あなたを愛していると囁こう

2005/08/21



 キスをしてもらえる前の涙のワケを、もしも今、訊ねられたら。



 大体、身体のカンケイから入ったのがまずかったんさ。
 それでなくても昔っから一緒にいて、どう呼んだらいいのかわからん間柄だったのに。
 親友? 戦友? 悪友? 幼馴染?
 どれにしたってオレの想いは不毛そのもの。


 いつだったっけな。気づいたの。


「ユウ、オマエ好きな子いる?」
「…あ?」
 不審そうにユウが睨みつけてきた。まあ、そうだろうな。こんな状況で訊くこっちゃない。
 ベッドの中で半身だけ起こし、隣に横たわるユウの黒髪を軽く梳いた。
「好きな子、いんのかなって、ふと思ってさ」
「……バカじゃねぇのか、オマエ」
 うーん、それは自覚してるけど。でもさ、気になるじゃん? やっぱ。好きな相手の心の中は、さ。


 そう、────好きな子。


 オレはユウのことが好きだった。
 友達とか、そんなんじゃなくてさ。ひとりの、人間として。
 男にしては綺麗な顔とか、やっぱり男にしては細い身体とか、ビロードみたいな長い黒髪とか、理由をあげたらそれこそキリがねぇさ。
 最初にユウに触れたのは15の夏。まぁそうゆうことに興味持ちすぎてる年齢、なわけで。
 ホント、手っ取り早いってだけだったんさ。どんだけヤろうが後腐れはないし子宮もないから赤ちゃんできる心配もない。大体、その頃娼館に通う金なんてなかったし。そんなもん経費で落ちるわけもないしさ。
 欲を追っかけるだけで精一杯だった。オレも、アイツも。
 15なんて若いもんで、加減なんてできねーし、第一何をどうすれば【加減】になるのかわかんなかったしさ。
 とにかくもう、ドツボにハマっちまったわけで。
 逢える日は何を置いても即行、ベッドにダイブ。…まぁ時たま、ベッドじゃない日もあったけどさ。
 押し倒して組み敷いて、時には思い通りにならない相手を打ちつけさえして。ユウの熱を感じたくて、オレの熱を感じて欲しくて、とにかくもう、突き刺してかき回して、欲を満たしてた。
 それでも、性欲処理だって思ってた。
 いんや、違うか。思いたがってた、だ。


「いねぇの?」
「……色恋にうつつ抜かしてるヒマがあるかよ、バカ」
 ちょっと、ホッとしつつ。内心残念。
 だってユウに好きな子がいないのは万々歳なんだけど。でもそれって、オレもそーゆう対象に入ってないってコトだよな。まぁ、性別からしてさ、ユウがオレを対象にするわけねぇんだけど。
「オマエはどうなんだよ」
 ハッと笑いながら、あからさまにバカにしたユウの声。どうせ、いないと思ってんのさ、コイツは。
「────いるよ。好きなコ」
 だから、できるだけ神妙な面持ちで返してやる。案の定。
「……いるのか?」
 驚いたようにユウが振り向いた。
 いるよ。目の前に。
 音にはしないでこっくりと頷いた。
「それは……オマエが恋しても平気な相手なのか」
 平気かどうか、なんて訊かれたら、きっと平気じゃないと答えるしかないんだろう。
「多分…ダメ」
 だってユウもオレも男で、世界を救うためにAKUMAを破壊するエクソシストで。きっとユウの言うとおり、色恋にうつつ抜かせる状態じゃない。
「やめろよ、そんなの」
「え?」
 一瞬、何かと思った。本当に。ユウのこんな声は聞いたことがなくて。
「どんな女か知らねーがな、教団のコトは知ってんのかよ。大抵の人間は、気味悪がるか権力目当てに寄ってくるだけだろ! それとも娼館の女か? 救いようがねぇぞ、そんな場末の」
「ユウ!」
 ユウのイラついた声を聞きたくなくて、自分の声で遮った。
 なんで。
 なんで。
 なんでユウはそんなこと言うんさ。ユウが団員の娼館通いを良く思ってないのは知ってるけど、あの人たちだって精一杯生きてるんさ。
「怒るよ、ユウ。それ以上言ったら」
 誰かを侮辱するユウなんて、見たくない。
「……そんなにそいつが好きなのかよ」
「…────うん」
 好き。
 あなたが好き。
 あなたが、大好き。
「…ったらもうここに来んな!」
 バサリ、と服を放られる。突然のコトに驚いて、声が出なかった。
「こんなとこでヤローなんか抱いてねぇで、さっさとそいつをモノにしろよ情けねぇ!」
「そんなこと言われても」
 情けないのは実際、うん、事実。と思って頬を掻いてみた。
 次の瞬間オレは自分の目を疑って。
「────ユウ、ね…」
「さ、触るなっ」
 や、でも、ちょっと待って。顔逸らすのやめて。
「ユウ、なんで?」
 両腕を掴んで、無理やりに振り向かせる。普段だったら、普通のユウだったらここで張り手か蹴りが飛んでくんのに。
 ねぇ、なんで。


「泣いてんの」


 ぼたぼたとユウの顎から落ちる雫が、シーツにシミを作る。
 ユウのこんな涙、見たことない。
 どうしよう、オレそんなキツイ言い方しちゃったさ?
「知るか!! 止…まらね…んだよっ」
 どうしよう。てゆーか、なんでユウ泣いてんの。こーゆうとき、男ってどうすりゃいいんさ?
 あああユウってば泣き顔も綺麗、…んなこと考えてる場合か! どうにかしろオレ!!
「ユ、ユウ…あの、ごめ…」
「なんでてめぇが謝ってる! つーかその女ンとこ行けよ!」
 あああオレほんと情けねー。
 …
 ……
 ………ん?
 ……んん?
 …えええ?
「いや、ちょっと待てオカシイだろ」
「あ? オカシイわけあるか!」
 やべ、声に出てたさ。
 てゆーか落ち着けオレ。そんなんあるわけねーさ。
「とっとと出てけ、そんで二度とここに来んな」
 ユウが。
「なんでオレを抱いてたのか知らねーが、悪いだろ、その女に。てめェの片想いだろうがなんだろうが、せめて誠意をだな」
 ユウが。
「ああもう、いいから…出てけ。てめェといるとおかしくなってくる。なんで涙なんか」
 オレと同じ気持ちでいてくれるだなんて。
 そんなこと。
 そんなこと。
 そんなこと。
「あ、あのさユウ、落ち着いて」
 そして落ち着けオレ。
「よく考えて」
「あ?」
「なんで泣いたの?」
 落ち着け、心臓。
「……知らね。急に出てきた」
 掴んだユウの両肩は細くて、とても細くて、このまま握りつぶしてしまうかと思った。
「今ユウの心臓、どんな感じ?」
「心臓?」
「オレに好きな子いるって知って、…ど、どう?」
 淡い、淡い淡い期待のはずだった。
 でもそれはこの数瞬の間に大きく膨れ上がってしまったみたいで。
 きっとこの心臓の音、ユウにも届いてる。
「心臓……、………………痛ぇ」
「────!!!」
「背筋、凍るかと、思った」
 なんだ、この感情?とユウが未だ潤んだ目で見上げてくる。
 頭ン中真っ白になって、いっそ気持ちが良かった。
「ラビ? なに惚けて」
「ユウ、ちょっとここ座って!」
 訳が分からない、と惚けるユウの腰をベッドの真ん中に落ち着かせ、オレはその正面で正座した。
「おい、ラビ?」
 心臓、落ち着け。頼む落ち着いてくれ。
 ビシッと決めるさビシッと!
「ユウ、あの、その、オレと、えっと」
 情けねぇぞオレ!
 せっかく、せっかく脈アリなんさ、今がチャンス、つか今逃したら一生言えんさ!
「オレとつきあってください!!」
 やったさ!
 どうしようどうしようどうしようどうしよう、ユウどんな顔してんのかな。
 恐る恐る顔を、上げて、みた。
「……付き合う? って? なんだ?」



激      ニ  ブ



 とぼけてんのさ? 素なんさ? ねぇちょっと。
「あああもうユウは! 一世一代の告白を!」
「え? おいっ?」
 もう面倒。両肩掴んで引き寄せて、キスしてやった。
 そりゃもう、腰が砕けるほどのヤツを。
「んっ、んん、んぁ」
 勢いと恋の衝動に任せて。
「あ…ふ、ん、はぁっ…」
 ユウを好きな気持ちがおっきすぎて、こんなキスじゃ表せないけどさ。
「ラビっ、おま…訳がわからねぇぞ! なんでこんな!」
「だってユウが好きなんさ!!」
 顔真っ赤にしたユウにそう叫んでやると、目を見開いて、今度は耳まで真っ赤にした。
 どうやら、分かってもらえたらしい。
「ユウが、好きです」
 あ、ユウ今の顔すっげ可愛い。オレの声に酔ってる、みたいな。
「ユウは、どう?」
 どうだろう。これで、少しはそーゆう対象に入れてくれるかな。
 脈は、アリ。
「よ、よく分からん……多分、大事なやつに入る、と、思う…が」
 真っ赤な顔を逸らしながらもちゃんと答えてくれる。
 ああ、愛しいさぁ…。
「正直、てめェに好きなやつがいるって聴いた時は…消えちまえって…思ったけど……それがオレだと知って…安心、した、気がする」
 オマエを恋しているのかどうかはまだ分からない、とユウは呟いた。
 一歩、前進。
「ユウ。またオマエを抱いていい?」
「………別に、いい。オマエとするのは、嫌いじゃない」
「ねぇ、いつか好きだって言ってくれる?」
「…約束はできん」
 だが、と言ってユウはオレの頬に手を添えてくる。
 ユウの瞳が、すごく、すごくすごく綺麗で、オレはユウに何度目かの恋をする。
「前向きに、検討中だ」


 キスをしてもらえる前の涙のワケを、もしも今、訊ねられたら────。