Kiss of life

2006/06/06



 もそり、と寝返りを打って気がついた。突き当たるはずの体温が傍にないことに。
 不思議に思って眠い眼を擦り開ける。


「悪い、起こしたか?」


 団服のベルトを締めるその人の影に、ううん大丈夫と返し、身体を起こした。
「何、任務?」
「ああ」
 美しい髪を高く結い上げてしまえば、昨夜の甘い余韻など、彼からは微塵も感じられない。
 それを寂しいと思う気持ちと、潔いと思う気持ちが変に混ざって、ラビは意味もなく笑うしかできなかった。
「言ってくれれば、あんなに無茶なことしなかったのに」
 余韻を引き戻したいと思ったのか、単に揶揄で反応を楽しみたいのか。
 多分その、両方どちらも。
「言ったところで変わらんだろうが」
「そうかな。少なくとも気絶しちゃうくらいヤッたりは、しないさ?」
 くすくすと笑って、すっかり身支度を整えてしまった神田を呼び寄せる。
 何をしたいのかは神田もわかっていて、それを拒むことはしない。
「ん」
 ちゅ、とひとつ、小さな口づけ。
「おはよう、ユウちゃん」
 腰を抱きこんで、日課のような朝の挨拶。


 こんな風に体温で、口づけで、互いが生きていることを確認する。
 いつの頃からか生まれてしまった、それはもうふたりの暗黙のルールの様で、始まった理由を探す気にもならなかった。
「どれくらい? 任務」
 こんな風に過ごせる時間は、実はあまり多くはなくて、だからこそできるだけのコミュニケーションが欲しくなる。
 単なる会話であったり、口づけであったり、夜の行為であったり。同じ空間で共に過ごすだけでも、貴重なものでありきっとお互いがその時間を大切にしていた。
「……1週間程度だとは思うが、どうだろうな」
 エクソシストが出向くということは、イノセンスの確認・回収、もしくはアクマの討伐である。
 事前の調査は探索部隊に任せているが、回収ともなると危険が伴うことの方が多い。
 攻撃してくるアクマが何体なのか、どれほどのレベルなのか、そんなことまで探索部隊に解かるはずもなく、また日々変わり続ける状況を、予測はできても確定などできやしない。
 いつ、どんなことが起こり、どれほどの期間でそれを収拾できるのかなど、誰にも知りえないのだ。
「そっか……帰ってくる頃、オレも出てるかも知れないさ」
 日々、地球のどこかで消えてゆく命と、生成されてゆくアクマ。そして奇怪を起こすイノセンス。
 その存在を教団が確認すれば、否応なしに任務に駆り出される。
 選ぶべくして選んだ人生であるにしろないにしろ、今ではもう、それが日常となってしまっていた。
「運が良ければ、すぐに逢えるだろ」
「運が悪ければ、また何ヶ月も離れ離れさ」
 神田が自分に言い聞かせるようにも発したフォローを、ラビは打ち消す。実際運次第、だった。
「ラビ」
「早くこの戦争が終わるといい。そうしたらずっとユウと一緒にいて、おはようって言って一緒にご飯食べて、一緒に出かけて、夜はお前を抱きしめながら眠るんさ」
 そんな日常を夢見てる。
 幸福すぎて照れくさい、と思う神田が顔を逸らした。
「ユウ、こっち向いて」
 キスをしたい、と呟かれて、
「……仕方ねぇな、ホラ」
 あまり間を置かずして振り向いてしまったのは、理由を探す必要もない。
 口唇を優しく掠め、覆う温かな体温は、お互いを何よりも安堵させる。
「今はキスで我慢するさ」
 この先、近く戦争が終わることを祈って。
 そう思ったのだが、なぜか神田の眉が寄せられて、ラビは首をかしげた。
「ユウ?」


「ガキみてぇなキスしてんじゃねぇよ」
 これからまたしばらく、逢えなくなるかも知れないというのに。


 不満げな顔の理由を知って、思わず顔が綻んだ。
「じゃあ今のは行ってらっしゃいのキスね」
 そう言って両手で頬を包み込み、そっと口づける。
 舌で口唇をなぞり、啄ばんで入り込む。口の中で震えた舌を、追って絡めた。
「……ん」
 味わう間もなく離れた口唇を恨めしげに睨んだ神田に、ラビは笑う。
「今のが、おやすみのキス」
 次は、と言う暇もなく、ラビは口唇を攫われた。
 入り込んできた神田の舌を受け入れ、強く抱きしめる。


「今の、明日の朝の、な」


 濡れた口唇をペロリと舐めて神田が囁く。意図を汲み取ってもらえて、ラビは破顔した。
「朝のキスにしては熱烈さ」
 では夜ならばいいのかと、思うが早いか重なる口唇。
 思うままに貪り、抱きしめ、たっぷりと互いを味わう。
「ん、……っふ、んぅ」
 甘やかにくぐもる声と、回された腕が愛おしい。
 明日のおやすみのキス、と口唇を離しても、明後日のおはよう、と繰り返される口づけ。
 日課になってしまった愛の挨拶は、出発ギリギリまで続けられた。
「んん…」
 たっぷりと1週間分のキスをして、最後に互いを抱きしめる。
 また生きて出逢えますようにと祈りを込めて。
「次逢えたら、おかえりなさいのキスかな」
「その前に、足りない分のをしてからな」
 そう言って、ラビの腕を離れる。本当にもう、任務に出かけなければいけない時間だ。
 少し乱れた着衣を整えて、気を引き締める。
「行く。次に逢うまで生きてろよ」
「OK。ユウもね」
 言葉の裏に、隠された【愛してる】。
 いつでもいちばん愛してる。
 きっとまた、生きてキスを交わしましょう。