追憶

2006/10/08



 その書庫は、やっぱり神田の記憶にはないものだった。所狭しと積み上げられた分厚い本は、見覚えもない。
 居場所がなさそうに辺りを見回す神田を、少し離れたところから振り返ってラビは、
「やっぱここも見覚えない?」
 できるだけ落ち着いた声で訊ねた。神田はもう一度書庫を見回し、しばらくしてからため息と共にあぁと返す。
 見覚えがないのはこの書庫だけではなかった。この塔のどこにも、見覚えのあるところなど存在しない。いくら任務に出かけていく身とは言っても、ここで過ごすことがないわけではないだろうに。
「そっか……」
 この書庫では、何度も何度も逢引きと呼べるものを繰り返してきたはずなのに、とラビは思う。おおっぴらに抱き合える関係ではなかった。気心の知れた仲間以外には知られていない関係でも、禁忌は禁忌。神田の部屋でこっそり睦言を交わしたり、人気のない場所で身体を重ねたり。
 こんな奥の書庫には、それこそラビくらいしか訪れず、恰好の場所だった。
「神田、どうする? オレこのままここで本読んどくけど」
 ここに来た記憶がないというのなら、ここにいても何かを思い出す可能性は低いだろう。そんなところにいるよりは、イノセンスを発動できるようにどうにかした方がよほどいい。
「…………ここに、いてもいいか。邪魔、しねぇから」
 提案したラビは神田の返答に一瞬だけ目を瞠り、それでも、いいよと笑った。
 自分が、師匠であるブックマンに叩き込んでこいと言われた資料を片手に、木造りの椅子に腰掛ける。そこからは、何か読めるものがないかと物色する神田の背中が見えた。
 神田がラビに頼ってしまっているのは、お互い自覚していた。頼ってもらえるのが嬉しいと素直に思うけれども、このままでいいはずがないのに。唯一気の抜ける存在にさせたのは、ラビ自身だ。
「……」
 だけどこんなに違和感を感じている自分が彼の傍にいることは、果たして良いことなのかどうか。
 ────確かに、【ユウ】なんだよな。体温も、肌とか髪の感触も。明らかに違うって言えば、笑い方くらいで
 目は字面を追っているけれど、当然頭に入ってくるはずもなく。ラビは先ほど触れた神田の感触を思い出していた。
 ────なんか違う。ユウなんだけど、ユウじゃねーみてぇだ。
 くしゃり、と髪をかき混ぜる。自分の言っていることにすら混乱して、知らず眉間に皺が寄った。自分がいちばん、こんなことを思ってはいけないはずなのに。神田はどんなにか不安だろう。それを取り除いてやりたいと心から思っているのに。
 ────ユウなのに……こう、がーっとムラムラこないっつーかなんつーか
 どれだけ近くで見つめても、抱きしめたい衝動に駆られない。口づけたい衝動に駆られない。
 恋人を目の前にしてそういう欲求が出てこないというのは、不自然ではないだろうか。今までが今までだっただけに。こんなことくらいで変わってしまうものなのか。
 ────もしかしたらオレ、自分で思ってるほどユウのこと好きじゃなかったのかな
 思って、目を見開く。何を考えているんだ、と首を振った。そんなことはない、と。
 だけど違うと言い切れるだろうか。
 自分はどこにも属さないブックマンの継承者だ。誰かひとりに執着していい立場ではない。誰かに愛しているなんて、言えたもんじゃないのに。
 お互い寝物語にも、そんなこと言えやしない。
 そんな自分が、全身全霊をかけて好きだったと、果たして言えるのだろうか。
「……」
 ────ユウ……
「おい、何を百面相してんだ、ラビ」
「えっ、あ」
 苦笑交じりの神田の声に顔を上げた。
 神田は数冊の本を手に、ラビを見下ろしていた。
「……巧くいかねぇ、のか?」
 なるほどこの書物に苦戦していると思ったのか、心配そうに隣に腰掛ける。内容なんて頭に入ってもいないのに。
「まぁ、そんなとこ」
「そんな分厚いヤツ、読まなきゃなんねーのか」
 大変だな、と覗き込む神田が手にした本を見て、ラビは目を瞠る。
「……神田、それ、読むんさ?」
「え? あ、ああ。面白そうだったから」
 背表紙に書かれた言語は、フランス語。【les Trois Mousquetaires】……教団共通語の英語では【The Three Musketeers】。神田の国の言語に訳すのならば、【三銃士】だ。
 この書庫では珍しく、ごく最近の書だ。新しい部類に入るだろう。いったい誰が入れたのか。だが重要なのはそんなところじゃない。
 神田ユウは、フランス語の習得などしていなかったはずだ。英語だってまだ危なっかしかったはずで、自分が発音を指摘していたこともある。
 辞書があれば何とか読めるものだろうけど、この書庫に辞書なんてもの置いていない。
「でも……それって確か第一部じゃなかったかな。他のも入ってんならいいけどさ」
「いいって。面白かったら自分で探す。てめぇはてめぇの仕事してろ」
 そう言って神田はパラリとページをめくる。どうやらフランス語に不自由はしていないようだ。
 ────本人が習得してない言語で、なんで読めるんさ? それともユウ、読めるのに隠して……や、そんなんする理由がないさ……
 そうしてひとつの仮説に行き当たる。



 ────誰、コイツ



 自分が恋していた、【神田ユウ】ではない、と。
 サッと血の気が引いた。
 では今ここにいる人間は誰なのか。【神田ユウ】の姿を持った、まるで別人。
「……っ」
 そんなことが起こり得るのか。中身だけが、違うなどということが。
 辻褄が合ってしまう。
 失くした記憶、見覚えのない自室、あるはずのない知識。
 別人であるならば、辻褄が合ってしまうのだ。
 だけど果たして、そんなことが。
「────ビ、ラビ! おい、聞こえてんのか!」
 突然認識した声にハッと顔を上げた。肩を掴み訝しそうな顔をした神田が、そこにいた。肩に触れた温もりは、やはり神田ユウのものだと感じる。
「どうしたんだオマエ、震えてんぞ」
「え、あ?」
 気づいてみれば、声さえも上ずっている。眉を寄せて心配そうに覗き込む神田を見つめ返して、恐る恐るゆっくりと、肩に置かれた手に自分の手のひらを重ねた。
「────ごめん」
 長く息を吐いて、俯いて目を閉じる。何に対しての謝罪だったのか、ラビ自身にも解からなかった。
「ごめん、大丈夫さ」
 心配させてごめん。嘘ついてごめん。疑ってごめん。
 いったい、何に対しての。
「本当に大丈夫かよ。眠ってねェんだろ? 少し休んだ方がいいんじゃねェのか」
 大丈夫、とラビは笑う。
 手のひらから伝わる体温は、この人がここに存在していることを教えてくれる。確かにひとりの人間として生きているのだと。
「ちょっと、考え事してたんさ」
 それを否定することはできない。いや、してはいけない。
 お笑い種だ、いつも通り接してやってくれとリナリーたちに頼んだ自分こそが、いちばん彼を受け入れていなかったなんて。
 ラビは自嘲気味に笑って息を吐き出した。
「も、ダイジョブ」
「……なら、いいけどよ」
「わぁ神田、目が疑ってるさぁー」
 見抜かれて、神田が眉を寄せる正直な反応だなぁと思って笑った。
「神田、それオモシロイ? オレちゃんと読んだことないんだよね」
 話題をどうにか逸らしてやろうと、神田の手にした本を少し覗き込む。気づいて神田は、これか?と訊ね返した。
「まだ少ししか読んでねェけど、面白いな、とは思う」
「フランス語、ダイジョブ? 読める?」
 そうしてさり気なく探りを入れる。ふ、と笑って神田は、困らない程度には、と返答した。
「こうして読めるってことは、記憶失くす前のオレはちゃんとフランス語できてたんだな」
「────そうみたいさね」
 そんなことはない。
 フランス語なんかできなかったはずなんだ。ではなぜ今何の不自由もなく使えているのか。
 神田ユウは今、あったはずの記憶を失くし、なかったはずの知識を手に入れている。
 ちぐはぐだ、と思いながらも、この人が今ここに存在する事実を受け入れよう、と薄く微笑んだ。





 一通りを読み終えて。現実に舞い戻る。やけに静かだと思い隣を振り返ったら、赤毛の男が寝息を立てていた。
「……疲れてんのか」
 起こさない様にしなければ、と静かに椅子を引き、本を元の場所に片付ける。
 眠れないほど大量の書物を読まなければいけないのか、それとも吸収するまでに時間を要してしまうのか。
 どちらにしても、そんな状態の中で自分のことにまで気を遣わせてしまっている事実は変わらない。早く元の状態に戻ってやらなければ、と思って俯いた。
 気持ちが焦る。眉を寄せてラビを見下ろした。見た目よりもずっと柔らかな髪を梳いてみても目を覚ます気配はなく、寝息は穏やか。せめてその眠りが安らかなものであるようにと、少し微笑んでみせる。
 睡眠の邪魔をしないようにしよう、と足音を忍ばせて書庫を出た。
 扉がパタリと閉まり、静まり返った書庫でラビは目蓋を持ち上げる。神田の閉ざした扉を振り向いて、また視線を戻した。
 自分の心が変わってないことを再度認識する。
「……」
 あの人が幸福であるように、と心から祈って目を閉じる。
 自分を忘れても、この世界に生きていてくれればいい、と。





「あら、神田? 珍しいね、ひとり?」
 自室に戻ろうと廊下を歩く神田に声がかかる。顔を上げると、リナリー・リーの姿。
 珍しいと彼女に言われるのも無理はない。記憶を失くしてからこっち、ほとんどの時間をラビと過ごしていたのだから。
「アイツ、書庫で寝ちまったから、そのまま出てきた。起こすのが気の毒でな」
 やはりまだ少し身構えてしまう。逃げてるだけだ、と指摘された通り、怖がって拒否していたのは自分。努力しなければ。何かを思い出すきっかけを、この人が与えてくれるかも知れないんだ。
「書庫で? 眠れてないのかしら、やっぱり」
 ため息混じりの言葉に、やっぱり?とオウムのように返す。リナリーはラビが眠れていない理由を知っているのかと。
「……原因はわかんないわよ。ただここのところ眠そうな顔して食堂来るから」
 そうか、と神田は俯く。
「心配? ラビのこと」
「……心配っていうか、その。自分のことだけでもあんな大変そうなのにオレのことまで気にかけさせてんのは、悪いな、と思ってる」
 ついラビに頼ってしまう。ラビもいいよと笑ってくれるから、つい甘えてしまうんだ。
 だけど彼の方の事情など、気がついてもやれなかった。
「ねぇ神田、今ヒマ?」
 自分のことしか考えていない、と自己嫌悪に陥りそうになったところへ、実にタイミングのいいリナリーの問い。
「おいしい紅茶が手に入ったの。アレンくんも誘おうと思ったんだけど、任務に行っちゃって。神田、つきあって」
 ふわりと笑う顔はなんとも可愛らしい。断る理由はなく、神田もつられて微笑んだ。





 談話室には、ちらりほらりと団員の姿。ここに入るのは、確かこれで三度目だ。一度目は、ラビに案内されて。二度目は、自分ひとりで恐る恐る。そして、今が三度目。
 それ以前に来た記憶は、やはりない。
「はい神田」
「ありがとう」
 リナリーの淹れてくれた紅茶を受け取って、口に運ぶ。僅かに香る匂いが、心地よく神田の鼻を刺激した。
 口当たりはよく、するりと喉を通ってく。美味しい、と素直に思った。
「美味いな」
「でしょ」
 自慢げに笑って、リナリーも紅茶で喉を潤す。
 既視感はやはりないが、以前にもこういう風に茶を楽しむ機会はあったのだろうかと訊ねてみた。
「以前のオレも、こうしてここで紅茶飲んだりしてたのか?」
 少しでも、以前の情報を手に入れようと。
「…………正直言って、ないわね」
 想像していた答えとはまったく逆で、面食らった。リナリーのさっきの誘い方は普通だったし、いかにも【いつものように誘った】風だったのに。いつもは何が理由で断っていたんだろう。
「本当につきあってくれるとは思わなかったわよ、私。神田はこういった馴れ合いが苦手だったみたいだしね。誘っても、いつも鍛錬だとかなんだとかで、結局来てくれなかったもの」
「そうなのか……」
 ではここに来た覚えがなくても無理はないのかと納得してしまう。
 しかし馴れ合いより鍛錬を選んでいた自分が、今はイノセンスに触ることさえできずに談話室でノンキに茶など啜っているなんて。以前の自分が見たら、なんと不自然な光景と思うことだろう。
「その分だとまだ何も思い出してないのね」
 ビクリ、と神田の身体が強張った。
 リナリーのその言葉は、暗に責めているようでいたたまれない。
「あ、そ、その、悪い、まだ……何も」
「あっ、ご、ごめん責めてるみたいよねこれじゃ。違うの、そういうつもりじゃ」
 無理に笑いながら呟くと、リナリーが神田の思惑を否定するように手のひらを向けてぶんぶんと振った。
「状況を把握したかっただけなの。だって神田ってばラビとばかり一緒にいて少しも私たちと話してくれないんだもの。ああそうね、責めているとしたらそこの部分かも」
「え……」
 唐突に気づく。あの責めているような瞳は、忘れたことに対してではなかったのだと。気の休まる場所のみを求めて逃げていた自分に対しての責めだったのだと。
「……悪い、忘れたこと怒ってると思ってた」
「そりゃ、そこは悲しかったし、今も寂しいよ。でも神田は神田だもん。仲間としてここにいるんだから、別にいいのよ」
 す、と方の力が抜ける。自分で解かるほど、急速に。
 張っていた気が緩んで、長く息を吐きながら項垂れた。
 【神田】は【神田】だと、以前の自分を知っている人間が言ってくれた。それはまるで呪いが解けたかのようで、心が軽くなる。自分が自分としてここにいることを赦してもらえたようで、泣きそうになった。
「ねぇ、無理に思い出そうとするのは、もしかしたらよくないのかも知れないね、神田にとって」
「だけど、思い出したいんだ、オレは。これから先過ごしていくのにも、以前のオレに嫉妬してしまいそうで」
 それに、イノセンスさえ触れない。自分が【神田ユウ】としての記憶を取り戻していないから、イノセンスに拒絶されているように思えてならないのだ。
「そっか、まだ六幻触れないんだ……。任務には行けないね、そうなると」
 まさか丸腰で戦地に赴くわけにはいかないだろう。無駄死にするのが関の山。
「そうだ、任務で思い出した」
「え、なに? 何か思い出した?」
 神田が顔を上げて呟くと、リナリーが目を見開いて嬉しそうに返す。誤解させたか、とちょっと戸惑って、
「あ、悪いそういう意味じゃなくて。オレ、誰か大事なヤツいたんじゃねーかって、訊きたかったんだ。そいつ、まだ任務とかから、戻ってねぇのかなって」
 リナリーの。表情が凍る。
 それに気づいて、不安が押し寄せてくる。コレはタブーだったのだろうか。自分とその人の間に何かあったのかと。もしかしたら、その人に何かあったのかと。
 その不安を的中させたくなくて、リナリーと呼んで答えを急がせる。
「神田、大事なひとがいるって、どうして解かったの? その人のことだけ何か覚えてる?」
「え、あ? だってオレの部屋、カップが揃いでふたつ置いてあったんだ。使い込んでるみたいだし、そういうヤツが、いたんじゃねぇかと思ったんだが」
 なるほどそこから推測したのか、とリナリーの中に湧いた淡い期待がしぼんでく。
「ラビは……なんて言ってる?」
「別に、何も。アイツ知らないんだと思う」
「…………そう……」
 リナリーの表情が曇る。やはり何か良くないことが起こっているのだろうか。
「私には答えられないわ。私も【知らない】に近いのよ。秘密にしていたんだと思うの。いたらしいことは解かるんだけれど」
 人に言えないような間柄だったのか、と神田は俯いた。胸を張って言える関係ではなかったのか、と。
 今その人がどこで何をしているか、知ることさえできずに。
「だったら質問を変える。今教団のヤツで、任務中でも何でもいいが、動けないような重態になってるヤツ、いねぇか?」
 もし動けないのなら、こちらから出向かなければ、と。
「今はそういう情報入ってなかったと思うけど。仮にその人が解かったとして、あなたどうするの、神田?」
 ぬるくなった紅茶を全て飲み干して、リナリーはまっすぐ神田を見据えた。その瞳の力に危うく気圧されそうになる。
「……逢いに」
「逢いに行ってどうするのよ。その人のことも、その人を好きだったことも覚えていないのに。好きだった事実だけでその人をまた愛すの?」
「そ、そこまで考えてねぇよ。ただ、何か思い出せるなら……でも、多分……」
 躊躇いながらたどたどしく呟く神田を、半ば祈るようにリナリーは見つめた。多分?と訊ねて先を促す。
「……オレが本気で好きだったなら、多分また好きに……なると思う」
 思い出せなくても、今存在している自分が。きっと、もう一度好きになる。
「相手がそれを赦すかどうかわかんねーけどな」
 きっとその人は赦す、とリナリーは心の中で呟いた。そうでなければ、恋人だった男の隣で、友人として何事もなかったように笑えるはずがない、と。
「逢って、思い出すことがなくても、きっと何か変わると思うんだ。なによりそいつに謝んなきゃなんねーし」
 大切だった人のことまで、すっぽりと記憶から抜けてしまってる。どんな事情があったにせよ、忘れたことと思い出せないことは揺るがしようのない事実。
 心を通わせ合っていたのに、その糸を切ってしまったことを、謝らなければいけない。
「だから知ってんなら訊こうと思ったんだ。秘密にしてたんならしょうがねーよな」
 やっぱりこれは記憶を取り戻さなければいけないな、と紅茶を飲み干して、ため息をついた。
「早く思い出せるといいね、神田」
 笑ったリナリーに、ああと神田は返す。カチャリとカップをソーサーに戻し、ごちそうさまと微笑んだ。片付けようとカップ片手に立ち上がる神田を、リナリーが止める。
「いいよ神田、私片付けるから。そこ置いてて。つきあってくれてありがとう」
「こっちこそ。少し気持ちが軽くなった」
 カップをテーブルに置き直して背筋を正す。こうして見てみると、以前の神田と何も変わらないのに、とリナリーは心の中で独りごちた。
「また一緒にお茶飲もうね」
「ああ、また」
 神田はリナリーに背を向けて、イノセンスの様子を見にいこうと談話室を出ようとし、途中で振り返る。言い忘れたことがあった、と。
「リナリー、ちゃんと思い出すから、オマエのことも」
 真剣な眼差しを返されて、少し面食らう。以前の彼は、こんな視線を向けてくれることがなかったから。
「ありがとう。でも私のことは四番目以降でいいからね」
 笑ってそう返したリナリーに、何で四番目以降なんだと神田は訊ねた。リナリーは人差し指を立て、
「一番目は神田、自分のこと。二番目はいちばん大切だったひと。三番目は六幻を。私たちのことは、その後でいいよ」
 気負った神田を宥めるように言葉を乗せた。神田はそれに一瞬だけ目を瞠り、そして笑った。必ず思い出す、と返して、談話室を後にする。リナリーがこそりと目頭を擦ったことを知らないままで。