言葉までの距離

2005/08/13



 ガガガガガッ
 放たれる弾丸を弾く。その剣捌きは美しく、弾が身体を擦ることはない。
 ギャリッ
 剣先は地面に弧を描き、解放された界蟲は地中を這った。
「無に還れ」
 ゴオァッ!!
 地中から飛び出した界蟲はAKUMAを喰らい破壊する。
 操るそれが自己の剣気であるためか、神田の顔に疲れが見えた。
 ぽたりと伝い落ちる汗が、地面に丸いシミを作る。荒れた息が、不整脈を告げてきた。
「ッチ…次から次へと出てきやがって」
 キリがない、と長く息を吐く。
 二人でなんて無茶だ、と言ったラビの言葉通り、大量のAKUMAが見られる。
 いっそ貴重な現象だと笑い、神田は剣を振るった。
 ガキンッ ガガッ
 飛び散るAKUMAの破片を刃で受けながら、遠く目をやる。向こうも、どうやら手一杯のようだ。





「お互い援護にさえ回れない、か…っ」
 アレンはそう吐き捨てて、遠くAKUMAを破壊し続ける神田を見やった。どちらかと言うと自分も彼も接近戦タイプだ。界蟲や銃があるとは言え、頼みの綱である武器が身体に密着している以上、接近戦となってしまうのは、仕方のないことではあったのだが。
 ガガガガガッ
 機関銃に変形させたイノセンスでさえ、やはり扱う人間はひとりだ、どうしても多勢に無勢に見えてしまう。
「っくそ……」
 囲むAKUMAを数える気にさえならなかった。倒したAKUMAを数える余裕さえなかった。報告書には適当な数を記入して出そう、なんて考える。
 特に特徴があるわけでもない、退屈をしのぐように作られたダークマター。それに入り込んだ魂。
 自我などとうに失い、伯爵の兵器にされて殺戮を繰り返す。
「破壊…しなきゃ」
 AKUMAは悲しすぎる。辛すぎる。だからここで破壊しなければ、と、思って。
「……────え?」
 過ぎった既視感に、アレンの手が一瞬止まる。
 既視感は、その殆どが錯覚なのだという。
 だが、これは。
「な…っなんで」
 アレンは気づく。これはもはや既視感などではない。繰り返されているのだ。AKUMAの生産が。
「そんな」
 そんな馬鹿な、と。自分を取り囲む数体のAKUMAを見回した。確かに覚えていられるほどの特徴はない。だが内の魂は、先ほど破壊したAKUMAのものと同じだった。
 どういう現象なのだ、これは。確かに破壊したはずだ。灰のように消えていったはずだ。ココにあるはずのない、浄化された魂ではないのか。
「と、とにかく神田に…っ」
 神田に報せなければ、と振り返る。
「! 神田ッ!」
 地面に片膝をついた彼が見える。
 そうだ、剣気なんてそうそう保つものではない。彼の界蟲はその剣気が動力…というよりは神田の剣気そのものなのだから。蘇ってくるAKUMAを相手に、いくら鍛えているとは言え長時間の戦闘は命にさえ関わるだろう。
 援護に向かわなければ。いやそれよりも、この場から一旦離れることを考えなければ。
 神田を囲むAKUMAを数えても、それが一番の得策と考えられる。アレンは第一解放の手形へとイノセンスを変形させた。
「力を加減すれば…可能なはず…っ」
 呟いて、左手の十字に意識を集中させる。できる限りの勢いをつけて、地面を叩きつけた。
 ゴォウッ
 アレンと神田を取り囲んでいたAKUMAたちに光の十字が打ち込まれる。
 破壊を目的とせず、ただ捕獲することのみを念頭に置いた。【十字架の墓】の応用であろう。
「神田!!」
 今のうちに、と彼の元へ駆け寄る。
「…っ余計な、コト、しやがって…このモヤシが」
 案の定疲労が見えたが、悪態をつくくらいはできるらしい。
「そんなこと言ってる場合じゃないんですよ。これだっていつまで 保つか分らないんですから」
 今のうちにこの場を離れないと、と急ぐアレン。
「どういうことだ」
「説明は行きながらでいいですか。ラビたちと合流して場所を変えなければ」
 六幻を支えに立ち上がる神田。急を要するのだ、と言うことくらいは分る。取り囲むAKUMAを【破壊】せず【捕獲】したのにも、何か理由あってのことだろう。地面に突き刺した六幻をザッと引き抜き、AKUMAの血を振り払った。
「了解した。行くぞ」
「はい」
 オオオォオオオォオオと唸るようなAKUMAの悲鳴を背中で聞いた。








「AKUMAが蘇ってる?」
 戦闘中に負ってしまった怪我を医療班に治療してもらいながら、アレンがええ、と頷く。
 先ほどまで身を隠していた宿は移動した。あそこはAKUMAに知られてもう使っていられない。ラビとブックマンを狙ってきたAKUMAに破壊され、使えたものではない、というのも理由のひとつに挙がったが。
「見た目は変わらないんですがその…束縛された魂、ですか。どう見ても同じものだったんですよ」
「破壊し切れなかったんじゃねーのか」
 深手を負っているブックマンを連れた状態ではそう離れたところへの移動は難しい。西に約一キロ、移動したかしてないか。小さな集合住宅のようだ。
「破壊しましたよ。壊れて灰みたいに消えてくの、見ましたもん」
「それってアレだろ? キャノン使う、なんかデコボコしたヤツさ? 確かにオレらだと魂見れんから、気づかないさ」
 近くの本棚にもたれかかるラビが、うぅんと唸る。
「こういった事例はあるのか?」
 扉の枠柱に腕を組みながらもたれる神田に、横たわるブックマンはゆっくりと首を横に振った。
 安静にしていなければ、と寝かされたベッドの上でブックマンは目をつぶり、自分の記憶をできる限りで手繰り寄せる。
「破壊したはずのAKUMAが蘇る、という事例は、今までに聞いたことがない」
 それでも、今度のようなケースはないらしく、対処法もなにもない。
 一同がため息をつく中、ジリリと鳴り響くゴーレム。神田の団服からぴょいんと飛び出てくる黒のそれに、ちょうどいいと神田は応答した。
「コムイか」
『どうだい神田くん? そっちの状況』
 よほど心配だったのか、それとも心配そうな大事な妹を思ってのことか、どちらにしても多忙であろう室長が、わざわざ通信をよこしてくれる。上司には恵まれたものだ。
「最悪だ」
 リアルすぎて冗談にもならない。神田は無線の向こうのコムイに今の状況を話し始める。その横顔をラビが見つめていることには、アレンもブックマンも、当の本人も気づいてはいたけれど。
『ふぅん…僕もそういった事例は聞いたことがないな…一応調べさせるよ。確認するけど、AKUMAの実体はあるんだね?』
「ああ、確実にな。キャノンも使ってきやがるし、叩き斬ればイヤな刃音がしやがる。実体はあるんだ」
 だがそれでも、アレンが【同じ魂だ】という。通常では考えられない数のAKUMAが、次から次へと襲ってきたことを考えれば、そう考えてつじつまが合わないことはない。
「何か別の…伯爵側の力が関与しているのか、それとも」
「イノセンスが関係しているのか…か?」
 神田の言葉にラビが続ける。合いそうな視線を直前で逸らすラビに一瞥だけをくれてやって、そうだと無線の向このコムイに呟いた。
『オーケイ、調べましょ。ちょっとない事例だしね。ブックマンやラビも知らないとなると、大変貴重なデータだ』
 報告はできるだけ正確にお願いするよ、とコムイの声。
 今いちこちらさえもが事態を飲み込めていない。頭を冷やして対策を練る必要はありそうだ、と神田が通信を切ろうと口を開きかけた。
『神田くん。それともうひとつ』
「なんだ。ゆっくり話している暇は」
 暇はない、と、言おうとした言葉が遮られる。
『勝手な行動は慎むように。ラビが心配だったのは分るけど、キミは僕の部下なんだ』
「────」
「────」
 気づいてラビが顔を上げる。気づかれた、と神田が振り返る。
 舌先が凍った。
『キミが飛び出していくだろうコトは予測がついたし、アレンくんにもハメられたから、本調子でないキミに任務を与えたけれど。本来なら謹慎処分ものだよ』
 コムイの声が、耳に入っているのかいないのか、自分でも分らなかった。ただやっと重なった視線を、その繋がりを切りたくなかったのかも知れない。
 パタタ、と飛ぶゴーレムを振り向かずに、神田は視線の向けられる軌道を辿る。
 組んでいた腕を崩し、ラビもまた突き刺すような視線を向けられて、その軌道を追う。
「…謹慎でもなんでも受ける。この団服を着ている限り、まだ教団のエクソシストだからな」
 揺るがない軌道。視線を逸らすことができないまま声を絞り出す。
 何か分ったらまた連絡する、と言うコムイの声に曖昧に頷いて、糸が切れた。
「────ユウ」
 身体が凍ったようだと思った。そんな瞳で突き刺されて、動けるはずがないと思っていた。
 逃げたいと思う気持ちの方が勝った。
 カッとブーツを鳴らして部屋を出て行こうとする神田。それを止める腕。
「呼んだの。聞こえんかったさ?」
「離せ」
 ドアノブを握った腕が、ラビに掴まれて動かない。
「どういうこと」
 この男のこんな静かな声を聞くのは初めてだと、神田もアレンも、 ブックマンさえもが思った。
 普段があれだけ口数の多い、騒がしい男だ。なんて声を出すのだ、と喉が詰まる。
「ま、待って下さいラビ、ちゃんと任務、あの、指令もらってこっち来たんですからっ…」
 感情が破裂してしまいそうだ、と顔を逸らす神田を思ってか、それともこんなラビを見たくなかったからなのか、衝動的にアレンが間に入る。
「あんな無線聞いたら、誰だって」
「オマエはちょっと黙ってろアレン!!」
 ビクリ、とアレンの肩が竦んだ。本気で怒っているんだと。身体を引いてしまったアレンに気づき、それでも振り向こうとしないラビに、戸惑いを感じる。
「悪い…オレらの問題だから」
 彼自身、その感情を持て余しているのかとアレンは思う。実際ラビのこんな表情を見るのは初めてだった。
 顔を逸らしている神田は、それを見たことがあるだろうか?と余計な方向に意識が行ってしまう。
「来いよユウ」
 腕をぐいと引き、扉を開ける。勢いで振り向いた神田の眉間に寄った皺は、今まで見てきた中で、いちばん深かった。
「離せと言っている!」
「いいから来いっつってんだよ!!」
 扉の向こうにふたりの身体が消え、何事か叫ぶ神田の声が聞こえ、  アレンはベッドに横たわるブックマンを振り返る。
「放っておくがよい。あやつらが自分で超えねばならんものなのだろう」
 そうだ、話しをしろと言ったのは自分だ。自分が介入してどうなるものでもないと、アレンは長くため息をつく。
 それではせめてその間くらい、AKUMAがココを見つけませんようにと祈ろう。