クリア・スカイ

2006/09/30



 崩壊した家屋が、たった今まで戦闘が繰り広げられていたことを物語る。崩れた瓦礫と、アクマの残骸。それを足で蹴り飛ばして、神田は舌を打った。
「やっぱ自分の故郷が戦場ってのはしんどい?」
 その後ろから苦笑交じりに声をかけるラビ。正直言って満身創痍。神田はそれを振り返って、眉を寄せた。そんな感情は持ってない、と。
「できたらここで決着つけたかったンだよ。こんなくだらねェ戦争、とっとと終わっちまえ」
「ん、まぁ、それは同感」
 敵は姿を消した。新しい箱舟を使って、きっと他の地に行ったんだろう。そしてまた、アクマを生産していくに違いない。また、同じことの繰り返しだ。
「でもさ」
「なんだよ」
「そのおかげで、こうやってユウと話せる時間ができた」
 戦っている間は、ゆっくり会話などしていられない。
 触れられるくらい近い距離にいても、恋い慕って触れることなどできやしない。
「ちょっと不謹慎だけど……すげぇ逢いたかったんさ」
「……さっきはあんな軽口叩いてたくせに、急にしんみりすんじゃねー」
 手をぎゅうと握って、指を絡めてくるラビに神田はため息をつく。
 戦闘中だったせいか、視線が絡み合ったのはほんの一瞬だった。目の前の敵を見据えながら、2、3言葉を交わしただけ。
「久しぶりでちょっとセンチメンタルになってんの。気にせんで、ユウ」
「てめぇの辞書にセンチメンタルなんて言葉があったのか」
「うわ、ひど」
 キスができるくらいの距離に近づく。少しだけ乱れた黒髪を梳いて、頬を撫でたら、神田がそっと目蓋を伏せた。
 顔を傾けて、口唇を覆う。どれだけかぶりに触れる口唇は、乾いていた。
「……変わってない」
 それでも感触は変わらないままで、お互いを安堵させる。
「もっかいしてもいい?」
「訊くなよ」
 眉間の皺がなくならないままの神田に笑って、ラビは彼の頬を両手で包みなおした。口唇を覆って、啄ばんで、舌で突付く。
「ん……」
 すんなりと開いた口唇の中に入り込んで、舌を追って絡める。すぐに絡め返してくれた彼を、何よりも愛しいと思った。
「……ふ……う」
 恋人同士、なんて名づけるには照れくさい間柄だけれども、こんなときくらい素直に喜んでみてもいい。
 愛しいと言ってやれる未来があったら、きっと叫んでいるに違いないのに。
「ユウ、お前を愛してるって言ったら笑うかな」
 先を越されて神田は苦笑う。それでも全てに縋りきれない。こんなご時世じゃなかったら、自分たちはいったいどうなっていただろうか。
「笑わねぇよ別に…」
 嬉しそうに笑ったラビの手が首筋に移る。彼のしたいことは解かったが、
「待て、バカ。待機中だぞ」
「アクマは全部、ヤツらと一緒に行っちゃったさ」
 申し訳程度に拒絶してやる。拒絶しきれないのも解かっていて、形だけ。
 自分だって、身体を重ねたくないわけじゃない。生きてる彼をこの目で見たけれど、身体で生きていることを確かめたい。
「ユウ。抱かせてよ」
 無茶なことはしない、と耳元での懇願に、仕方なく折れた振りをした。
 崩れかけた壁を背に、二人座り込む。この不安定な関係にピッタリだと、苦笑した。
「ねぇこの団服脱がせにくいよ。どこがどーなってんのさ?」
「てめぇのも似たようなもんだろうが。ていうか全部脱がすな……っ」
 万が一戦闘になったとき困るのはお互いだ。団服は身を守るためにも機能しているというのに。
「あらヤダこの子ったら。服着たまんまの方が興奮するんさ?」
「てめーはどうしてそう茶化してばっか……!」
 どうしてこんな男を恋い慕っているのか、自分でも分からなくなってきた。彼の団服のジッパーを引き下げようとして、乾いた血の臭いに気づく。
「……お前、怪我は」
「ん? 血はもう止まってるさ? 痛みはあるけど」
 そういえば戦闘中、右腕を庇っていたことを思い出した。神田はチッと舌を打って、壁にもたれた背を起こす。
「おい、変われ、場所」
「へ?」
「俺に動いて欲しいンだろ? てめーは寝てろ」
 そう、惚けるラビの肩を押して自分たちの位置を反転させた。
 ベルトのバックルを外し、ジッパーを引き下げる。何度もしてきた行為だけれど、こんな状況でこんな場所では、落ち着かない。
「……」
「ユウ、無理しなくても」
「うるせぇ」
 いいから寝てろ、とラビのものを取り出して、熱を持ったそこに口づけた。ラビが息を飲んだのがわかって、口の端を上げる。
「ん」
 奥まで飲み込んで、口唇で形を確かめる。ラビも興奮が激しいのか、いつもよりも大きな形を取っていた。舌で筋をなぞり、先端を突付く。
「っ……ユウ……!」
 無意識に髪を掴む手に、力がこもる。さすがに同性同士、どうすればいちばん気持ちいいのかなど、心得ていた。口唇で確かめ、舌で舐り、歯を立てる。濡れた音は、風に流された。
「ふっ……う、ぁっ…」
 こんな時だけだ、と神田は思う。
 抱かれる立場の自分が優位に立てるのは、こんな時くらい。こんな時だけは、ラビを抱いてる気分になれる。
「ユ……ウ」
 別に、今置かれている立場に不満があるわけじゃない。ただ神田も男としてのプライドは持ち合わせているわけで。征服してみたいという心はある。
「……っユ、ウ……ヤバ、い、もう離……っ」
 だから、こんな時くらいは。
 そう思って、強く吸い上げた。
 ラビは目をきつく閉じて、ク、と息を飲む。耐え切れず、神田の口の中に性を迸らせた。
「……っん」
 それを飲み干して、口唇を拭う。
「……早ぇんじゃねーの」
 くたりと顔を横向けるラビに、笑ってやった。
「や、お前のテクが上がってんだって、ちょ、ホントにヤバかった」
 いつのまにそんな、と身体を起こすラビ。左腕で神田を抱き寄せて、口唇を奪う。口の中に苦い味が広がって、それを舐め取るように舌を絡ませた。
「ん、ふ……ぅ」
 こんな風にキスをするのも、もうどれくらいぶりだろう? どうしてこんなにも長く離れていられたのだろうと思うほど、最後に肌を合わせた日は遠い。
 存分に口唇を味わって、離す。
 瓦礫にもたれ、濡らした指をそっと神田の窪みに沿わせる。ビクリと震えた神田が、ラビの手を止めてくる。
「ラビ、自分でする、から」
「だーめ。オレがしたいんさ」
 腕の怪我は、と言い募る口唇は再び塞がれて、喘ぐことさえ止められた。
 ラビの男らしい指が、入り口をこじ開けて入り込んでくる。かき回すように侵入して、神田の肉を刺激した。
「んっ、ふっ……!」
「ユウ、相変わらずここ弄られるの好きさね」
 変わってない、とからかい混じりに呟かれたそれにカアッと頬が高潮し、それがまた快楽を増長させる。ラビによって引き出された快楽は、いとも簡単に理性を奪ってく。
「んんっ、ん、く……」
 右手の指で開かれていくそこは、熱に疼きさらに快楽を求める。知らず腰が揺れて、ラビの指を締め付けた。その感触はラビがいちばんよく解かって、口の端が緩む。
「ユウ、我慢できないの?」
「アっ!」
 ズッと一気に指が入り込んで、衝撃に神田の身体はのけぞった。グイグイと押し入ってくる指は乱暴極まりなくて、押し出してやりたい衝動に駆られるが、それが逆に彼を締め付けてしまう。
「ん、んぁ、ラビ、そ……な奥っ……」
「もっと奥、じゃないんさ? 指じゃこれ以上入んないけど」
 ふるふると首を振る神田の言葉を打ち消して、暗に促す。指ではないものを入れさせて、と。
 それは神田自身も望み、気づいていることで、少しだけ息を飲んで止めた。
「も、指、抜け……っ」
「ん、ユウ、動いてくれる?」
 神田が頷いたのを確認して、ラビはひとつ口づけを贈って指を引き抜く。神田はラビをまたいで、左肩と壁に手をついた。体勢をいちばん負担の少ないものに調整して、立ち上がったラビを握る。
「んっ……!!」
 濡れたそこに宛がって、ゆっくりと腰を落としていく。神田自身の体重と、左腕で引き寄せたラビの力も手伝って、さほど時間をかけずに全てが埋まった。
「ん、あっ……ああ…!」
「ユウ……すげぇイイ……っ」
 小刻みに小さく腰を動かして、抉られる場所を自分で変える。ラビを締め付けているのが自分でもわかる。それに反応してのけぞるラビを追って、口唇を奪う。
 肉体を犯されているのは確かに自分なのに、こんな風にしていると、自分の方こそ彼を犯している気になってしまう。戦闘の後は決まって好戦的になり、性に貪欲になる自分がいた。
「ラビ、ラビ……気持ちいいか……?」
 荒い息でそう訊ねると、ラビも同様、荒い息で気持ちいいと答えてくる。
 戦闘後、こんな場所、僅かに乱れただけの着衣。
 それらは全て快楽へのきっかけとなり、ふたりの周りを漂う。
「あ、ああっ……ラ、ビ…っそ……なに……するな…っ…」
「無理、超気持ちイイ……っ」
 もっと、と強請るように腰を突き上げるラビ。それを受けて、腰を落としのけぞる神田。逃れては捕らえられ、押し上げては引き下ろす。濡れた音と、口から漏れる嬌声が、さらにお互いを煽っていった。
「はっ…あう、ア、あ、あぁっ……」
「ん、ユウ、ユウ……っも……」
 もうどうにかなってしまいそうだ、と呟くラビを愛しそうに見つめ、一緒に、と耳元で囁く神田。それにうんと頷いて、左手を神田自身に沿える。
 腰を上下させ、快楽の解放へと辿ってく。もうお互いに詰まるような喘ぎと、荒い息しか吐くことができなかった。
「ふっ……く、う……!!」
「ラ、ビ……ッ────!!」
 ふたりほぼ同時に、性を放つ。ラビは神田の身体の中に、神田はラビの手の中に。
 荒い呼吸を繰り返して、抱きしめあう。
 ラビは、瞳の端から滲み出た神田の涙を口唇で吸い取って、目蓋に口づけた。神田は心地良さそうに目を閉じて、ラビの体温を感じた。
「今さらだけど、不謹慎さね……」
「……仕掛けたのはてめェだぞ」
 自分は悪くない、とでも言うように舌を打った神田に、
「受け入れたのはユウさ」
 と笑って返してやった。それには眉を寄せるだけで、神田は何も答えない。
 着衣を整えて、ゆっくりと立ち上がる。どうしてもふらついてしまう神田を支え、ドス黒い色の空を見上げた。
「今度青空を見れるのは、いつだろうね」
「そんなこと、知らねぇ」
 もし見るのなら、ふたりで見られるといい、と空に向かって祈るように呟くラビを強く小突いて、何をするんさと振り向いたラビにバカかと言ってやる。
「こんな時くらい、キメてみろよ。ふたりで見るって、言やいいじゃねーか」
 情けねぇ、と舌を打って、
「お前は俺を、俺はお前を────愛してんだろ。だったら悲観なんかしてんじゃねーよ。さっさと戦争終わらせる、くらい言ってみやがれ」
 その内愛想尽かすぞ、と言い募る神田に笑って、手を繋ぐ。晴れた空はふたりで見ようと。
 繋いだ手から伝わる体温は、お互いを何よりも安心させる。神田はゆっくりと目を閉じて、キスを誘った。誓いのように目を閉じて、ラビはその口唇を愛した。
 いつかふたりで、晴れた空を────。