゃ全然足りない」
「…こがイイんだよこんな身体っ…」
 顔を背けた神田に、苦笑して身体を離した。
「今さらそれ、訊くんさ? 伝わらなかった? さっき、ダイスキって言ったの」
 ユウが抱きしめてくれたから、伝わったと思ったんだけど…と俯くラビに、心臓が痛む。
「オレはユウのこと好きで、大好きで、愛してる。身体も心も、全部。ユウっていう、字や発音さえも」
「ラビ」
「オレの方が断然気持ち大きいって知ってるけど……さぁ…ちょっと切ないなー今の」
「バカ言うなオレの方が愛し…っ…」
 言いかけてハタと気づく。自分は今何を言おうとしていたのか。



 愛している。そんな事は言ったことがない。



「え…ユウ? 今」
 事実は事実だが、それを口にしたことなど、一度たりともなかった気がする。
「今、ねぇ? ユウ、もっかい」
「〜ああ、もう、知るか!!」
 ぐいと、ラビの身体を引き寄せる。今の顔を見られたくなかったこともあるが、ラビの体温を感じたかった。すぐ近くで。この肌で。
「…ラビ」
 抱きしめて、実感する。
 生きているのだと。
 生きていて、動いていて、愛しているのだと。
「ラビ…」
 トクントクンと心臓の音が重なる。


 生きている。


 ふたりともが生きている。
 今目の前にある肌が愛おしくて、愛おしくて、口唇を寄せた。
「! ユウ…っ?」
「黙ってろ…」
 焼けた肌、鎖骨のちょうど、下あたり。
 ぺろりと舐めて、ちゅう、と吸った。強く、強く吸った。
「あ…」
 赤く痕が残る。案外に柔軟な肌だと思い、位置をずらして同じような痕を残した。
「ユウ……ユウ、どうしよう、オレ」
 ぺたりと、力をなくしたかのようにラビが被さってくる。
「…ラビ?」
「ユウも……こんな気持ちでいてくれんのかなぁ…」
「あ?」
 耳元で、震えた声。泣き出す寸前の、掠れた。


「愛してる人に触ってもらったりすんのって、気持ちいいだけじゃないんさね…」


「────」
 手が震えた。腕が震えた。心臓が震えた。
 良かった。
 おんなじ気持ちだった。



 嬉しい。



 おんなじ、気持ちだった。
「変な心配…すんなよ…」
「ヤバ……ユウの誕生日なのに、オレの方がいっぱいもらっちゃった感じさ…」
 ぎゅう、と強く抱きしめられ、愛しいと、素直に思う。
「じゃあ…同じにしろ…」
「ユウ?」
 不思議そうに名を呼ぶラビに、身体を離して苦笑した。
「だ、…抱いて、くれるか?」
 ラビが息を止めたのが分かる。この至近距離だ、当然といえば当然か。
「オレははっきり言って自分の身体が嫌いだ。だがオマエが触れてくれるというなら……好きになれる」
 この身体を、受け入れられる。
「ユ、ユウ……ちょ、ねぇ、今日大胆過ぎさ…!」
 吐息が近づいてくる。余裕のなさそうな瞳に、思わず笑みが漏れた。
「加減できなくても、いい?」
「いい…ぜんぶ…欲し」
 欲しい、と言い切る前に口唇を塞がれる。舌先から熱を移されて、声が上がる。
「んっ…!」
 ぴちゃりと湿った音と、衣擦れの音。漏れる吐息。
「んぁ…」
 滑る手のひら。踊る指。
 いつの間にか露にされた下肢に、身体を割り込まれる。
「ユウ…ユウの身体…好き…」
「んんっ…あ、ん、…っふ」
 舌先で胸の突起を転がされ、ビクビクと足が踊る。いつもより鮮烈で、息が上がった。
「ラビっ…やべ……今日…おかし…いっ…」
「ん、いつもより敏感さ…可愛い」
「バカ、言う、なっ…あぁ…ッ……!」
 握りこまれ、のけぞる。どれだけ理性を保とうとしても、ラビの手淫の前にはそんなもの吹き飛ばされる。
 手のひらで、指で、爪で、視線で、吐息で、言葉で、愛される。
「んあ、う、や…」
「ユウ…綺麗…」
 汗で、滑る肌。絡みつく、長い髪。艶かしい、濡れた声。
 抱きしめてくれる、腕。
 きっと神田自身は自覚していないのだろう。それがどれほど美しいのかを。
「あ…ラビ…」
 そんな悩ましい目で見上げてこないで下さい、理性決壊ギリギリ。
「んん…」
 指で奥のほうを刺激されて、相当気持ちが良かったのか、神田が腰を浮かせる。
 ぞくりと背筋に電流が走り、こくりと唾を飲み込んだ。
「ごめんユウ、もう我慢できんさ…!!」
「あっ…」
 濡れた指を引き抜き、代わりに自分を押し込んだ。
「ひぁっ…ああぁあ…ッ!!」
 締め付けられ、それでも中に入りたがったそれが、腰を押し進めさせる。神田が苦しそうな顔をしているのは分かったけれど、もう止める余裕がどこにもなかった。
「ん、んんっ! ラビ…ラ、ビ…っ」
「息、吐いて…ユウ…」
「あ…ふ」
 流れ落ちる涙を舌先で拭い取って、抱きしめる。せめて少しでも負担を減らそうと、神田を愛撫した。
「ん…ふ…平気、だか、ら…ラビ…」
「ダイジョブ…? オレ、かなり余裕ねぇンだけど」
「いいと…言っただろう…もう訊くな…」
「愛してるさ…ユウ」
 口づけた後でせわしなく、動き出す腰。
 部屋にはもう、濡れた音と、喘ぐ神田の声。そしてふたりの吐息。あとはベッドの軋む音。


  




 明日も生きたい。
 明日もこの人と生きていたい。



 キスして
 ここで
 抱きしめて
 果てるまで
 微笑みを




 翌朝。使い物にならなくなったふたりは、一日の大半を、ベッドで過ごしたとか、過ごしていないとか…────