光、落ちる

2006/05/12



 光が落ちてくる。
 見上げた十字架に、磔られた男がひとり。
 窓から入り込む光は特別なもののようで、大聖堂という場所柄神秘を錯覚してしまう。
 だが横から感じる視線が、意識を現実に引き留める。
「……なんだ、さっきから」
 顔を落とし目線だけで見返した。
「いや? ユウは綺麗だなあって見てたんさ」
 任務の後に起こした気まぐれが、この大聖堂に足を運ばせた。だけど信心など持ち合わせてはいない。懺悔をしたところで犯した罪は記憶に残る。
 こんなところに来ても意味はないのだと、とうの昔に知っていたけれど。
「でもさユウちゃん。お願いだからそんな切ない目で見つめないでよ」
 磔られた男に嫉妬してしまう、と美しい赤毛が揺れる。
 バカか、と短く息を吐き、落ちてくる光に意識を戻した。
 ここでこの男に逢えたことを、奇跡だ何だとのたまうつもりは毛頭ない。降る光を美しいとは思っても、それに縋ることなど情けなくてできやしない。
 この世界に独りだと錯覚する。
「……」
 ふわりと後ろから回される両腕が、少し冷えた身体を包み込んで、またもや現実に引き留められた。
「……ラビ」
 咎めるように呟いた声が、光に飲まれてく。
「いやさ、ユウ。連れて行かれそう」
 らしくない弱々しい声も、落ちる光に奪われる。
「ユウ」
 強くなった腕に身体を預け、首筋にかかる細い髪を感じてそれに甘んじた。
「ユウ」
 確かめるように紡がれる音が、身体全体に行き渡る。
 それが手の届く世界。
 知る世界などこの身ひとつのみだった。
「…ラビ……」
 光が落ちてくる。
 それは何も求めはしない。引き留めることも、連れて行くことも。
 回された手を左手で絡め取り、きゅ、と軽く握る。振り向いた横顔で重なった視線を、そっと目蓋を閉じることで遮断した。
 触れてくる温かな口唇を、啄ばんで包み込む。入り込んで奪われる。
 吐息さえをお互いのものにして、その世界を愛した。




 光が落ちる。
 身体を包み込むそれを美しいとは思っても、この温もりほどに、生涯愛せはしないだろう────。