Kiss me,kiss you

2005/12/08



 何度呼んでも返事をしてくれなかった。無視していると言うよりは、耳に入っていないと言ったほうがいいだろう。
 集中しだすと周りが目に入らない人間だって知っている。それは自分にも当てはまることで、それに対してとやかく言える立場ではなかったけれど。


 かれこれ、2時間。


 ユウはコムイから借りたと言う分厚い本を手に、サイドチェアーでゆったりと時を過ごしていた。
 自分がこの部屋に入ってきたときからそれは変わらなくて、一度だけくれた視線も、今はもう字を追うだけでこちらには向けられない。
「ユウー」
 通算、23回目。
 それでもユウの視線は振り向かず、ベッドに腰掛けたままのオレは少しだけ、眉間のしわを深くした。


 キレイに結い上げた黒髪は昼の陽射しにきらめき、ページをめくる指先は一定の起動を辿る。並べられた文字を追い詰める瞳は情熱的で、引き結んだ口許はときどき感情的に歪んだ。
「……ユウ」
 半ば諦めかけて名を呼ぶ。それにさえ反応しないコイビトにしびれを切らし、ベッドからついていた手を離した。
 少し無理をして手を伸ばせば届くという位置にユウがいる。
「ユウ」
 ユウの興味を一身に浴び、歓喜しているような本を取り上げ、オレはそれを自分の足元に解放した。
「何しやがるラビ!」
「やっとこっち向いた」
 眉を吊り上げて睨むユウの表情さえキレイで愛しくて。
「ガキみてぇなことすんじゃねェよ…!」
 それでもまだ読書を続けるらしく、ユウは椅子から降りないまま腰を折り、なんとか届きそうな哀れな書物に手を伸ばす。
 その腕を捕らえ、乱暴に引いた。
「…っ!?」
 勢いで、オレの身体を下にベッドに倒れこむ。そうなるように意図的に力を調整したのは、明らかに自分の方だけれども。
「おい! ふざけんのも大概に…っ」
 オレの上に乗り上げた格好のユウを両腕で拘束し、頭を強く引き寄せる。口唇を塞いでやると、ユウはオレの意図に気づいたように身をよじった。
「ッ…ラビ…! やめろ…っ」
「やだ。オレのコト放っとくユウが悪いんさ」
 ユウの抗議を無視し、再び深く口唇を合わせる。相変わらずユウの抵抗は強かったけど、抗いきれないことをオレは知ってる。
 腰をずらし、身体の位置を反転させる。ベッドがギシリと啼いた。
「んんっ……」
 未だ逃げようともがくユウを身体で押さえつけ、結われた髪を解く。ゆらりと乱れる黒髪が、オレの視界に心地よく入り込んだ。
「…っに考えてやがんだてめェ…! 真っ昼間からサカッてんじゃねェよ…っ!」
 口唇をぬらしたユウが睨み上げてくる。はっきり言ってエロいとしか表現のしようがない。ユウは1回鏡で見てみたほうがいい。
「まだ暴れるつもり? 縛るよ? ユウ」
「ふざけんな…っあ…!?」
 両手を纏め上げて、引き抜いたベルトで拘束してベッドの柵に縛り付けた。
「…ラビ…!」
 何をしやがる、という目をして睨みつけてくる。
 確かにこんな風に拘束したことは、なかったかも知れんさ。いつもだったら、抵抗したってキスで腰が砕けたユウを押し倒して、脱がしてやんのに。
 ああ、今日はやけに抵抗が強いと思ったら、今まだ昼なんさね。明るいときにする行為じゃないから、イヤなんかな。
「………」


 またがって見下ろして、なんだか気持ちが変に冷えてきた。


「やめた」
 ごめんと謝りながら、ユウの手を解放しようと手を伸ばす。こんなことがしたかったわけじゃないんさ。
 ユウが構ってくれないからって、縛ってまで体温求めて、幸せになんかなれるはずないのに。
 あぁ、ガキみてぇさ、オレ。
「痛かったろ、ユウ。ごめんな」
「ラビ…?」
 少し赤い痕がついてしまった手首にちゅ、と口づけて、ユウから身体を離す。
 そのままベッドを降りたら、不安そうなユウの声が返ってきた。
「邪魔して、ごめん」
 床に落ちていた本を拾い上げ、ベッドの上にぽつんと身体を起こしたユウに差し出す。ユウにしては珍しいんだ、こんな分厚い本読んでるなんて。
 子供みたいな感情で、せっかくの気持ちをぶち壊してしまった。
「おい、ラビ」
「ちょっと、アタマ冷やしてくるさ?」
 無意識にそれを受け取って、少し後にユウは眉を寄せたけど、その奥にある感情には気が回らない。きっとこの後口を開いたら、【ふざけんな】とか出てくるに違いないんさ。
 聞きたくなくて、背を向けてドアノブに手を伸ばしたけれど。


 バコッ


「てっ」
 背を向けたのがあだとなった。小気味良い音を立てて、何かがアタマを直撃。
「ふざけんな!!」
 ほら、やっぱりだ。ブラヴォー、オレ。
 頭をさすりながら、何するんさと、直撃した物体を見下ろした。
「……あ、れ?」
 それは、ユウが読んでた本なんだけど。分厚い、本だったんだけど。
 拾い上げて、思わずユウを振り返った。
「ユウ、これっ…」
「!! べ、別にその…っそういうのじゃねーからな!」
 気づいてしまったオレに、顔を赤くして叫んでくる。
 嘘が、下手さユウ。
「へへ」


 これ、さ。オレが昨日、読んでたヤツさ。


 面白かった、確かに。
 それとは別に、純粋に嬉しかった。ユウが、気にしてくれたんだって。
 オレがどんなもの読んでるのかって思って、手に取ってくれたんさね。
「…お前のそのワケ知り顔がムカつく」
「そんなことねーさ。ユウに関してはわからんこといっぱいだし」
 ただ、伝わってしまうだけ、と続けたオレに、それもムカつくとユウは返してきた。何が気に入るんさ。難しいさねこの人は。
「ユウ」
 それでも嬉しくて、嬉しくて、ベッドの上に座り込んだユウをぎゅって抱きしめた。
「…大げさじゃねぇか、お前。小せぇことにいちいちはしゃぎやがって」
 抵抗するでも、受け入れるでもなく、ユウが呟くのはいつものこと。
 ううん、でも。それもわかってしまう。
 ユウが、ちゃんと笑ってくれていることくらいは。
「小さくないさ、嬉しい。ユウがオレのこと見ててくれた証拠じゃん。超、嬉しいさ」
 世界中の人にキスをしたいくらい、心、ほわほわ。
「……とけ」
 それをユウに言ったら、小さな声が返ってきて。聞き取れなくて、身体を離して【え?】と聞き返す。
 蒼い瞳が、桜色の口唇が、伸び上がった。
 ちゅっ…。
「…ユ」


「キスすんの、俺だけにしとけ」


 不機嫌な声。
 わ。ね、コレ。コレってさ、つまり。
 そういうことですか。
「ユウ、好きさ」
 嬉しい。嬉しくてしょうがないさ。
「…知ってる。そんなこと」
 我慢できずにぎゅうって抱きしめたら、ユウも背中に腕を回してくれた。
 あったかい、と思って頬を摺り寄せる。
 キスをしてもいいかと訊ねたら、案の定バカかと返ってきたけれど。笑って、口づけて、そのままベッドに倒れ込んでった。



 その夜、ふたりで一緒に本を読んで、疲れて眠ってしまったユウの寝顔を見ながら、幸福だと感じたことは、言うべきか、言わざるべきか────。