言葉までの距離

2005/08/13



 ざざざ、と風を切った。
 今は身体を守る団服もない。それは教団に置いてきた。
 動く、ために。
 捜さなければいけない大切なひとがいた。そのためにあそこにいたんだ。
 …どちらを選んだつもりもなかった。
「……」
 ただあの男に逢いたいと。








「神田!」
 背中から聞こえた声に舌打つ。厄介な男が後を追って来たものだ。追っ手がかかるだろうことは予測していたが、まさか不足しているエクソシストを使ってくるとは思わず、それでもエクソシストに太刀打ちできるのはエクソシストだけか、と神田は走る速度を上げた。
「神田、ちょっと止まって下さいよ! 別に連れ戻しに来たわけじゃないんですから〜!」
 風に途切れそうになる声を、それでも聞き止めて振り返る。
「やっ…と追いついた…神田足速いですよぉ〜」
 思わず立ち止まった神田の前で大仰に身体を折り曲げて息をつく、白髪の少年・アレン・ウォーカー。
「…おい、てめェ今なんつった?」
「連れ戻しに来たわけじゃありません。誰が好き好んでそんな面倒なこと」
 そう言いながら、アレンは黒い布をこちらに投げてくる。
「いつかあなたが言ったあの言葉、そっくり返しますよ。それはエクソシストが着るものでしょう?」
 本部からの正式な指令ですよ、とアレンは資料を手渡す。しかし資料とは言っても、街の名前、人口、申し訳程度のその歴史。だがその資料を包む十字のマークは、確かに黒の教団のもの。
「任務は、AKUMAの破壊とエクソシストの救出」
「…了解した」
 ぱらりとそれを流し読み、神田は息を吐いた。
「モヤシ」
 棄てた団服をバサリと羽織り、まだあの地に残っていいのだとボタンを止める。
「礼は、言わん」
 まだ、動ける。
 また、動ける。
「結構ですよ。あなたにそんなものもらっても気味が悪いだけです」
 心の底からの言葉を投げて、アレンはいつものように笑う。違いない、と思い、神田は身体を進行方向に向けた。
 走る速度は徐々に上がっていき、ふたつの黒がひた向かう。
「神田」
「なんだ」
 乱れない呼吸が、ふたつの黒を特殊なものだとしらしめる。
「ラビを好きですか」
「……リナリーに聞いたのか」
「見てれば分りますから」
 前だけを見据えて、風を切るふたつの黒。神田はフン、と鼻を鳴らした。
「もういなかったら、どうしますか」
 疑問符が付けられない、問い。
 どうしますか、彼がいなかったら。
 もう、この世界に。
「そんなことはあり得ねぇな」
 強く放った神田の言葉に、どうしてそう言い切れるのか、とアレンは返す。
「根拠はあるんですか?」
 信じているのか、信じたいのか。
 かろうじて拾った音声。混じるノイズ。途絶えた呼吸。
 それを聞いていた上でその自信は、いったいどこから。


「オレが、まだ何も言ってねぇからだ」


 じっと前を見据えて神田はその根拠を音にする。
 だから死んでねぇんだよ、と。
 あぁ。そうですか。そんな風に。
 あなたはあの人を愛しているんですね。
 震えた拳は見ないフリ。
 今、どれだけあの人のことを考えているだろう。
 どれだけ、あの時聞こえた声を想っているのだろう。




 死んでいないですよね。
 死んでいないですよね、ラビ。
 ここにこんなにもあなたを愛しているひとがいる。