Sound of love

2006/05/03



 柔らかなベッドの上寝転がって、胸に流れた自分の髪を、一房つまみ上げる。
「…やけに機嫌がいいな?」
 ユウはそう言って、枕にしたラビの膝から見上げた。
 心地よい陽射しが入り込む部屋で、こんな風にふたり、ゆっくり過ごすことなど滅多にない。
 聞こえた口笛に、しばらく耳を傾けてはいたけれど。相変わらず分厚い書物に没頭している状態に、やがては寂しくなり思わず呟いた。
「ん? そう?」
 ともすれば独り言にも成りかねないユウの呟きは、ラビの耳に入ってしまったらしく、本の間から見下ろしてくる。
「いつもと同じさ?」
 まあ確かに、この男の機嫌が悪いことは少ない。
「それでもお前の口笛なんか珍しい」
 柔らかな膝を枕にしながら、何かいいことでもあったのかと訊ねるユウに、ラビは答える。
「ん〜? 特にはない、と思うけど」
 ユウの髪を優しく梳き、笑いかける。他の人間には見せることない極上スマイルだ。それは、ユウだってちゃんとわかっているけれど。
「俺には言えないようなことなのか」
 その手を払い、ユウはむくりと起き上がり。
「いやいや、ユウちゃん、ユウ。口笛くらいで変な誤解しないでほしいさ」
 例えば女の子から素敵なお菓子をもらったり?
 例えばずっと知りたかった知識がその本に書いてあったり?
 ユウはどんな誤解の仕方をしているだろう。前者だったら最悪だ。
「言ってみろよ。やましいことがないんなら」
 明らかに前者で誤解をしてそうだ。
「ユウが思ってるようなことはないさ? ただユウちゃんが」
 続けた言葉に俺が?と首を傾げる。


「ユウちゃんがさ、こーゆうふうに甘えてくれるのって、滅多にないからさ」


 そりゃ口笛だって吹きたくもなるさ、とラビは笑う。
「…どうやるんだ? それ」
 とユウが続けたのは、ひょっとして照れ隠しからだろうか。
「それ、って?」
 ぽすんと本を放って、今度はラビが首を傾げる番だった。


「口笛」


 躊躇いがちに言葉を放ったユウに、ラビは驚いた。
「え? ユウ、口笛吹けないさ?」
「ふ、吹けないんじゃねぇ、やったことがねえんだよ!」
 頬を赤く染めながらする言い訳はものすごく可愛らしくて、思わず顔が綻んだ。
「…っバカにしてるだろてめェ…っ」
 憤るユウに、ストップストップと手のひらを向けてみせる。
「そんなんじゃないさ。ユウがオレのしてることに興味持ってくれてるんだなーって。可愛いなあって思ったんさ」
「…っ」
 ぎしりと座り直して、照れくさくて不機嫌そうなユウの口唇に、ちょんと人差し指を当てた。
「教えてあげるさ」
 ラビが向けてくる柔らかくて嬉しそうな笑い顔は、口に出さないけれどユウが大切に思っているもので。
 そんな風に思う自分が酷く弱いものに思える。
「だから一緒に、いろんなこと知っていこ?」
 だけど引き上げてくれる人が、確かにそこにいた。
「まず音の通り道が必要さ」
「…音、の?」
「うん。ほら、こうやって口唇で」
 見本、とラビの口唇が少しだけ開いて尖る。
 ここから音の風を吹き出すんさ、とラビが言う。なるほどと思いながら、ユウは口唇を少しだけ開いて。


 ふすー…。


 僅かに突き出た口唇からは、間の抜けた風が吹き抜ける。
「…」
「…」
 ユウは音を探しながら模索する。ひゅすうふすうと空回った音がユウの大きくない口唇から吹き出されて、
「ユウ、ユウちゃん…あの、も、やめね?」
 正面から両肩を掴んでくるくせに、どうしてか視線を逸らすラビを訝しむ。
「んだよ、やったことねぇんだから最初はできないに決まって」
「や、そうじゃなくてさ」
 不機嫌に眉を寄せたのを察知したのか、それでも躊躇いがちに視線を合わせてきた。
「そんな、首傾げながら口唇出してると」
 掴んだ両肩をぐいと引き寄せて、ラビは。


 …ちゅっ


 口唇に、柔らかく吸いついた。
「…なっ」
「キスして、って、ねだってるみたいさ?」
 だからもうやめよう、と苦笑する。
 ユウは口づけをされた口唇をそっとなぞった。
「あーもぉ、ホントまずった。口笛が凶器になるなんて、思ってもみなかったさ」
 ユウの両肩を解放し、これ以上怒らせることをしないようにしようと、ベッドから足を降ろしてしまう。
「ラビ」
「ユウちゃん、喉渇かないさ?」
 背を向けてしまったラビを再度呼んでみたけれど。
「コーヒー? 紅茶? 緑茶の方がいい?」
 振り向きもしない。
「おい、ラビ」
 できるだけ不機嫌に、怒ったように呼び止める。
「…ん?」
 どこかへ行ってしまわないようにと掴んだ裾がひきつった。
 振り向いたラビの口唇に、口づけひとつ。
「ユ…」


「…キス。ちゃんと、しろ」


 挑発的な蒼の瞳にラビは笑った。
 ぎしりと座り直した、二人の口唇が近づく。
「キスだけでいいの? ユウ」
「…バーカ」
 肯定も、否定もしない。戯れるように触れた口唇が、抱き合うために濃密なキスを繰り返す。
 風の入り込む隙間もないほど貪って、二人でベッドに沈み込む。鳴いたベッドが現実的で、笑って頬にキスをした。
「…ん」
「ユウ」
 名を呼んで身体に手を這わせる。布越しにさえ熱が伝わって、今さらながらこの先の行為を認識し始める。
 この気持ちを自覚したのはいつのことだったろうか。最初に身体を繋げたのはいつのことだったろうか。もう、思い出せない。
「んぁ…」
 這いずり回る熱に浮かされて、何も考えられない。
 ただこの人が欲しいと。
「…ユウ…」
 身体中に口づけて、それでも留まることを知らないような感情が、ふたりの距離を近づけた。
「…っラビ……ラビ…、ん…っ」
 離れたくない、と口づけを交わしたら、流れ込んでくる音に気がついた。
 ────音の通り道を作るんさ
「ん、ん、…っく、ぅ」
「ユウ…愛してるさ……」
 では。この愛の通り道、は。
「ラ………ビ………、────」
 やはりこの口唇で。





 疲れきって二人、浅い息を繰り返す。優しく髪を撫でる、ラビの手のひらが心地よい。
 胸の上で息を整えながら、鼓動に耳を傾けた。
 耳から、生きてる音が入り込む。
 音の通り道を作るんさ。
 そう呟かれた言葉を思いだし、口唇を開く。
「…あ、ラビ」
 夜のしじまに流れていきそうなユウの声に、髪を撫でながらラビはうん?と返事をした。
 顔も上げないで、ユウはその優しい愛撫に身を任せる。
「今、吹けたぜ」
「飲み込み早いさユウちゃん」
 密やかに笑ってふたり、朝までの眠りに落ちていく。



 口笛。
 それはあなたへの恋の音。