キスの温度

2006/05/04



 ボタンを外すことさえもう、面倒だと思ったけれど。
 首筋にくらいついて、強く吸って、証しを残した。
「馬鹿、見えるトコに付けんなって…言ってんのに…!」
 のけぞりながらも神田がラビの肩を押しやろうと必死にもがく。そんな小さな抵抗が可愛らしくて、ラビはあからさまに口の端を上げて見せた。
「見せてやれば、いいさ? ユウはもう、売約済みじゃんね〜って」
「アホか……公言しろってのかよ…同じ男のオマエに……組み敷かれてるって?」
 ハ、と投げやりに笑った神田に口を尖らせる。
「でもユウ、あの時いいって言ってくれたさ」
 初めて抱いた夜。何年経ってもそれは思い出せる。甘い甘い、誓いのような夜だった。
「あの時ユウがした覚悟、知らないと思ってる? 少し怖いって言って、でもそれでもユウ、オレのこと受け入れてくれたんさ」
 まだ覚えてるのか、と神田の頬が紅潮する。欲しいと求められて、いつかはそんな日も来るだろうと思っていて、震えたようなキスが、愛情全開でそれでも全力で欲望を抑えているのが伝わって、視線が絡んだときには、もう。
「ユウのこと、すごく好きさ。だからユウのためならなんだってしてやりたい。嬉しい事とか、楽しい事とか。もちろん気持ちいい事も。…ユウが嫌なら、しない」
 ああ、またあの時の表情だ。
 愛してるって囁いて、全力で我慢して、壊れそうな表情してることにまるで気づいていない、あの時とおんなじ表情。
「馬鹿……誰が嫌だなんて…言ってる」
 首に、ゆっくりと腕を回す。引き寄せて、喉元を強く吸った。
 紅い紅い、所有の証。
「ユウちゃん」
「ただ……他の奴らに…知られたくない……」
 こんなに、こんなに無防備な自分、なんて。
 堕ちて、溺れて、這い上がれないほどに、この男を。
「こんなに……オマエに溺れてる…」
 みっともないだろ、と目を逸らす神田に、心臓が締め付けられる。
 愛しい。
「そんなこと言ったらオレなんて、どんだけみっともないんさ…?」
 ちゅ、と頬に口づける。
 自分がこんなにも、誰か一人に執着できるなんて思ってもみなかった。
「ユウの事好き。大好き。オレ、前にも言ったさ」
 冷たい口唇を温めてくれる彼を、彼の魂ごと抱きしめたいと願って、祈って、
「馬鹿みたいでも情けなくても、欲しいものが世の中にはあるんさ。ユウ」
 それでも結局、自分にできることは少なくて、せめてこの人が安心して身を預けてくれるようにと、コトバを紡ぐことくらい、しか。
「何度でも言うさ? ユウ。愛してる」
 ああ、その表情だ。その表情が欲しい。
 睦言にうっとりと目を細め、ねだるように口唇を上げる。
「んぅ…」
 吸い上げて、入り込んで、貪って、その先を欲しがる。
 熱を持った指先が肌を滑り始めるまでに、大した時間はかからなかった。
「っあ……」
 のけぞって、声を上げる。
 胸を飾るふたつの突起を弄んでやれば、ふるふると首を振り快楽に耐えた。
「声、我慢しないでいいさ?」
「…だけど…っ……」
「声出してくれた方嬉しいさ、オレ」
 卑怯な呟きだと思った。多少自惚れて、胸の飾りを舌ですくうように愛撫する。
「ひぁうっ…」
 ホラ、もう。声を抑える気、なくしてる、とラビは心で笑った。
 愛しい。
 愛おしい。
「あ、あっ……」
 胸の上に広がるラビの髪。その決まらない軌道を辿る感触に、神田の身体がわななく。
くすぐったい、でも気持ちいい。
 ちゅ、と音を立てて散らされる所有の紅い花。そのひとつひとつがたまらなく幸福に思えて、ラビ、と名を呼ぶ。答えるようにくれるキスは、身体のあちらこちらに。
「んんっ……」
 脇腹が弱いことをもうすでに知っているラビがそこを責めないわけはなく、指が、手のひらが、口唇が、舌が神田を追い詰める。
 ラビの吐く熱い息でさえ、神田にとっては緩やかな前戯。
「あっ、や…、やめっ……」
 神田を握りこんで口に含めば、ひときわ甘い声を聞かせてくれる。嬉しくなって、ちゅうと先端にくちづけた。
「ん…!!」
 この口唇の熱さでアナタを温められたらいい。
 腰が浮き上がる。髪を掴む手に込められる力は、気持ちいいの合図。
「んっ、ん、あ…ラビ……っ」
 止まることのない喘ぎはステップトーン。
 舐めて、弾いて、引き止めて、吸い上げて。キスの温度もエスカレート。
「ラビっ……や、も、…くち…はなせ……!」
「いいさ? このまま…イッて?」
「やっ…、あ、んん、ん、────……ッ」
 一気に吸い上げられて、ラビの口内に精を吐き出す。ラビはそれをするりと飲み込んで顔を上げる。潤んだ瞳と激しく上下する胸がラビの情欲を煽った。
「くち…離せって言ったのに……」
 恨みがましく睨みつける神田。それでもそんな表情では全く逆効果、で。
 せめて少しくらい、自覚してほしいさとラビは心の中で一人ごちた。
「ラビ…オマエのも……」
 力の入らない身体を無理に起こして、神田はラビの口唇に口づける。
 え?と目を瞠ったけれどキスの温度に気を取られ。
「ユウ…キスするのすごく好きさ?」
 ペロリ、と口唇を舐めて、神田は口の端を上げた。
 オマエとだからな、と。
 くらり。眩暈がするような殺シ文句。
「ちょ、ユウ?」
 そのまま顔を下げていく神田にまさかと思いつつ静止する。
「うるせぇよ……オレだけイかしてんじゃねぇ」
 ピッとラビのズボンのホックを外し、綺麗に揃った歯でジッパーを下ろしていく。その仕種に、眩暈がした。
「ユウ、ちょ、マジ?」
 滅多にない神田からの誘惑に、信じられない、と口を覆う。
 具体的に言うなら【超嬉しい】?
「っく…」
 温かな口内に含まれ、鳥肌が立つ。それでなくても普段、こんなシチュエイションはないというのに。
 ぴちゃり、と淫靡な音を立てて舌が滑る。
 神田が自分の脚の間に顔を埋めているというその光景だけでもう、たまらないくらい興奮するのに。
「つ……、ふ」
「声………出せよ…」
 そんなふうに、上目遣いで見上げてこないで。
 ────ああ、もう、やべェさオレ。
「…ユウ…」
 口の中で、ラビの大きさが変わる。
 気持ちい事をしてやりたい、と言った彼同様、その思いは自分だって持っている。気持ちよくしてもらうだけじゃ全然足りない。
 気持ちよく、してやりたい。
「ん、く…ふ…」
 この角度じゃ表情はあまり見れたもんじゃないけれど、それでも形を変えていく雄で判断できる。
「つ……ふぁ……、あ…」
 ユウ、と途切れ途切れに呼ばれる音で、実感できる。
 嬉しいって、思う。
 自分がしていることで、気持ちよくなってくれるなら、きっとどんなことでも。
 危険思想、危険思考。
 こんな風に思うなんて、自分も相当溺れてる、と自嘲気味に笑った。
「ユウ…あの、さ、口……離して…?」
 荒い息の中ラビはそう告げてきたけど。もう限界だなんてこと、口に含んでる自分だってよく分かる。
「いい。出せ」
 さっきのやり取り、似たような行動。────似たもの同士。
「ユウっ…ちょ、マジ無理……っ」
 ラビは神田の髪を掴み引き剥がそうとするが、神田もまたラビを離そうとはしなかった。
 強く吸い上げると、弾かれたように口腔に放たれる。
「────…っ…!」
 けほりと咽る神田。さすがに含みきれなくて、口唇の端からぽたぽたと流れ落ちる、ラビの。
「…っわり……ぜんぶ飲めなかった…」
 そう言いながら顔を上げると、グイと抱き寄せられて。
「ユウがしてくれただけでオレ、超ハッピーさ? そんなん、飲まなくていいのに」
 口の端に零れた体液を指で拭い、キスをくれる。
「ユウ、ごめんさ。超気持ちよくて、口ん中汚しちゃった」
「…汚れてねーよ、馬鹿…」
 ちゅ、と音を立てるキスが熱くて、もっと欲しいとねだってみせる。舌を出して、キスを誘う。
「ん……」
 絡まる舌から焼けるような熱を移され、思わず声を上げた。
 苦い苦いキスが、角度を変えるたびに深くなる。それでももっと欲しい。もっと、もっと、もっともっと欲しい。
「ラビ………欲しい…」
 熱い吐息で、訴える。にっこりと笑ったラビの手が、移動し無遠慮に窪みを撫でた。
「んっ…」
 やわやわと曖昧な愛撫に神田の肩が揺れる。
「ラビっ……ちゃんと……っひぅ」
 入り込む、指。
「ごめんさ。ユウがあんまり可愛いから、意地悪しちゃった」
 ちょうど口唇のあたりにある胸にちゅ、とごめんねの口づけ。それだけでも、神田の息が上がる。
「んんっ……ラビ…」
 バラバラと動かされる指が与えてくる快楽に耐え切れず、ラビの肩に縋りつく。
「ユウちゃん、も少し我慢して。ちゃんと慣らさないと…オレもユウちゃんも、キツいさ?」
 あやすように頬に口づけて、切なそうに見つめる恋人を前に、理性の限界、チャレンジ。
「あっ、あ…ラビ、…ラビ…っもう……!」
 もっと欲しい。もっともっと奥に欲しい。
 ねだるように腰を浮かせる神田に、理性、決壊ギリギリ。
「…もう、平気……?」
 実はコチラの方こそ余裕がない。すぐでいい、と息を上げる神田の腰を支え抱き上げた。
「ああぁっ……」
 入り込む、確かな質量。
 奥まで。ずっと奥まで。
「ユウ…愛してるさ……」 「んっ、んん、んぁ……ッ!」  突き上げる。締め付ける。  好き。大好き。愛してる。  止まらない。  ずっと奥まで。闇の底まで。  世界の果てが見えるまで。  ふたりで────ブレイク・ダウン。








 腕の中で、とろんとまどろむ。大好きな時間だった。
 あったかくて、心地よくて、世界の終焉なんて全部嘘みたいで。
「身体、平気さ? ちょっと無茶させた……ごめんさ、ユウ」
「バカ、平気だから心配するな……少し眠い…」
 眠りの世界に落ちかける愛しい恋人に軽くキスを贈る。
 気持ち良さそうにキスを受けた神田が、ふわりと呟いた。
「ラビの口唇…あったかい…」
 ふしゅう、と空気の抜けた風船みたいに眠りに堕ちる。
 くすりと笑って、ラビも呟く。
「ユウが、あっためてくれたんさ」
 ちゅ、と額にキスひとつ。
 キスの温度は身体でキオク。
 オヤスミナサイいい夢を。


 ふたりで、重なって眠った。
 夜明けはもう、すぐそこだったけど────