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2005/08/12



 こんな風になるまで身体を使ったことは今までなかった気がする。
 任務がひとつ終わればまた次の指令が下って、街を、国を転々とする。終いには、自分が何という名の国の、何という名の街にいるのかさえ、分からなくなっていた。
 ────あー…これ終わったら今度こそ教団帰れるかなー…
 槌を振り回しながら、珍しくボォッとそんなことを考えた。
 最後に教団のベッドで眠ったのは、確か3ヶ月ほど前。
 特別柔らかくも、広くもないベッドだけれども、やはりあそこがいちばん安心して眠れることに違いはない。
 教団はあの砦事態に強力な結界を張っていてAKUMAは入り込めないし、そして何より。
 ────ユウに逢えるかな…
 愛しい人が、傍で眠ってくれる場所だから。
 そうは言ったって、すれ違うばかりの任務生活の中で、そうそう一緒に過ごせる夜などなくて。
 運良くふたりで教団にいられるときは、できるだけ一緒に行動してた。
 食事を取るのも、修練も、時たま開かれる全体会議も。
 いつでも手の届くところで。
 そうして例えば次の日が任務でも、共に夜を過ごすことは忘れない。
 一人がようやく納まるかのようなベッドに横たわり、ただ抱きしめあって眠るのも、この世界のことを語り合いながらいつの間にか眠りにつくのも、身体をつなげてひとつになって、キスをしながら眠るのも、もうふたりで過ごす夜には欠かせない素材で。
 ────ユウ、今どこかなー…
 想い馳せながら、目に映る最後のAKUMAを、破壊した────




 ────長ぇな、今回は
 ユウはひとり、裏の森で修練を続けていた。
 自分だってつい昨日、長期の任務から帰還したばかりだったが、今回は本当に長いとため息をつく。
 逢えていない。長く逢えていない。
 このAKUMAがひしめく世界で、たったひとり、自分が恋人と呼ぶ男。
 わかってはいるんだ。自分たちがどれだけ愚かな行為をしているか。
 自分たちの関係は何も生み出さないし、誰にも見守られない。それでも心が、身体が、互いを求めることを止められなくて、何年も経つ。
 共に過ごす時間は短い。
 あるかどうかもわからないイノセンスを回収に出かけたり、生まれてしまった哀れなAKUMAを破壊しに走ったり、そんな日常。教団でゆっくりすごすことなど、年に何回、あるだろうか。
 ────狂っちまう…
 逢いたいと、願っても祈っても、神様はそんなこと叶えてくれないし、逢いに行けるほどの時間もなかった。たまに交わすゴーレム越しの通信が、まだ生きていると確認する手段だ。
 もっとも、その無線だって繋がらない事の方が多い、のだけれども。
 遠く離れたところには電話を使わないと繋がらないし、そうそう電話なんて転がっているものでもない。
 あの男の声さえ忘れそうだ、と思った瞬間、鳴り響くゴーレム。コムイから、任務の呼び出しだ。
 ユウは六幻を鞘に収め、勢いよく土を蹴った。





 ────やっべ、足、ふらふら
 鍛えているつもりだった。だがさすがに限界が来ていたのだろうか。教団に着いた頃には、意識が朦朧とし足元もおぼつかない。
「よーラビぃ、生きてたのかぁ」
 なんてかかる同僚の声にも、
「あー…久しぶりさぁ〜」
 力の抜けた声しか返らない。
「おいおい、大丈夫か? 立て続けで任務だったんだろ。報告とかあったらオレが代わりに行こうか?」
「うんにゃダイジョブ、急ぎのもんはないから。ちょっと仮眠してから行くさぁ〜」
 そう言って振る手にも、やはり力がない。
 部屋まで送るという同僚に大丈夫だと笑って、ラビは数ヶ月ぶり、自分の部屋に雪崩れた。




「すぐに出る。資料はこれだけか?」
 司令室、仕度を整えたユウはコムイから任務の資料を受け取り、ぱらりとめくる。大して難しいものでは無さそうだ。
「ゆっくりしていいよ神田くん。キミも任務立て続けだったし、疲れてるでしょ」
「大したことねぇ」
 踵を返すユウに、それにね、とコムイが一言。
「ラビが、ついさっき帰って来たみたいだし」
 弾かれたようにコムイを振り返る。そうだ、門番からの映像は逐一ここに送られてくるんだ。コムイが、そんなことでウソをつく必要はない。もう関係が知れてしまっていることはいささか不服ではあるが、もうそんな事は気にしてられない。
「……10分だ。10分だけ見逃せ、コムイ」
 再び踵を返したユウに、ハイハイとコムイはひらりひらり手を振った。




 バタン!
 鍵なんてかけられていない。勝手知ったるなんとやら。ユウは勢いよくドアを開けその名を叫びかけ、途中でやめた。
「………」


 穏やかな寝息が聞こえる。
 その人は、ひっそりと眠っていた。


「…ラビ…」
 着替えもしないままベッドに横たわり、規則正しい息を吐く。
 相当疲れているんだろうなんてことは、開けたドアの音にさえ反応しなかったことからも充分うかがえる。
 ユウは足音を立てないように足を忍ばせ、ラビの横たわるベッドに、しゃがみ込んで片腕を預けた。そうやってラビの顔を覗きこみ、少し痩せた頬を確認する。
 このまま起こさないようにしなければ、と思う反面、いっそ起こしてしまいたいと、逆の感情がひしめく。
「………」
 ラビの髪をくしゃりと撫で、小さく名を呼ぶ。
「ラビ…」


 このまま起きないで欲しい。任務に行けなくなる。
 この声に気づいて欲しい。このまま身体が固まってしまう。


「………気持ち良さそうに寝てんじゃねーよ…バカ…」
 だけど良かった。逢えて良かった。
 生きててくれて良かった。
 もうすぐタイムリミット。ラビの寝息でカウントダウン。
 ユウは身体を起こし、きしりとベッドに手をついた。つられて流れる長い髪を空いた片手でせき止め、口唇を降下させる。
 近づいて、近づいて、近づいて、触れて。…離れる。
「…行ってくる」
 口唇を引き締め、踵を返す。長い団服が、バサリと鳴った。


 逢いたかった。長い間。
 逢いたかった。少しの時間でも。
 逢いたかった。せめて、寝顔にだけでも。


 逢えて、良かった。
 行ってきます。



 ぱちり、と目を開ける。
 懐かしいにおいがした。
「あれ……やっぱ、夢、か」
 起き上がって、きょろりと部屋を見回す。だけどそこに、愛しい人の姿はない。
「ユウが…いたような気がしたんだけどな……」
 ラビは再び、浅い眠りに落ちていく。ものの1分経たない内に、規則正しい、寝息が部屋を支配して。


 まぁ、いいや夢でも。
 逢えた。いいや夢でも。
 髪を撫でてくれた。いいや夢でも。


 逢えて、良かった。
 愛してる。



 懐かしい、においがした────