熱、視線

2005/11/03



 身体が熱い、と感じ出したのはどれくらい前だっただろうか?


 任務からは帰還したと聞いた。なのに部屋にもいない、食堂にも見当たらない、室長への任務報告はとうに済んだ、とのこと。
 それなのに、無線でコールしても繋がらない。
 ────電源切ってやがるな、あのバカ
 いくら本部内にいるからと言って、緊急の呼び出しがあったらどうするんだ、とユウは舌を打った。
 たんたんと階段を降りる。
 いささか早くなる足取りは、早く逢いたいからだなんて言ってやらない。
 こんな時にあの男がいる場所を知っているのが自分だけで嬉しいなんて、絶対に言ってやらない。
 向かう先は、小さな書庫、だ。




 扉を開けて、その姿を見つけて、それでも声をかけることなく書庫に入り込んだ。
 今の彼は物音にさえ気づいていないような状態だ。
 そんな時に何を言っても、無駄であることをユウは知っている。彼が────ラビが知識の吸収を終えてコチラに気づくまで、自分も読書なんかしてみようと、静かに椅子を引き身を預けた。




 ポン、と軽い音を立てて本が閉じられ、同時にラビの口から短い息が漏れる。
 この本で得たい知識はもう吸収し終わった。次の本に移ろうと、席を立った瞬間、何かの気配を感じとっさに右手がイノセンスに伸びる。
 あろうことか、気配は背後で感じた。
「…あ?」
 振り向いた先に、ダイスキなその人。
 張り詰めた意識がふぅっと解けて、発動しかけた槌はおとなしくホルダーに戻っていった。
「アブネーな。俺が敵だったらとっくに死んでるぞお前」
「いつからいたのユウ。声かけてって、いつも言ってるのに」
「1時間ほど前だ」
 呼んでも気づきやしないくせに、と心で思ってユウはため息をつく。
「ユウ、面白いのあった? 本読んでるなんて珍しーさ」
「…少し。日本のことが書いてある」
 ユウの手を見ればまだ半分以上ページが残っていると思われる本が、1冊。
 いつもは、待ち疲れて眠っていたり、戯れにゴーレムを飛ばしてみたり、書物に耽るラビを観察してみたり。
 珍しい、と言われるのも無理はなかった。
「そっちは? 終わったのか」
「…ううん、まだあと少し調べ物したい。ユウ、付き合ってくれる?」
「別に構わん」
 まだこの書物を読んでいたい、という心が、ユウにその言葉を吐き出させる。もちろんラビは確信的な発言だ。
「ありがと。今飲み物でも持ってきてやるさ」
 久しぶりにユウとゆっくりできるね、とラビは微笑む。
 そうだ、任務で長く逢えていなかった。普段は足を入れることのないこんな書庫にまで来たのも、…逢いたかったからだ。恋する人に。
「なんかリクエストは?」
 優しく髪を梳き、ラビはこめかみに口づけを贈った。くすぐったそうに身をよじり、ユウは何でもいい、とそっぽを向いてしまう。
「了〜解」
 ニ、と口の端を上げたラビには、気づけなかった。






「どっから持ってきたんだこんなモノ。結構な年代物だぞ」
 そう言いながらも、ワインがグラスに注がれるのを止めようとはしなかった。
「厨房からちょっとねー。辛めじゃないからユウもイケるでしょ」
「…フン」
 カチンとグラスが合わさる。水分補給に、と飲むモノでないことくらい良くわかる。それでも口に含んでしまうのは、乾いた口を潤したかったからで。
「……悪くねぇな」
「よかった。も少し甘いの持ってこようかとも思ったけど…」
 ラビもくいとグラスに口付ける。
「さてと」
 と背を向け、お目当ての本がしまわれている本棚に向かって行ってしまう。
 久しぶりに逢ったと言うのにキスひとつしてこない男に、苛立ちを感じるのは、自分勝手だろうか。
 それでも幾冊かの本を手に、ユウの隣に席を移動したラビに心が騒ぐ。
「気、散る? 隣」
「別に」
 素っ気なく返すユウにラビは笑う。相変わらず素直じゃないなぁと。

 素直じゃないからこそ、こちらを振り向かせたくなる本能のような欲を、あなたはどれだけ知っていますか。





 気づいたのは10数分経った後だった。
 冷えている内に飲んでしまえとグラスに手を伸ばし、グラスに残ったワインを飲み干してから。
「……ぅ」
 思わず声を上げそうになって、必死で押し込める。
 この熱の種類はイヤというほど知っている。どうしてしまったのだろう自分は。いくら久しぶりに逢ったからと言って、身体がこんな風になったことは一度もなかったのに。
「……っ…」
 感づかれたくない、と息を止める。ぎゅ、とシャツを握って熱に耐える。
 下腹部に集まるねつが、解放を求めていきり立つ。
「…ユウ?」
 耳に入る声にハッと顔を上げた。
「辛そうさ?」
 聞きなれたラビの声。ベッドの中での、だ。
 その声を聞いた途端悟った。気づいたのは、遅すぎたが。
「オマ…っエ、なに…入れやがっ…た…!」
 あのワイン。
 迂闊だった。まさかそんな手でくるとは思わずに、なんの疑いも持たずに飲み干した自分が恨めしい。
「ハハ。ワインじゃなくてグラスのほうにね。ダイジョブ、身体に害はないさ」
「っ触んな!!」
 す、と何でもないように、後れ毛に触れてくるラビに腹が立ち、その手をパシリと弾いて立ち上がった。こんな扱いを受けるとは思わなかっただけに、腹立たしさと悔しさがこみ上げてくる。
「ユウ」
「なん…で、こんなっ…ぁ」
 ガクガクと膝が揺れる。立っていることさえできずに、ユウはその場に崩れた。身体を抱き込めばその細いラインが浮き彫りになり、ラビを欲情させる。
「う…っ」
「別にヘンなことしたかったわけじゃないさ? 久しぶりだからユウにもちゃんと気持ちよくなってもらいたかっただけ」
 ぐい、とターバンを引き上げて外す。その仕種さえ、伏した体勢では見ることが叶わない。
 内臓が焼けるように熱い。集中していく熱をどうにかしたい。
 どうにか、して欲しい。
「ラ、ビ」
 少し身体を起こし、はぁ、と息を吐きながら名を呼んだ。自分が今どんな状態になっているかは、彼にだってわかるはずだ。こうなるように、仕組んだのだから。
 それなのに、ラビはギシリと椅子に座りなおすだけで。
「なん、…で」
 そういう行為をしたがったのはラビの方じゃないのか、と見上げる。 ラビは組んだ手を椅子の手すりに預け、口唇をぺろりと舐めた。


「自分で、しなよ」


「……な、に…言って」
「触るなって、ユウ言ったじゃんさ? オレ、ここで見ててあげるから」
 ラビの目が欲情に光る。舐めるようにユウを眺め、それを促した。
「う…っ」
「ほら、辛そうさユウの」
 手がそれに触れていることを知っていて、触れずに犯してくる。
 実際、集中した熱は解放を求めていて、それを下手に我慢していることで、呼吸は乱れ欲情に目が潤む。
「ん、…ふ…っう」
 そんな痴態を見られている。
 その事実にさえも、身体が反応した。


 ────っくそ……アイツの視線にさえ…感じてんのかよ…馬鹿が…っ


 ラビの綺麗な灰緑が、欲情に支配されて自分を眺めている。見透かすような視線が、身体のずっと奥まで届いているようで、更にユウを煽った。
 こみ上げてくる熱情を抑えきれずに身体を折る。身体を抱え込み、我慢しようとしても執拗に責め上げる、貪欲な性の快楽。
「我慢しない方がいいさ。その薬即効性な上に結構強力なんさ?」
「ん、う…っ」
 そうだ、今だったら薬のせいにできる。
 こんな、視線にさえ感じてしまう自分なんか、薬のせいにしてやる。
 身体を伏せたままユウはゆっくりと指を動かし、ホックを外してジィッとジッパーを下ろす。その向こう側に手をしのばせ、解放を求めて熱いそれを握りこんだ。
「ユウ」
 立ち上がったラビにビクリと肩が揺れる。
「それじゃダメさ。オレにちゃんと見せて」
「あ、やっ…」
 しゃがみこんだラビはユウの腰に手をかけ、ずるりと下着ごとパンツを引き下ろす。折れ曲がった膝で止まったものの、外気に晒された部分は当然ラビの目に映ってしまう。イヤだと身をよじった勢いをそのまま、身体を起こされた。
「ラビっ…いや」
 壁に背を押し付けられ、脚を割られる。膝で止まった黒衣が邪魔だと、ラビはブーツを引き抜き、膝で皺を作っていたそれを引き下ろし、ユウの下半身を自分の目の前に晒させた。
「やっ…いやだ…ッ」
「ほら、押さえててあげるから…続けて」
 そういって、首を横に振るユウの膝に手を当てぐいと広げて固定した。当然のことながら、なにから何まで隠しようがないほど晒されて、ユウは羞恥に首を振る。
 そんなことできるはずがない、と瞳に涙を浮かべるユウに、仕方ないなと肩を竦めラビは。
「ラビ…?」
 ポケットから小さな包み紙。ニ、と笑う顔にビクリと震えた。
「さっきのは水で薄めてたけど、直でもイケるからこれ」
 開かれたそこには白い粉末。聞かなくても、自分がこうなった原因がそれであることは明白。これ以上どうにかされてたまるものかと、ユウはぎゅうと口唇を噛む。
「ユウ、口開けて…、なに? 下の方から入れて欲しいんさ?」
 それに気づいたラビが笑う。下の、と言うことがどういう意味であるかは、分りたくもなかったが。
「ふざけ…っん!」
 ふざけるな、と口を開いたそこに、いつの間にかラビの口唇。白い粉を乗せた舌がユウのそれを絡め取る。ざらりとした感触が、快感中枢を変に刺激した。
「んん! …っん、う…ぅ」
 キスをすることが自分で思う以上に好きで、それはラビももちろん気づいている。
 卑怯だ、と思いながらも舌を絡め返してしまう。
「ぁ…う」
 唾液に溶けた催淫剤をごくりと飲んで、それでも彼の口唇を貪った。
「んっ…ん、ふ」
 口唇を離して引いた唾液の糸が顎を伝う。
 頭の中が真っ白で、何かを考える余裕がなかった。
「ユウ」
 耳元で低く囁かれ、理性の糸が切れる。即効性、というだけあって、身体に回るのが速いと思うが先、腕が動いた。
「あっ…」
 すでに先走る体液が指を濡らし、淫猥な音を書庫に響かせる。
「あ、ん、んっ…やぁ…!」
 膝を押さえられ足を開かされたまま、ユウの手が動く。指が滑り、快楽が喉をついて出る。引っかき、押さえ込み、擦る。すべてはラビに教えられた快楽をなぞっているだけに過ぎないが、
「ユウ…すごく気持ちよさそうさ…」
 上から下まで舐めるように見つめられ、否が応でも羞恥のレベルは上がる。羞恥でか快楽でか、目に浮かんだ涙が頬を伝った。
「でもほら…後ろのほうが寂しそうさ…?」
「ひっ…ぃ、あ!」
 指が、誘うように膝を撫でる。ざわりと背に快感が走り、脚が踊った。
「んっ…ラビ」
「ユウ、指…入れて? 濡れてるからすぐ入るさ?」
「あっ…」
 促されるままに手が動く。中指でつ…と入り口をつつき、ひとつめの間接まで入り込ませる。
「んぅ」
「もっと入るよ、ユウ…」
 はぁ、と吐く息が、彼が欲情していることを悟らせる。自分のしている行為が、ラビをそうさせているのだと思うと、自然に指が動いてしまう。
「んっ…う、う、……ぁ、あ…ン」
「もう一本、増やせる…?」
 ごくりと唾を飲む音が聞こえる。荒い息がユウの耳に入った。
「…っん…」
「気持ちいい? ユウ」
 はぁ…と息を吐きながらゆっくりと目を開ける。薬のせいでいつもより楽に侵入できたことは、自分でも良くわかる。それでも、欲しいものは自分の指じゃない。
「足りね……ッ、ラビ…!」
「────」


 言った途端、腕を引かれ倒された。


「んっ…!」
 そのまま口唇を塞がれ、貪られる。烈しい、と感じたときにはもう、彼の手の内で。
「ふぁっ…う、ラビ…ぁ」
「ごめ…、オレもさっきユウと一緒にアレ飲んじゃったからさ…っ…抑えらんね…っ」
 入り込んだユウの指の間から、自分の指を滑り込ませる。
 引きつれた痛みより、快感の方が勝った。
「っひ…ぃ…あ! や…っ、ラ、ビ…らんぼ……あっ…ア」
「指、動かして、ユウ」
「はっ…ぁ、はぁ…あぁ…ン!」
 ふたりの指が、ユウの中をかき回す。荒い息の中口づけあって、熱を分ける。
 ぐちゅりぐちゅりとかき回され、背がしなる。
「ラビ…っ」
「…ユウ、…いい…?」
 問われて頷き、片腕をラビの背に回した。
 指を一緒に引き抜かれ、びくりと足が撥ねた。硬くなった雄を宛てがわれ、衝撃に耐えようと目をつぶる。
「力、抜いててユウ…っ」
「アッ…!! あ、つ…っ、熱い…や、っや…ラビ…ラビ…ッ」
 ぐい、と押し入ってくる男を、締め付けて引き込む。擦られる内襞が、どうしようもないくらいに熱くて、ユウは首を振る。
「イ…っ…すげ…ユウ、中…あつ…っ」
「あ、あっ、ン…はぁ…ッあ、ラビ…もっ……も…と奥…!」
「んっ、ココ…さ? ユウ、ここ突かれるの好きだもんね…っ」
「あァ…っ!」
 耳元で囁き、腰を押し進める。相当気持ちが良かったのか、嬌声を上げて背中に爪を立てられた。
 薬のせいと思ってか、いつもより淫らに求め喘ぐユウに、ラビの欲望もレベルを上げる。
 捻り込み、擦り上げ、高みへと誘う。
「ン、んんっ、あ…やぁ…っいや…! ん、んんー…っ!」
「っは…一緒にイこ…ユウ…っ」
 腰を動かし、互いを追い詰め呼吸を合わせる。
 口づけを繰り返し抱きしめあう。
「…っ、ア…ッ! んぅ、ん、ン…や、アツ…イ、い、…く、」
「っん、く…、ん、ん…イ…きそ」
「あ、あっ……ラビ、も、…イッ……、あッ…!! ────!!」
「…っふ…ぅ、う…っ────!!」
 ふたり、果てる。
 乱れた息が整うか整わないかの内に、ラビが動き出す。
「なに…ラビ…?」
「1回じゃ足りないさ、ユウ?」
「バッ…! あ…っ!」
 ずぐり、と動いた腰に感じてしまった自分に、改めてあの薬の効果を恐ろしいと思うほかない。
 逢いたかったのは、体温が欲しかったのは自分だけではない、と片付けて、ラビの頬にキスを贈った。



 ユウが、ラビの持ってきたものは今後一切口に入れない、と誓ってしまったのは、仕方のないことであろう────。