おはよう

2005/03/22

-side Lavi-




 朝陽のせいで目が覚めた。カーテンをつけたらいいのにといつも言うのだが、この部屋の主はそんなことをする気はさらさら無いらしく、この部屋をあてがわれてからずっとこうだ。
「………」
 それでもまあ、無線ゴーレムの無粋な音で目を覚ますより数段好ましい目覚めだと、オレンジの髪を揺らし息を吐く。
 微かな温もりに瞳をずらすと、気持ち良さそうに眠る黒髪のオヒメサマ。


 こんな時はいつも思う。


 幸せだ、と。


 愛しい人が当然のように傍にいて、寝顔を晒すなんて無防備なことをしてくれる。
 起こさないようにと肩をずらし、横向きになってみる。この角度で見るのが、いちばん好きだな、と心で笑った。



 緩やかに流れる黒髪は見るからに手触りが良さそうで、思わずキス、したくなる。
 陽に透けてもその黒さは侵食されず、闇色の輝きを放つ。ひと房手に取っても、溶けるようにするりと零れ落ちた。
 目蓋を飾る睫毛は到底男のものとは思えず、すらりと伸びた鼻の稜線は彼の風貌を引き立たせる。


 ────何度見ても、キレイ。


 この人の隣りで目覚められることがどれだけ嬉しく、幸せで、そして誇らしいことか。
 だがこの幸福を他の人間に味わわせる気は毛頭ない。

 ココは自分の指定席。

「……」
 抑えきれず、ラビは神田の髪を指に絡ませ、そっとキスを落とす。
「ん……」
 その僅かな気配を感じ取ったのか、神田から声が漏れ、目蓋が動く。
「……ラビ…?」
 寝ぼけたようなゆっくりとした口調が、普段の彼に対して違和を感じさせる。そして、こんな彼を知っているのは紛れもなく自分のみ。
「ごめん、起こしちゃったさ?」
 言いながら、再び髪に落とす、ゴメンネの口づけ。
 その仕種に敏感なほど反応を返す神田の肩。
「バカ、よせ」
 気恥ずかしそうに身体をよじり、ラビとの間に距離を置こうと試みるも、首に手を回され敢え無く失敗。
「ユウの寝顔、カワイかったさ」
 よく眠れた?と目蓋に問いかけの口づけ。
 よく見ると目じりに昨夜流した涙の痕。そういえば昨夜はまた無茶なことをしてしまったと苦笑い。
「ラビ」
 今日も隣りで目覚めてくれて、目覚めさせてくれてと、鼻先にありがとうの口づけ。
「いい加減にそのクセをどうにかしろキス魔…っ……毎朝毎朝っ…!」
「いいじゃん、キスくらい?」
 今日も頑張って生きていこうねと、何か言いたげな口唇に、おはようの口づけ。
 そうして神田は、やっと大人しくなる。毎朝恒例おはようの挨拶。
「おはよう、ユウ」


 幸福そうに抱きしめる。
 おはようは、いつもいつでもあなたの隣り。
 今日も明日もその先も────。



-side Yu-




 いつもより早く目が覚めた。
 昨夜の行為を思えば充分な睡眠を取ったとは言いがたいが、離れてしまった上下の目蓋が引き合うことは無く、ふぅと短く息を吐いた。


 ゴソリと身体を動かしても、隣りで眠る男が目を覚ます様子は無く、余程疲れているのだと悟らせる。
 疲れていたようであるというのに、なぜああも行為だけは激しいのだろう、と思い返してみて頬を赤らめた。浅ましい、と。
 いつもいつも、気を失うくらい激しく求められ、幸福そうな微笑みに見取られながら神田は眠りにつく。
 こんな関係を長く続けていても、実はあまり寝顔をじっくり見たことが無く、思わずも見入ってしまう。


 ────…綺麗、だな。


 普段は固く引き結ばれたその口唇から、【賞賛】を発することを知らない神田でも、素直にそう思える。惚れた贔屓目を覗いても、やはり。
 陽に透け、白いシーツにそれでも違和なく溶け込むオレンジの髪。
 頬に被る、意外にも長い漆黒の睫毛。
 右目にかぶされた眼帯には少し寂しさを感じ、ツキンと心臓が痛んだ。その下の瞳は未だ目に入れたことがなく、それを望んでいる反対側で、知ることを怖がった。
 ラビはそれに気づいているようで、時おり何かを言いかけてやめる。
 そんな無意味なジレンマを、何年やり過ごしてきただろう。
「…ラビ」
 そっと呼んでも目蓋すら動く気配がない。
 心を許してくれているのだと、わかる。
 傍にいることを当然だと思うようになって、どれほどか時が経ったが、こんな時再認識するのだ。


 自分がこの男の腕の中で目覚める朝に幸福を感じていることに。


 少しだけ開いた、桜貝のような口唇が【ユウ】と名をなぞるたび、かきむしりたくなるほど心臓が踊る。
 男であることを主張するような骨ばった手が、自分の身体に触れるたび、逃げ出したくなるほど心臓が震える。
 こんな感情が自分の中に存在したことを、ラビに出逢って初めて知った。


 こんなふうに、誰かを愛しく思う心なんて。


 神田はラビを起こさないようにゆっくりと身体を起こし、片腕で上体を支える。
 朝陽に溶けていってしまいそうな髪を、繋ぎとめるように梳き、上体を支える腕を少し折り曲げた。
 早鐘のように打つ鼓動で彼が目を覚ましてしまわないか、と意味もなく息を止めそっとそっと。


 …キスをした。


 目覚めて最初に触れる人は貴方がいい。
 ガラにもなく甘ったるい思考に気恥ずかしくなり、口唇を噛んで身体をベッドに沈める。
 ラビが起きるまで眠ったフリでもしていよう、ときつく目を閉じた。



 胸の鼓動はまだ、止みそうになかったけれど────