追憶

2006/10/08



 ──計り間違えちゃいけないよ、神田くん
 危険だなんてこと、自分がいちばんよく解かってる。
 ──情を移すな。ワシらは中立でなければならん
 だけどこの気持ちは、いったいどうしたらいい。







 お互いが、いちばん近かった。同じ歳で、同じエクソシスト同士。危険な戦いの中に身を置きながら、互いの中に芽吹く感情に気づく。
 恋人同士。
 気がつけば、そんな関係になっていた。
『ユウ、好き。大好き』
『あーもう、てめェは好き好き言いすぎだっ』
『えー、だってさ、オレがユウに言える、素直な気持ちだもん。この言葉で伝えるしかない。大好きなんさ』
 命を削る日々。
 中立の立場。
『おい、てめェこれから任務だろ。さっさと行けよ』
 命はもう、残り少ない。
『ん、だから行ってらっしゃいのちゅーして』
 誰の味方にも、なれない。
『仕方ねェな、ホラ』
『行ってくるね、ユウ』
 口づけをしても不安が過ぎる。
 最初に手を離すのは、オマエか────それともオレか。





 カツカツと踵が鳴る。ギィと自室のドアを開け、見慣れた部屋に入り込んだ。
 すぐ目に入るベッドに、部屋の住人でない人物を見つけて息を吐く。
 ────またコイツは、人の部屋で
 こんなことは初めてではない。もう何度も何度も、目にしてきた光景だ。
「おいジュニア」
 いつ帰ってきたんだと思いながら、ベッドに横たわるひとの髪をさらりと撫でる。
「んな格好で寝んなよ。風邪引いても知らねェぞ」
 そうしても目を覚ます気配はなく、神田はしばし、その寝顔を見下ろした。
 もうどれくらい、逢っていなかったんだろう。
 ギシリとベッドに手をついて、腰を落ち着ける。そのまま身体を折り、彼の口唇に口づけた。
 ────……つかコイツ
 口唇の感触は、確かに恋人のもの。
 ────絶対起きてる
 そう思ってもキスを止める気はなくて、ちゅ、と何度か啄ばむ。ちょっとした、イタズラ心も手伝って。
「!!」
 そんなことをしていたら、もぞりと動く手に腰と尻を撫でられて、カァッと顔が火照る。
「おいジュニ……っ」
 慌てて身体を離そうとしても、彼の────ラビの腕が巻きついて、それは叶わなかった。
「ちょ、待、て」
 開いた口唇の中に舌を差し込まれ、塞がれる。閉じ込められた息と、腰で蠢く手のひらに翻弄されて、くぐもった声が漏れた。
 それでもグッと両腕に力を入れて突っ張り、身体を離す。口の端を伝った唾液が鬱陶しかった。
「……ッカ、いきなりンなとこ触んな……っ」
「えー?」
「うわっ」
 ようやくできた呼吸と共に抗議を口にしたら、グイと腕を引かれて視界が回る。背中にベッドを感じて、ラビを見上げる体勢になったことに気づいた。
「だってさあ、ユウが寝込み襲ってきたんじゃん」
 そう言ってラビは、笑って神田を見下ろす。二人の男を受ける造りにはなっていないベッドが、ギシリ、と悲鳴を上げた。
「別に襲ってねェよ! 退けッ」
 自分のした行為を楯にされて、否定したがった神田は声を張り上げる。そんなことには構いもしない、とラビはお得意の笑顔で流す。
「ダイジョブ。ユウもエッチ好きってちゃんと知ってるさ」
 何を指して大丈夫とのたまうのか知れないが、神田はその言葉に引っかかりを感じて、少しの沈黙の後に、否定を返す。
「バーカ、セックスが好きなわけじゃねぇ」
 普段の神田をを見ていると、そんな風には思えないと、ラビは不思議そうにえ?と返す。
 神田の綺麗な蒼眼が、まっすぐ見上げてきた。



「てめぇとだから、してぇだけだ」



「────」
 まるでなんでもないことのように口にされた言葉に、ラビの熱は上がってく。
「ユウちゃん……」
「なんだ」
 ガクリと項垂れて、前のめる。
「絶対オレの理性、試してるよね?」
「あんのか、そんなん」
 ベッドの上、こんな状態でそんなこと言われたら、我慢だって利かなくなる。言った当の本人は、それが解かってるのか解かってないのか。
「あーもう、絶対手加減しねーさ」
 そっちがその気ならと好戦的な気持ちが昂る。ラビは、形のいい神田の口唇に、噛みつくように口づけた。





「……っ」
 灯りを入れない部屋の中で、それでも神田は羞恥にか、手の甲で顔を隠す。
「ん、っ……く……」
 声さえも抑えているようで、気に食わない。
「ユウ、気持ちいいなら声出してよ」
 流れる汗をぺろりと舐め取って、吸い付く。柔軟な肌に、紅く痕が散らされた。
「……っせ、黙っ、てやりやが……ぁ、っく……そ」
「素直じゃねーなあユウは」
 そう言って、硬くしこった胸の飾りを摘みあげる。ビクリと身体が震えて、声が喉を突いて出た。
「やっ! あ、ん」
「ね。気持ちいいんさ?」
「やめ……っあ」
 知り尽くされた性感帯は、的確に刺激され、解放されていく。
「ジ、ジュニア、ちょっ……や……!」
 やめろ、と言いたいところだが、身体はそれを望んでいない。もはや言葉としても意味を成さず、神田はぎゅうとシーツを握り締めた。
「ホラ、こっちももうこんなさ」
「あっ!」
 言いながら、立ち上がった雄を嬲られて身体が揺れる。ぬるぬると先走った体液を、擦りつける様に扱かれて、快感が背筋を競りあがった。
「!」
 快楽を確認する暇もなく、口内に含まれる。温かな舌と口唇は、神田の形をなぞり、舐る。
「待っ、や……! んんっ」
 舌先が筋を通り、ふたつの袋を口唇が啄ばんで吸い上げる。吐かれる息の感触までもが敏感に感じ取れて、ぞくぞくと湧き上がる快楽に酔った。
「ア、やめ……っ、ん、ああっ」
 くちゅ、ちゅぷ、と響く音が淫猥で、自分の浅ましさを思い知らされる。それを知っていて、ラビはわざと音を立てるのだから始末が悪い。
「や……っ、いや、だ、ジュニア」
 縋るように名を呼ぶ。足を抱え上げられ、さらに酷く責められる。ラビの髪を掴む指にも、知らず力が入った。
「んっ、あ……あ、あっ……はぁっ」
 ラビは口唇を離し、奥の窪みに指を宛てる。神田が気づいて声を上げた。
「あ、ッ……バカ、待っ……!」
 それに構わず、濡れた指を侵入させる。
 入り口をこじ開けて指を押し進めるが、そこは狭くて、ラビも顔をしかめた。
「んっ、ア……」
「ユウ、力抜いて。オレの指食いちぎる気さ?」
「知……るか、ん、いきなり二本も、あっ、入れやがっ……」
 かき回しながらなんとか指を埋め、抜き差しを繰り返す。痛みからか快楽からか、神田はふるふると首を振った。
「や、ぁ……んんっ」
 ビクリと足が踊り、吐き出す息の熱とテンポが上がる。指ではもう、足りないと感じる神田が、縋ってラビを呼んだ。
「あッ……ジュニア、もうっ…」
「ん? どしたさユウ?」
「やっ」
 ラビはわざと気づかない振りをして、指だけをねじ込む。タチの悪い笑みが、神田を見下ろしていた。
「あ……ぁ、……バカ、焦らしてんじゃ……ね…ぇっ」
「ダメさユウ、久しぶりなんだし。もっとちゃんと慣らさんと」
 そう言って口づける。もう少し焦らして、もがく彼を見ていたいと思ったのが、本音。
「ふ……ざけんなッ!」
 神田の腕が伸びてきて、肩を押しやられる。お?と思っている間に身体を返されて、ドサリとベッドに転がった。
「これ以上、我慢なんかできるか」
 ラビをまたいで覆い被さる神田。
 降りてくるキスを、素直に受けるラビ。
 ────ずっと逢いたくて触れたくて、仕方がなかった
 ラビを求めて自分に宛がい、腰を下ろしてく。
「ん、く……ぅ」
「ユウ、無茶すんなよ」
 口唇を離したら、ぺろりと舌を舐められて、それさえも快楽に繋がった。
「べ、別に無茶……あ! やっ……」
 別に無茶はしていない、と言おうとしたけれど、最後まで言葉にできない。腰を引き寄せるラビの力が急に加わったことで、予期せぬ動きに息を呑む。
「てめっ……急に……! あッ」
 グイと引き寄せ、ラビは同時に腰を突き上げる。上下どちらともの力が作用して、繋がりは一気に深くなった。
「だってユウがすげェエロいからさあ。……ホラ」
「やぁっ、あ……」
 逃げるように腰を上げても逆効果。中を抉られるばかりか、ラビは追って引き寄せる。結合した部分はぐちゅぐちゅと音を立て、羞恥を引き起こした。
「あっ、はあっ……、いっ……!」
 ラビは容赦なく引き寄せて突き上げる。無防備になった胸の飾りを楽しそうに弄び、快楽に震える神田を眺めた。
「あっ、あ……は、やめ……ジュニアっ」
 気持ちよすぎてどうにかなってしまう、と神田は首を振る。
「ジュニア、い…っや、だ、あぁ、あっ……!」
 限界が近づいているのを悟って、ラビは身体を起こす。それも神田の刺激となって、乱れた声が上がった。
「やぁ……っも、アッ、も……無理、イッ…く」
「ん……、一緒にイクさ?」
 実はこちらだって限界だ。ぺろりと口唇を舐め、神田の脚を抱えて突き上げる。
「ひっ……い、あ! あぁっ」
「ユウ、外に聞こえちゃうさ……」
「んんっ」
 深く口づけながら、ふたりで高みへと上る。
「んん、ん……っ」
 解放を告げる声は、キスでくぐもった。





「あー……ちょーっと疲れたさ」
 ぱたり、と突っ伏して、ラビは情けない声を上げる。久しぶりの再会をしたせいか、行為にも熱が入ってしまった。
「ハッ、あの程度でヘバってんのかよ」
 神田は笑いながら、情けねぇなと言ってやる。それには素直に肯定を返したくなくて、
「ユウちゃん」
 眉を寄せてむくりと起き上がった。グイッと自分の方に引き寄せて、
「そゆこと言う口は塞いでやるさっ」
「うわ、オイよせっ」
 生意気な口唇をキスで塞ぐ。
 慣れた体温が、部屋の外の世界を忘れさせる。そうだ、戦争の最中だということさえも。
「いいのか? てめェの好きなアイの言葉とやらも、囁いてやれねーぜ?」
 口唇を離すとそう言って、ラビの口唇を指で撫でる神田。その手をきゅ、と握って笑い、
「言ってくれんの?」
 と訊ねたら、
「バーカ。────てめェが先に言え」
 神田は手を握り返してくれた。笑い合って、再びふたりで行為に堕ちてく。
 ずっと一緒にいようなんてそんな夢みたいなこと、この時間を失いそうで言えなかった。
 今この腕の中にいることだけで、充分だと思った。
 任務で離れても、生きてる限りまた逢える、と信じてた。






「────……え?」
 数日後任務から戻って、最初に耳にしたのは、リナリーの慌てた声。
「神田が、記憶を失くしたの」



『ユウ、気をつけてね』
『ああ、またなジュニア』



 またな ジュニア



「もう何も、覚えていないの」


 こんな風に失うなんて、思ってなかったんだ────。