Life

2006/05/03



 それからは、また何事もなかったかのようにふたり、振舞う。食事は共にするし、修練場でも顔を合わせれば手合わせを繰り返した。
 コムイの差し金なのか偶然なのか、もう二度と任務を共にすることはなかったが、出立と帰還は無線で報せた。それは小さい頃交わした約束事。生涯を友として過ごすことはきっと難しい。自分たちは立場が違う。行うべきことも根の底で違っている。
 せめてこの本部内にいる時くらいは、それを叶えたい、と願う。
 あまり笑わなくなった神田と、不似合いなほどに陽気にはしゃぐジュニアは、エクソシストとしても腕を上げ、着々と任務をこなしていった。
 ジュニアが帰還して数ヶ月立つ頃には、ふたり十七へと年齢を変え、昔のような危うさはどこにも見当たらなくなっていて。
「よ、久しぶり」
 かかった声に、神田が顔を上げた。
「何が久しぶりだ。つい五日前に別れたばかりだろう」
 階段を上りきったところで、姿を見せたのは親友。
 壁にもたれて団服のままで、これはどうも、待っていたご様子。
「そうだっけ……ユウに逢えない時間ていつもの倍ほどに感じてさ。構う人間がいないとやっぱ寂しいさね〜」
 怪我してないか、と腕を広げ、その中に神田をすぽりと収める。どんな確認の仕方だ、と怒鳴ったのは、いったいいつが最初だか。そんなことを考えて、忘れかけた。ここが階段であるということに。
「バ、バカ離せ!!」
 神田が任務から帰ると、真っ先に怪我の有無と状態を確認するのは、もはやジュニアの癖になっていたようだが、もともとスキンシップは苦手な神田だ、こんなに人の目につきやすい所では、あまり嬉しくない過剰なそれ。
 いつの頃からか流れ出した下世話な噂も、まったく知らないわけじゃない。この男だって気づいてないわけではないだろう。
 馬鹿馬鹿しい、とは思うけれども、不用意に噂を煽るような行動は正直言ってごめんだ。
「あはは、やーだ」
「あはは、じゃねェ離せっ…」
 ぐい、と押しのけようとして、そうできないことに気づいた。
 ジュニアの腕の力が強すぎる。
「────」
 サ、と血の気が引いた気がした。
 ついこの間まで、力の差は無かったはず。
「ジュニ、ア」
「そんな小さな抵抗しか、できないんさ? ユウ」
 それではアクマにやられてしまう、と耳のすぐ横でジュニアの苦笑が聞こえた。カ、と頭に血が上る。
 そんな小さな抵抗をしたつもりじゃなかった。もちろん全開の、というわけでもなかったが、以前はコレで振りほどけていたのに。修練中だって、目立つほどの差はなかったんだ。
「ふざけんなよ離せ!!」
 酷く泣きたがっている自分には、少し前から気がついていた。
 小さかったあの頃は、何も考えていなかった。
 いつも一緒にいるものだと思っていた。
 ずっと一緒にいけるものだと思っていた。
 考え方が甘かった、なんてことはこの数年でイヤというほど思い知らされたし、お互いが実際に、甘ったれた子供だったと喉の奥が締め付けられる。
「……」
 す、とジュニアが腕を解く。
 あまりに突然のことで、神田はえ、と顔を上げた。
「ごめんさ」
 神田の両肩を掴んでぐいと押しやり、そのまま俯くジュニア。
 息が止まる。こんなジュニアは正直見たくない。
「ごめん。ホントはずっと付いて、ユウが怪我しないようにサポートでもできたらいいんだけど、ユウに嫌われたら元も子もないさ。親友失くしたくないもんね」
 顔を上げた時には、もういつもの笑い顔。ジュニアが神田の怪我を、そして否応ナシに発動する梵字の力を、好く思っていないのは行動からも、言動からも窺える。
 だけどそれに対してジュニアが何事か画策することを、神田が好く思っていないことも、この男は知っていた。オマエには他にやるべきことがある、と言われたこともある。
 他人に命を預ける気はない、とそう突っぱねた神田の潔さを、嬉しいと思ったか哀しいと思ったか、思い出せなくなった。ただ少なくなった口数と、どこか冷めたような口調が、どうしても放っておけなくて、出逢った頃と同じようにつきまとったけれど。
 その中に別の感情が入り混じっている、なんてことはこの先もずっと言えない。
「今から任務報告?」
 もう、誰にも咎められない【親友】の顔だ。神田は眉を寄せて答えた。
「ああ…」
 ジュニアが陰で何を悩んでいるのかは知れないが、相変わらず切り替えるのが巧い男だと思って、目を閉じて舌を打つ。彼には聞こえたか、どうか。
「じゃあ先にメシ食ってるさ。来るだろ?」
 悔しい、と思う気持ちなのか、寂しい、とせがむ気持ちなのか。
 神田はこくりと頷いて、ジュニアを追い越した。




「ユウ、ちゃんと食わないと身体もたんさ」
「任務中に倒れるなんてヘマはせん、放っておけ」
 こんな風に大勢いる食堂では、先ほどの抱擁が嘘だとでも言うように、ジュニアはラインを引いていた。
 引かなければ、いけなかった。
 さっきのは抱擁なんてものではない、とジュニアは軽く頭を振って感情を打ち消す。自分の感情を悟られたらいけないんだと。
「へぇ。死んだって骨は拾ってやらねーさ?」
「ハ、お互い様だ」
 自分たちは親友で、戦友で、決してそれ以上になってはいけなかった。
 こんな風に食事を共にして、普通に会話を交わして、それで、サヨナラ。
 それでも募る想いは消せず、昔の約束を楯につきまとう。任務で離れている間は、
【怪我をしていないかな】
【ちゃんと食事を取っているかな】
【また誰かと喧嘩していないかな】
 と思い馳せ、こんな風に共にいる時には、
【また綺麗になったな】
【少し疲れているみたいだな】
【抱きしめたら怒るかな】
 と心、飛ばす。
 断ち切るように苦笑して、呟いた。
「オレ、これから出なきゃいけないんさ」
 神田がス、と顔を上げる。
 今回は入れ違いか、と。
 あまり共に過ごす時間がないように、と画策しているのはやはりコムイだったが、それを責める気にも、僅かな時間に縋る気にもならない。ジュニアや神田の行く末を思えばこその配慮であると理由をつけて、共に過ごせない時間を正当化できる。
「ちょっとね、南の方に不穏な動きがあるんだってさ。今回もジジィと一緒」
 前回任務から帰還したときは、それでもゆっくり過ごせたんだ。
「そうか。気をつけろよ」
「うん」
 ふたりでいる時間は楽しかった。
 月を見ながら、アルコールに酔って、火照って、一緒に眠った。
「いつ頃帰ってこれる」
「さぁ……わかんね」
 その時間が、楽しくて楽しくて、とても残酷で、そして大好きだった。
「何かあったら連絡するさ。見送りはいらない」
 そう言って、食べ終わった食器を持ち上げて席を立つジュニアに、誰がするかと吐き捨ててやる。それに笑って行ってきますと、ジュニアは歩き出す。必然的に二人の距離は離れていった。






 後どれほどの時を過ごしたらいいだろうか、と考える。
 この世界戦争を終わらせるには後、いったいどれだけを。
 闘いが終われば、少しは神田を取り巻く状況も変わる。少なくとも日々を戦闘の中におく必要はなくなり、梵字の発動もなくなるだろう。
「……」
 移動中汽車の中、そんな風に考えながら窓にコツンとこめかみを当てる。
 神田はあれから数回、副作用で発作を起こし、自分は何もできずただ見ているだけだった。最近は少なくなった、と思うがマシか、彼には何もしてやれない。
 好きなヤツ目の前に情けねぇなあと思いながらも、良い対処法は未だに見つからない。彼の命は後どれだけ残されているだろうか。
 せめて彼の生きている間に、アクマの蔓延るこの世界戦争を終わらせてやれないか。そして平和に暮らしていくといい。大切なあの人を見つけ出して。
 そうすれば救われる。自分が救われる。
「……────小僧。迷いが出ておるぞ」
 これから任務だというのに何とする、と向かい側に座るブックマンに言われ、視線を窓の外から車内に戻した。
「スンマセン、師匠」
 少しばかりの厭味も含めてそう返すが、当のブックマンはどこ吹く風だ。ジュニアは苦笑して、ゆっくりと目を閉じた。目的地に着くまで少し眠っておこうと。
 戦争を終わらせるのは易いことではない。そんなことはわかっている。
 自分はこの先、誰にも愛していると告げることができない。そんなことは知っている。
 せめて祈るくらいはさせてくれ────。





 夏を終えて、秋を通り過ぎても、世界は何も変わらなかった。アクマを破壊しに出向いても、また別の地でアクマが生成される。そのたびにエクソシストは、朝に夜に、武器を片手に駆けていく。
 神田も、ジュニアも然り。
 一度神田が大怪我をして帰ってきたときには、気が狂うかと思った。無茶をするなと、出かける前にあれだけ言ったのにどうしてだ、と詰った後に、同行した探索部隊を庇ったことを知った。
 身体が動いただけだと絶え絶えに呟く彼を薬で眠らせて、思いつく限りの回復術を施して、梵字の発動を少しでも遅らせようと模索した。神田の傷が塞がった後、彼が意識を取り戻した途端気が抜けて、逆にジュニアの方が意識を手放してしまったことは、まだ誰の記憶にも新しい。
 神田には思いっきり殴られたけれども、それができるほどに回復したのかと、安心してしまった。
 そのことが妙な薬になったのか、神田からは生き急ぐようなオーラが消え、イノセンスとのシンクロ率を更に高め、戦闘に活かそうと鍛錬を繰り返す。
 負けてなるものかとこちらも鍛錬を重ね、そしてブックマンとしての知識を更に追加する。負けてなどいられないのだ。男のプライドにかけても。
 そんな風に過ごすお互いは、きっといい関係だったに違いない。