白のアジュガ

2006/08/12



 夕食も終わり、何事もなく一日が終わりへと向かう途中。食器を戻そうとトレー片手に立ち上がるラビに、声をかける者がいる。神田ユウ────だ。
「あれ、ユウ。どこにいたんさ? 今からご飯?」
「ちょっと、裏の森で鍛錬しててな」
 鍛錬と言うよりは、気持ちを落ち着かせるために六幻を振るっていたのだが。おかげでだいぶ落ち着いて考えることはできた。
「そっか、相変わらず好きさね六幻。ご飯付き合ってあげたかったけど、ちょっとジジィに呼ばれててさ」
「別にいい。ラビ、その後、その……時間、空いてるか?」
 躊躇いながらの言葉に、ラビは首を傾げる。
「あ、もしかして明日任務あるか? だったら別に、その、いいけど」
「ん? いや何も聞いてないから、任務はないと思うさ。どしたの? あ、手合わせする?」
「は、話が、あるんだ」
 らしくないな、とラビは思った。神田はあまり自分のことを話すのは得意ではない方なのに。なにか、余程大切な話なんだろう。
「うん、わかった。ちょっと遅くなるかも知れないけど、いい?」
「……部屋で待ってる」
 ほっとしたように息を吐く神田。何があったのだろうと思っても、ブックマンに呼ばれている身としてはあちらを無視するわけにもいかない。
「後で行くよ」
 そこで別れる。別れ際に神田が微笑んでくれたおかげで、心は軽くなったけれど。




 ドキンドキンと心臓が鳴る。自分で聞こえるような大きさで脈打つ心臓が、煩わしいと思ってしまう。こんなに大きな音では、彼にはすぐ気づかれてしまうだろう。
 手が震える。昼間の鍛錬で、気持ちは落ち着かせたはずだし、覚悟もできたはずなのに。グラスに入れたワインを飲もうとしても、震えた手ではうまく口に運ぶこともできなかった。
 彼が来たら、普通にしなければいけない。こんなに、震えていてはいけない。
 覚悟は、したんだ。
 コンコン。
 ドアがノックされて、ビクッと神田の身体が強張った。
「あ、あ、開いてる」
 ドアの向こうの人物にそう答え、首にかけていたタオルをバサリと放り、ドアには背を向けた。気づかれないように、落ち着かなければ。何度も何度も深呼吸をして、目を閉じる。
「ユウ、ごめん遅くなった」
「い、いや、構わない」
 ぎゅ、と自分の身体を抱きしめる。
 パタリとドアを閉めたラビは、どうやら風呂上りらしい神田に思わず戸惑って、目を逸らした。せっかく我慢している理性もグラつきそうだ。だけど神田には何か大切な話があるようだし、それを聞かないわけにもいかないだろう。
「あ、えーと、ユウ。ど、どうしたんさ? なんか悩み事?」
 それでも一定の距離を保とうと、ドアの傍から動こうとしない。
 神田は佇んだ窓際で、最後にもう一度、深呼吸をした。
「ラビ、お前にひとつ、訊いておきたいんだ」
 振り向いて、言葉を口唇に乗せる。
「ん?」
「…………俺のこと、好きか?」
 ラビは目を瞠った。そうして少しだけ、眉を寄せる。
「────今さらそれ、訊くの?」
 何度も何度も、口にしてきたはずだ。届いてなかったとは思わない。疑わせてるとも思わない。神田がいったい何をしたいのか、理解できなかった。
「ユウが好きだよ。大好き。ずーっと前からさ。ユウのこと嫌いになれる方法があるなら、教えて欲しいさ」
 神田はそうかと目を閉じて、ふぅーと長く息を吐く。
 ラビの言葉で安心したのか、身体の震えが止まる。神田は足を動かし、ベッドにぎしりと腰かけた。
「ユウ?」
 なぜよりにもよってベッドに腰をかけるのか、とラビは思う。この部屋に椅子がないわけじゃない。そんなところに座られたら、本当にもう我慢ができなくなってしまうではないか。
 それどころか手で招かれて、躊躇っていたら神田に睨まれた。仕方なくゆっくりと歩を進め、腰かけた神田の前に立った。そのくせ呼んだ彼自身は俯いてしまって、表情を読むことさえできない。
「ユウ、あの、さ」
 これ以上はダメだ、と顔を背けると、手首を握るものがあった。え?と視線を戻すと、そこには僅かに震えた神田の手。体温は温かくて、確かに彼なのだとわかる。
 神田は静かに、口を開いた。
「ラビ、その……」
 小さな声は、ラビに届いているだろうか。大きな心音は、ラビに聞こえてしまってるだろうか。
 きゅ、と手首を握る手に力をこめる。



「こ、今夜お前と…………過ご…し、たい」



 身体中の血が騒いだ。
 声が出ない。口唇が震えて、歯がカタカタと鳴る。
「ユ……今、なんて」
 ようやっと搾り出した声は、情けないくらいに震えていた。
「な、何度も言わせるな……っ」
 二度も口にできるはずもなく、神田は俯いたまま首を振る。まだ少し濡れた髪が、ラビの腕に当たった。
 ラビはゆっくりとしゃがみ、神田の顔を覗き込む。手首を掴んでいた彼の手を包み握りこんだ。隻眼に映った彼の顔は赤く染まっていて、胸が締め付けられる。
「でも、ユウ。ホ、ホントにいいの……? 無理なんかして欲しくないんさ……」
 神田を抱きたい、とは言ったが、もしかしたら彼を急がせてしまっただろうかと後悔した。こんなとき自分は本当に子供で、彼を優しく包んでやることができないんだと実感してしまう。
「違う、無理なんかしてねぇっ……ね、眠れねぇんだよ最近、その、そういうことばっか考えちまってっ……!」
「ユウ、ユウ、だけど途中でイヤだって言っても、オレもう、止めてあげらんないさ? それでも」
「いいっつってんだろ……んぅっ」
 伸び上がる速度は、鼓動と同じ。
 口唇を覆ったその勢いで、ラビは神田の肩を押した。二つの身体は柔らかなベッドに受け止められて、歯がカチリとぶつかる。
「んんっ、ん、んん……っラビ、待、て」
「ダメ、止めないってオレ言ったさ…っ」
 いきなり激しいキスをされて、神田がそれを止めるが。ラビはもう、神田が何を言っても行為を中断する気はなかった。
「違う、電気! 電気、消せ…っ」
 そういえば部屋の電気は点いたままだ。かと言って電気を消してしまったら、今夜の天気ではロクに灯りもないだろう。
「嫌さ、電気消したらユウが見えなくなっちゃうじゃん」
「あ、明るいとこでなんてできるか! 絶対嫌だからな!」
 二人とも譲らない。ラビは神田を見下ろしながら、神田はラビを見上げながら。少しだけ視線の交錯を続けたけれど、お互いの意見は変わらなかった。しばらくしてラビは、落ち着くためにも、ふぅと息を吐き出した。
「じゃあせめてそこのスタンド点けさせてよ。いちばん小さな灯りでいいから」
 そう言ってベッドサイドのスタンドを指差す。神田がそれを視線で追って、仕方ないなと頷いた。
 じゃあオレ電気消してくるからと、ラビはベッドを離れる。神田は伸び上がって、スタンドの紐を二回引いた。後一回引けば、真っ暗になってしまう、小さな灯り。それが点いたのを見計らって、ラビは部屋の電気のスイッチを押した。
 薄暗い灯りの中で、浮かび上がる二つの身体。ラビはベッドに舞い戻り、神田の横に手をついた。ぎしりとベッドが啼いて、神田の身体が強張る。それには気づいたけれど、もう止める事なんてできやしない。肩を抱く手にも、自然と力が入ってしまう。
「ぁ……」
 ベッドの上で身体が重なる。体温に戸惑って、掠れた声が漏れた。
 それをキスで塞いで、吐息を確かめる。
「ユウ、ユウごめんな、怖い?」
「す、少し……」
 口唇を離して訊ねると、僅かに震えた声。怯えながらも身を開こうとしてくれる彼にたまらない愛しさを感じ、思わず口唇を啄ばんだ。綺麗な歯列を割って、その中に舌をねじ込む。引きこもる神田の舌を追って、捕らえて絡める。
「んん、ふ……」
「……ユウ、怒らないで聞いてね。何度も……何度も想像の中でお前を抱いたよ。ユウのこと押し倒して組み敷いて、ユウの中に入って、かき回して、たくさんユウを汚してきたんさ」
「バッ……何……っ!」
 改めてそんなことを言うな、と顔を真っ赤にして口を尖らせる。
「でもごめん……オレ誰かとこういうことするの初めてでさ、その……うまくリードしてやれないと思う」
「……はァ?」
 今ラビはなんと言っただろうか?と逸らしていた顔を元に戻してラビを見上げた。決まりが悪そうに眉を寄せたラビが、目に飛び込む。確か今彼は、するのが初めてだと、言った。
「え、な、ウソ、だろお前。したことなくてなんであんなすげぇキス……」
 あんなキスができるんだと言いかけて、自分で言っている言葉のはしたなさに気づき、口をつぐんだ。
 あんな、性を刺激するようなキスができるのなら、当然誰かとそういうことをしたことがあるんだと思っていた。女の柔らかな肉体を、知っているのだと思っていた。
「だってオレ、初めてはユウがいいって思ってたんさ」
 だけどその予想は彼自身の口で否定され。ともすればその相手をした女に嫉妬でもしてしまいそうな状況だったのに。
「そろそろ諦めなきゃなーと思ってた時にユウと恋人同士になれたからさ……だから、誰かにこんなことすんの、初めて」
「あっ!?」
 そう言って首筋に顔を埋める。耳の下からするりと伸びる稜線を舐め上げると、神田の身体がビクリと強張った。
 濡れた舌の感触は初めて体験したもので、口を突いて出た声に目を瞠る。自分の声ではないように思えて、口を押さえた。
 ────なんだ、今の。
 ざわりと背筋を走った感覚は、六幻とシンクロする時に似ていた。
「ユウ、ユウ可愛い」
「ば、馬鹿なこと言うな…っ」
 ちゅ、と口唇で首のラインを確かめながらラビの指は神田のシャツのボタンを外し始める。その手は僅かに震えていた。布の下から姿を出す肌は肌理が細かく、触れた指が心地よく滑る。
「すげぇ……すげぇすべすべ。想像した以上さ、ユウ……」
 何度も何度も、想像で彼を抱いてきた。想像の中でも彼の肌は滑らかで手触りが良かった。だけど実物の方が断然気持ちいい。その感触に鼓動が速まる。
 この綺麗な肌を傷つけないようにしないと、と思う半面で、めちゃくちゃに傷跡をつけてしまいたい、と思う凶暴な気分にさえなってくる。
「ふっ……う」
 鎖骨に舌を滑らせ、左胸のサンスクリットを指でなぞる。肌に触れる他人の体温と感触に神田は喉を鳴らした。
 もうすでに衣類としての機能を果たしていないシャツから神田の腕を抜き、剥き出しの上半身を舐るように見下ろす。欲しかったものが目の前にある。こうして触っていてもまだ夢の様で落ち着かない。
「ユウ……ユウ…ッ……」
 忙しなく胸を滑る口唇と舌。脇腹を包む熱い手のひら。
「う、ふあっ……」
 胸にぷくりと立ち上がった突起を摘んでみると、漏れる神田の声が一際甘さを増した。それが可愛くて、摘んだそれを捻り上げる。息を飲んでのけぞった、喉のラインが美しい。
「っつ……」
 指の腹で押しつぶしては捏ね回し、その反応を楽しむ。
「つうっ……う、あ」
 だけど神田はどうも、漏れる声を押し殺しているらしいのだ。身体はしっかりと反応しているのに、声が引っかかる。
「ユウ、もしかして声我慢してる? ダメさ、抑えないで。出して……聴かせて」
 それに気づいたラビは伸び上がって神田の顔を覗き込む。汗ばんだ額と上気した頬。理性をグラつかせてしまうのは簡単だけれども、できるだけゆっくり行為を進めて、この体温と存在を確認したい。
「だ、だけど……変な、声、だし……っ」
「そんなわけねーさ、可愛い。声出してくれなきゃ、気持ちいのか気持ちよくないのか、わかんないじゃん」
 可愛い、と言われて神田の熱がカアッと上がる。くすぐったいような感覚が、どうしてか心地いい。では自分がはしたなくもこんな声を出してしまっても、この男は嫌わないでいてくれるということだろうか。
「出して、ユウ。オレもその方が嬉しい」
 抱いてることを実感できる、と微笑まれて、当然悪い気はしない。小さな口づけと共に摘み上げられる、胸の突起。油断も隙もない、と思いながらも、背筋を走る感覚に、背をのけぞらせた。
「はっ……あぅ」
「ユウ、ここ気持ちいい?」
 両手で突起を弄られ、声が喉を突く。言いようのない感覚だ。だが嫌悪する種類のものではない。これが、快楽というものなのだろうか。
「んぁっ…、あ、あっ……や」
 押しつぶされ捏ね回され、爪先で弾かれる。その度に身体がビクリとしなって、視界が動く。
 神田の口唇から出てくる悩ましい声に、ラビの熱が上がる。吐く息が熱くなっているのを、自分でも分かっていた。
 ────……舐めたいな…。
 指で触っているだけのここを口唇と舌で愛撫したら、どんな顔をしてくれるだろうか。
「ユウ、舐めてもいい?」
 こんなことを訊くなんて我ながら馬鹿じゃないかと思った。ダメだと言われて、止められるはずもないのに。
「な、なに言って……やッ…!?」
 答えを聞くより先に、右の飾りを口に含んだ。舌で擦り上げると、指とは違う感覚なのか、神田の反応は先程より大きい。
「ア、いや、だ、……ラビっ、やめ……っ」
 舌先で転がし、押しつぶして口唇で啄ばむ。唾液と汗で濡れた身体が、いやらしく映った。
「んぁっ、ああ、っや……! いやだっ……ぁ」
 神田はふるふると首を振る。今まで感じたことのない感覚を、やはり怖いと思ってしまう。これから先いったいどうなってしまうのか。ラビの与えてくる感覚に戸惑って、嫌だと繰り返した。だけどラビの手も口唇も舌も、当然止まらない。それでも行為を中断して欲しいわけではないのだ。
 ただこの感覚が恐ろしいだけで。
「やっ、ラビ、ラ……ビ、んっ、ふうっ」
「ユウ、こっち触るね……」
 ラビの手が動く。布越しでも解かる熱を追って、神田の中心に触れた。
「い、やッ……!?」
 驚いた神田がその手を払おうと起き上がるが、力が入らずそれも叶わない。
「そ、なとこ……っ触んな……!」
「えっ、だ、だってここ触んなきゃどうするんさユウ」
 他人にそんなところは触られたことがない。熱が集中して、そこが敏感になっているらしいことは自分でもよく解かる。だけどラビの手で触られてしまったら、どうなってしまうのだ。
「んんっ!」
 ラビの手は熱をなぞるように動く。ラインを確かめて、握りこむ。言いようのない感覚に、神田は息を飲んだ。身体の奥が疼く。怖いと思いながらもその先を求めるように、背をしならせた。
「ア、っあ……ラビ、ラビ…や、あ」
 神田が声を我慢することはなくなった。愛撫に呼応し、快楽に酔い始める。白い肌に長い髪が絡みついて、扇情的に映る。ラビは思わずこくりと唾を飲んだ。