TOUTH

2005/07/13



  
 もそりと起きあがる。枕元に置いた時計を見れば、まだ覚醒しなければいけない時間にはほど遠かった。
 ふぅと短く息を吐き、睡眠を取るためにあるはずのベッドから抜けだし────……たかったが、自分に絡まる腕がそれをさせてくれなかった。
「ラビ」
 行かないでよと甘え声。
 ユウは絡まる腕に引かれ、ベッドに舞い戻る。
「まだ全然早いさ?」
 この温もりを離したくないと、両腕でぎゅうと抱きしめてくるラビに、ユウは素直に身体を預ける。
 その体温は心地よく、ユウの手がラビの頬に伸びた。



 ひたり。



 ついと指を滑らせ、頬から顎のラインを確かめる。
「…ユウ?」
 その仕草を不思議がったラビが片目を開けた。
 その灰緑の中にはいつでも自分が映っていて、奇妙な程に嬉しかった。
 指先で鼻の稜線をなぞり、頬骨で遊ぶ。
「ユウちゃん、ユウ。くすぐったいさ」
 ユウの滅多ない行動に、楽しそうに笑い身を捩るラビ。


「…今まで意識したことなかったけど、ラビ。お前の肌って手触りいいな」


 額にかかったオレンジを薙ぎ、肌を捜し当てる。
 陽に焼けた健康的なそれはユウの目にも指にも心地よく、触れていたい衝動に駆られる。
「ラビ…」
 左の瞼を撫で、案外に長いまつげを緩やかに弾く。
「ユウ。そんな可愛い声で呼ばないでよ」
 せっかく我慢している理性が弾け飛びそうだと、ラビは思って苦笑する。
 それを煽るかのようにユウの指は口唇に移動し、じらすようにゆっくりと、右から左へと動いていった。
「こら、ユウ」
 ささやかな理性がはちきれたらどうしてくれる、と口唇を開き、その指を柔らかく噛む。
 少しも痛みのないお仕置きは意味がなく、クククと笑うユウが目に入った。
「んんっ?」
 ユウは噛まれた指を頼りに、ラビの口唇にもう一本指を滑り込ませる。
 そうやって口唇を二本の指でこじ開けて、
「ん」
 桜貝の奥に見え隠れする舌先を、口唇で奪い取る。
「ユ…」
 舌を絡め、貪る。名を呼ぶ隙など与えはしない。
 舌を吸い上げ、その奥の呼吸を奪い取る。口内を隙間なく埋め、自分を押しつける。
 自分があなたを感じているよりもっと、この存在を感じて欲しい。そんな、身勝手。
「…はぁっ」
 ラビが熱っぽい息を吐いた。彼に口づけられた時は、自分もこんな風なのだろうか。
 考えてみて、挫折した。彼とのキスの間中、冷静に物事なんて考えられない。自分がどんな風なのか、この男がどんな表情でキスをしているのか。
 映像に残しておいたら、それはそれは愉快なほどの情熱が映るのだろうか。



「ラビ。俺はこうしてお前に触るのが、…どうも相当好きらしい」



 ラビの髪に指を梳き入れ、苦笑するユウ。
「マジ? 超ウレシイさ」
 ラビの胸に乗り上げて、鼻先に口づける。ぺろりと舐めると、さもくすぐったそうな笑い声。
「アイシてる人に触ってもらうのも、触るのも大好きさ。嬉しくて、気持ちいい」
 愛しそうな瞳で見上げられ、心臓がきゅ、と締め付けられた。
 ああ確かに自分だって、触ってもらうことは好きだ。



 だけど触れる行為さえもが愛しいなんて、気がつかなかった。



「ラビ、もっと……していいか?」
 答えを聞く前に、目を閉じて、吐息だけで、口唇を探し出す。
 こうして自分からキスをする事も、最近やけに増えたと思ったら、そんな簡単な理由づけだったのか。
「んんっ…」
 ふたりともがくぐもった声をあげた。互いの頭を引き寄せ、少しずつ角度を変え、舌を絡め合う。
「ユウ。今回、長そう?」
 離れた口唇が名残惜しく、寂しがったそれが言葉を紡いだ。
「さあ…場合によっちゃ長くなるかも知れないな」
 夜が明けたら、また任務に就かなければいけない。
 いつでも逢える、そんな恵まれた環境じゃない。与えられた役目の合間にこうして体温を分け合って、数少ない穏やかな逢瀬に身を委ねる。
「そっか…戻ってくる頃、オレも任務かなぁ…」
 ユウの体温忘れそうさ、とラビは眉を寄せる。
「…忘れたら、殺す」
「え、どうしよう…」
 本気でやりかねないユウを前に、ラビはどうしたものかと思案する。
 ユウの体温は記憶しているつもりだけれど、時々それがふっと消えてしまうんだ。AKUMAを破壊した時、一般人を巻き込んだ時、ユウの体温に触れたくて、でも隣りにいなくて、焦燥感が迫り来る。
「忘れんなよ。覚えとけ」
 どこか縋るような声音が、彼も同様なのだと悟らせる。
 ぎゅうと、強く強く抱きしめた。
「痛ェよ」
「だってこれくらいしなきゃ、ヒトの記憶なんて曖昧なもんさ?」
 ブックマンを継ぐ者のセリフではないと、ユウが何度目かの苦笑を漏らす。
「そこまでしなきゃなんねぇのかよ。やっぱいい。忘れろ」
「いーやーさー」
 駄々をこねる子供のようなラビの腕の中でもがき、ユウは彼の胸に顔を埋めた。
「ユウ?」
「黙れ」
 ちゅう。
 キツく。キツく口づける。左胸、心臓の辺り。
「……っ」
 赤く残った証を定着させるように舐めあげ、
「忘れていい。ここから生まれてやる」
 誓いのように、灰緑を見つめた。
「何度でも」
 この証から。
「この証が消える前に、ラビ」
 ユウの黒髪がラビの胸に流れる。
 それでも黒がその赤を覆うことはなく、艶やかに咲き誇った。



「生きて戻れ」



 悠然と微笑み、抱きしめてくるラビの腕に身を預ける。言わずにはおられないと、ラビが喉を震わせて呟いた。
「ユウ…、も、マジ愛してるさぁ〜…!!」
 抱きしめあい、指を、腕を絡めあい、時たま過度になりそうなスキンシップを、やがて明ける夜に舞わせる。
 見て。
 触って。
 抱きしめて。
 何度でも。



 ココから、生まれる。