月が見ていた

2006/04/27



 ──子孫を残せないこの繋がりを、もしかしたら誰かに咎められるかも知れない──
 確か、そんな理由でこの欲望を自分で拒絶していた時期もあった気がする。



 身体を重ねることに最早なんの抵抗も罪の意識も感じられない。
 本部で一緒にいられる時は同じベッドで眠るし、抱きしめ合うし、キスだってもちろんその先だって。
 こんな関係を続けていったいどれだけ経っただろうかと考える。
 口づけて抱きしめて、髪に指を絡ませて引き寄せる。
 月が見ていても太陽が責めていても、止まることない衝動を、愛なんてものに包んで隠した。
「────ビ、ラビ!」
 自分を呼ぶ声にハッとして、ラビはその声を追って俯いた。
 そこには汗ばんだ裸体を晒した黒髪の恋人。
「てめぇ、ヤッてる最中に他のコト考えてんじゃねぇよ。しかも入れたまま」
「え、あ」
 睨み上げてくる神田の口許は、半ば呆れ気味。乱れて汗で張り付く、ラインの決まらない後れ毛に、図らずとも欲情してしまう。
「なに考えてんだ」
 疲れてんのに相手してやってる俺を放置かよ、と罵られ、ラビはシワの寄った眉間に口づけた。
 ユウのこと、と呟きながら。
「調子のいい」
「ホントさ。どうしたらユウがもっと気持ちいいかなって……な?」
「バッ……バカ…いきなり動くな……ッ」
 少しだけ腰をずらし、擦り上げる。知り尽くされた性感帯はラビによって的確に刺激され、引き出された。
「ごめんごめん。……感じちゃったさ?」
 耳元で低く囁いてやるのも、戦略の内のひとつ。必要以上の密着と酔わせる言の音も、愛し合う大事な要素。
「んっ…なわけね……!!」
「そう? じゃあこっち触るね、ユウ」
 そう言って笑うと、ラビの手は神田の胸に滑る。彼が息を呑んだのを放って、平らな胸を撫で擦った。
 汗で湿る肌を手のひらで感じ、ぶつかった突起を指で弾く。ビクリとのけぞった反動で、擦られる内部が位置を変えた。それがまたさらに快楽となり、神田を酔わせていく。
「んあっ……!」
「嘘ばっかじゃん、ユウ。こんなに感じてンのにさ」
 声を出すのが屈辱とでも言うように、神田は指を噛む。その仕種さえが色っぽくて、ゴクリと喉が鳴った。
 そうだ、こんな風に身体をつなげて過ごす夜も数え切れないくらい超えてきたのに、彼はあまり総てを晒してくれない。快楽に震え、貪欲に欲しがる彼をさえも、愛しんでいるというのに。
「う、あ……ッ、あ、……っあ」
 右胸の赤を指で嬲り、左胸のサンスクリットを舌でなぞって、そのまま硬くなった突起を舐る。
 勃ち上がった性器をゆるゆると擦り上げながら、小刻みに揺れ動く腰を止めることは、どうしてもできなかった。
「あ、あ……ラビ…っ」
 口の端を伝うラビの唾液は神田の胸を滑り、シーツにシミを作る。
 硬くしこる突起を指の腹で、舌で捏ね回し、快楽を引き出していく。もうすでに声を抑えることに気が回らないのか、神田の両手は白いシーツを握り締めるだけとなり、腰を自ら揺らした。
「ん、ふっ……、ふ…っぅあ」
「ユウも随分感度良くなったさ…?」
 片足を肩に抱え上げ、ゆるやかに奥をつつき回す。それでもすんでのところで神田の感じる部位を逸らし、焦らした。
「いっ……や、だ、らび、てめ……っ」
 じれったくて首を振る神田を、ラビは笑って見下ろした。
 こんな風に身体をつなげる関係になって、いったいどれだけの時間が経ったんだろう。
「いやさ? ユウ」
 自分もだいぶ余裕ある行為ができるようになったものだと、気づかれないように笑った。初めての時は、こんな煽るような口調で言えることなど、ひとつもなかったというのに。
 こんな欲望は普通じゃないと、まだまだ純情ぶっていたのも理由に挙がる。
 それでも大半が、苦痛に耐え歯を食いしばり眉を寄せる神田が、どうしたら少しでも楽になれるか考えたものだった。
 痛くねぇと強がって、絡めた手を握り返してくる彼を、どうにかして気持ちよくさせてやりたいと。
「ねぇユウ、どこをして欲しい?」
「アッ……は、あ、あ…っ」
 何度目かの情交で、震えながら気持ちいいと言ってくれた時は、死ぬほど嬉しかったんだ。
「喘いでるだけじゃわかんねーさ」
 快楽に堕ちながらも抱き寄せてくれる腕が、何よりも愛しかったんだ。
 自分はこの人を求めてもいいんだと。
「ここ? ユウ」
「やっ……ちょ、待て…っ」
 初めて神田の方から誘われた時は、嬉しすぎて無茶なことしてしまったのを、今でもよく覚えている。
 体温を確かめて、体温を確かめてもらって、何度も何度も貫いて、もうダメだとふたりで意識を手放した。
「あ……ン、あぁっ…! ラビ、ラ……ビ…や」
 艶めいた喘ぎ声に、知らず口の端が上がる。
 ギリギリまで引き抜いて、締め付けて引き止める内壁に応えてずぷずぷと埋め込んでいく。
「あぁっ……!!」
 腰が合わさって、神田がのけぞった。身体のずっと奥の方が好きなのは、昔から変わらない。
 髪が伸びても背が高くなっても、変わらず抱き寄せてくれるこの腕のように。
「ラビ、ラビ……っ」
「気持ちよさそう、ユウ…」
 呟いたのが聞こえたのか、神田は浅い息の中見上げてきた。
 責めるような、目で。
「……っそ…!」
「ユウ!?」
 勢いをつけて背中のベッドを腕で押し、身体を起こす。
 その動作にラビは神田の中から押し出され、このまま終わってしまうのかと思いきや、ぐいと強い力で引かれ、投げるように手放された身体は、ベッドが受け止めてくれた。
「ユ、ユウ、あの、どう…」


「てめぇはどうなんだよ!」


 神田はラビの腹をまたぎ、胸に両手をつく。
 いい眺めだと思うより先に、その状況に驚いた。今までも、神田が自分をまたいで自ら腰を振るなんてことが、なかったわけじゃない。
 だけど、引き出された快楽を中断してまで上に乗ってきた事は、果たしてあっただろうか?
「さっきから何考えてんのか知らねェがな、なんで俺だけ善がってんだよ! てめぇもなれよ!」
 泣きそうな表情だった。
 そんな表情で自ら挿入していく行為は、彼自身気持ちよく思っているのだろうか? とてもそうは思えない。
「んぅ……ッ…!」
「ユウ、そんな、無茶……っ」
「うるせぇ! 黙って善がってりゃいいんだよてめぇは!」
 神田の表情に苦痛が混じる。胸の上に手を置かれた状態では起き上がることができず、埋め込んでいく身体を、せめて届く腕で支えてやるくらいしか思いつかなかった。
「ユウ……っ」
 濡れた音が耳に届く。神田の荒い息遣いと歪む顔が、快楽だけでないことを物語った。
「ユウ、ユウ待って」
 意図的になのか無意識になのか、締め付けてくる神田に息を呑み、それでも制止を試みてみる。
「…っんだ、よ……気持ち…よくね……ぇの、かよッ…」
 全てを飲み込み、呼吸を整える神田の眉間には、まだ深いシワが刻まれていて。
「ユウにそんな顔されたら、気持ちいいの半分しかなくなっちゃうさ」
 腕を伸ばし、汗で頬に張り付いた長い後れ毛を払う。そのまま手のひらを当てると、彼は頬を摺り寄せてきた。神田がこんな風に甘えを表に出すのは珍しい。
「俺じゃ……お前を夢中にさせらんねーのか…」
 不安にさせていた、と心臓が痛んだ。
「夢中になってるさ、ユウ。ごめん、さっき考え事してたの謝る」
 目の前のユウだけ見てれば良かったのに、と繋ぎ、ゆっくりと起き上がる。結合した部分が疼き、神田の肩が揺れた。
「ちょっと昔のこと思い出してた。ユウと初めてえっちした時のこととか……2回目も3回目も、絶対痛いに決まってんのに、ユウ大丈夫だって言ってくれたね」
「……っ」
 思い出したのか、神田が俯いて目を逸らす。
 そんな彼を白いシャツごと抱きしめて、愛していると囁いた。
「ユウが気持ちよさそうにしてんの見ると、嬉しくなるんさ。ユウも、そう? オレ気持ちよさそうにしてると嬉しい?」
 伝わる温もりに安堵してか、神田がゆっくりと頷く。俯いた頬を両手で包み上向かせ、真綿のようなキスを贈った。
「じゃあ、して。ユウ、オレのこと気持ちよくして」
 支えてるから、と付け加え、ラビは笑う。ややあって神田はラビの両肩を押し、再びベッドに横たわらせる。抉られる箇所が変わって苦痛は混じったが、それさえも快楽に変えてしまえる。
「んっ…」
 腰を上げ、埋め込んでいたラビを引き出す。結合部の湿った音と、ベッドが軋む乾いた音が、緩急をつけて部屋に響き渡る。
「っつ……ぁ…ん」
「く……」
 そそり立つ雄を撫で上げられ、肩が揺れる。内部の締め付けに刺激を覚え、支えた神田の太腿に、ラビの指が食い込んだ。
「ラビ……気持ちいいのか…?」
 荒い息の中、神田がそう訊ねてくる。顎を伝った汗が、ぽたりとラビの腹に落ちた。
「すげぇイイ……」
 もっと腰を動かして、と続けるラビにひとつ穏やかな笑みを零し、愛していると囁いた。
「ユウ、…ユウ……ッ」
「んぁっ、あ、……っ、あ」
 腰を引き、全体重を乗せて落とす。奥の方にラビの先端が当たり、快楽に震えた。自然と締め付けてしまう内部に、例え様のないほどの悦楽に、ラビは呑まれる。
 ギシリギシリと啼く古びたベッドが、やがてふたりの身体を飲み込むまでに、後若干の時間を要す。
 窓から見える月が妬ましげに眺めている様で、見せ付けるように何度も何度も繋がった。



 月よあなたが神に近いなら、どうか伝えてくれ。
 罪の意識はすでに無い。
 あるのは目の前の人を愛する想いとこの身ひとつのみ。