みついろ

2005/06/07



 今日も変わらず待っているんだろうか、と知らず足が速まった。
 関係を表すのにはいつも言葉が出てこない。


 悪友、幼なじみ、親友。


 どれも見事にかち合わない。
 神田は剣道部の活動が終わった後には図書室に向かうのが癖になってしまっていた。
 体育館から直接正門へ向かえばいいものを。

 それもこれも、全部あの男のせいだった。

 帰宅部の男が自分を待つ理由はなく、何度となく先に帰れと言ってきた。だが男がそれを聞き入れることはなく、今も共に下校する日が続く。
 単独で下校した事など、本当に数えて片手で足りた。
 いくら家が近くて幼い頃から家族ぐるみのつきあいをしているからと言って。いい年した男が女も作らずなんとしたものか。

4

 神田は図書室のドアをがらりと開けた。
「おい、ラビ」
 帰宅部であるラビが時間を潰すのはここしかない。以前は体育館で練習風景を見物していたが、冗談じゃないと怒った神田に渋々諦めた。
 毎日分厚い本を山積んで、神田が来るのを待ち望む。
「ラ…」
 だが今日はその風景が違ってた。
 陽の沈んだ図書室に、薄く陰ったファイアスター。
 机に突っ伏したその色だけが異種で、なんとなく心細い。
 疲れているのだろうかと足音を忍ぶ。案外に柔らかな髪は手触りが良く、思わず指が滑った。
「…起きやがれ、バカうさぎ…」
 こんな幸福そうな寝顔では起こすのが申し訳ない。だがこのまま寝かせる訳にもいかず、多少頭を悩ませた。
「ユウ…」
 僅かな声に、起きたのかと目を落としたが、どうやらそうでもないらしい。
「っち…寝言かよ…」
 そう息を吐いて、せめて門が閉まるギリギリまで寝かせておこうと神田は仕方ないと微笑した。
 寝言、が持つ意味にも気づかぬままに。

 いつでも愛しいアナタの夢を…。




蜜色




 思えば、不思議なくらい知らなかった。
 逢える日は毎日のようにキスをして、ベッドだって数えきれないくらい共にしているのに、それでも。


 可笑しいくらい、アイツのことを。


 生まれた土地も、育った環境も、本当の名前さえも。
「…ユウ」
 何考えてんの、と鼻先の呟き。揺れる橙の髪がくすぐったかった。
「…オレがベッドん中で考えることっつったらオマエの事だけだがな」
「わお、超ウレシ」
 名前も、国籍も、環境も知らないけれど。
「ユウちゃん、愛してる」
「バカ、…知ってる」
 オマエを愛してるオレと、オレを愛してるオマエがいれば。
「愛してる…ジュニア」



 それで充分。




三つ色




 いつもより身支度が早いな、と神田は思った。
 自分と大して90度直角上に伸びる、ラビの背中を見上げ辿る。
 身体を重ねるようになってどれだけ経っただろう。甘い睦言を交わすこともなく、ただ人肌が恋しくて、逃げるように何度も何度も繋がった。


「オレは、オマエを忘れるさ」


 振り向かないままの、およそ15歳とは思えぬセリフと、声音。
 元々、年齢の割りには大人びたコトを考える男だと思っていたけれど。
「ラビ?」
「オマエの体温も、オマエのイく顔も、オレを呼ぶ熱い声も。オマエの全部を忘れるよ」
 久しぶりに顔を見た。最後に逢ってから何日目なのかは、忘れた。
 今日が、
「決めたんさ」


 ────別れだ。


 何日ぶりに身体を重ねたのだろう、とラビは口の端を上げる。
 確かに最初は興味だけのはずだった。誰かの体温が欲しくて、たまらなくて、近く伸ばした指の先にお互いがいたというだけで。
「明日からジジィについて修行の旅に出るんさ。帰ってくんの、何年先かな」
「ラ…」
 裏の歴史を記録しなければいけない、ブックマンという業。それを選んだのは間違いなく自分だった。
 それには少なからずプライドと誇りを持っていたし、他の誰にも渡さないと思っていた。
 自分の感情を押し込めてでも、成し遂げなければいけないと。
 そして後を継ぐものを探さなければ。
「オレ…ブックマンは、さ。ひとつのものに執着したらダメなんさ」
 こんな小さな人間に、構っているヒマなんか、余裕なんか全然ないんだ、と揺らぐ炎を押し込めた。感情を殺せ、と。個人の感情を忘れろと。そんな無理難題を突きつけられても、この道を進むと決めたのは自分。
 生きる意味を探して、必死にしがみついたのは、自分だ。
「何が言いたいんだ?」
 だから。
 小さな恋なんて、簡単に捨てられる。
 そう思った。
「オレね」
 そう思ってた。
「いつか、笑った顔のオマエと逢いたい」
 馬鹿みたいだ、と笑ってそのまま俯いた。
 アナタに逢いたい。
「さよなら、ユウ」
 この世界が終わるまでに。
 さよなら。
 これで。
 さよなら。
 初めて恋した人────。