WIN

2005/08/21



 少し寂しいんだ、と言ったら。
「甘えるのが下手ね」
「…そうかな」
 食後にと持ってきたアイス・ティのグラスで氷を鳴らしながら、リナリーは浅いため息をついた。
「そうよ。神田も、ラビ、あなたも」
「でもユウは他人に甘えんの嫌いっぽいさ…。甘えられんのも…」
 ふたりの関係を知る数少ない友人だ。弱音を吐いて、きちんと聴いてくれる、数少ない。
 神田にはこんなこと、話せやしない。呆れるに決まっているし、何よりもこんな弱い自分は知られたくない、と思った。
「そうかしら? どっちかって言うと神田の方が甘えたがりに見えるけど」
「ブッ」
 上向いたリナリーの言葉に、口に含んだ氷水を思わず吹き出し。
「何を言うんさリナリー! ゆ、ユウが」
 甘えたがってる、なんて。
 耳まで赤く染まってる、なんてこと、彼は気がついているのだろうか?
「ねぇまさか神田にはそういう欲求がないと思ってる?」
「や、でも、ほら」
「好きな人には抱きしめて欲しいわよ、誰だって」
 リナリーにも好きなヤツがいるんだな、とそのとき悟る。
「そんなこと言ってもたもたしてると、横から掻っ攫われるわよ、ラビ」
 飲み干したアイス・ティ、カラリと鳴るグラス。
 ほら、とリナリーの視線が食堂の出入り口に向けられる。その視線を追って、がたりと席を立った。




「邪魔だ、どけ」
「やですよ。せっかく久々に顔見れたのに。オカエリなさい神田」
 ニコニコと笑う。ユラユラと白の髪が揺れる。
 正直言って、苦手な人間だった。神田にとって、アレン・ウォーカーというこのエクソシストは。
「怪我とかしてないですか? またちょっと痩せたみたいなんですが」
 ご飯しっかり食べてるんですか、というお決まりの文句に頭を抱えた。そんなに言われるほどやせているつもりはない。
「うるせぇな、放っとけよ」
「でも僕は神田が好きですから。放っておけません」
 同じ、言葉だ、と思う。
 同じ文字の羅列だと思うのに、心が動かない。
 ラビが言うものとは、全く別のものに感じて取れた。
「アレンくん物凄い抜け駆けだねぇ〜」
「あれ。いたんですかコムイさん」
 神田の後ろから姿を現したコムイに、アレンから笑みが消える。
「さっき神田くんが司令室に逢いに来てくれてさぁ〜。ご飯食べに行くって言うから一緒に来たの」
「ただの任務報告でしょ、厚かましいこと言わないでください!」
 ぐいとアレンに腕を引かれる。はっきり言ってうざったい。
 好意を寄せてくれているのはいくら鈍い神田でも分かる。だがそれにはどうしても答えられないのだ。  そうは言っても、
「てめェら…マジうぜぇ…どっか行け」
 頭を抱えながら言うのに、
「だってさ、アレンくん」
「だそうですよ、コムイさん」
 毎度毎度、この調子だ。いったい自分に何を望んでいるというのか。



「リリリリナリー、アレンとコムイって」
「なによ知らなかったの? 神田も言わないのね、そういうこと」
 焦るラビと、ゆたり落ち着いたリナリーと。
「ユウは自分のこと何も話さないさ…」
「っていうかなにボケッとしてんの。言わないけど…そういうのって助けて欲しいんじゃないの? 神田」
 間違っちゃダメよ、とリナリーが続ける。
 甘えるのと弱いのとは全然違うんだから、と。
「神田を独り占めしているくせに、寂しいとか贅沢なこと言うなってのが、私の本音だけれども」
 呟いて顔ごと視線を外した彼女に、気づいて息を呑んだ。
「ごめんさ、リナリー」
 リナリーも、神田を。
「でも絶対に譲れんものがある」
 背を向け、神田のもとに走るラビに、一言呟く、黒髪の美しい女。
 食器くらい片付けていきなさいよ、と────。




「神田くん、ソバ好きだよね。頼んできてあげる」
「ソバばかりじゃダメですよ! もっとちゃんと栄養考えて」
「あぁもう、うぜェんだよてめェらっ、消え失せろ!!」
 六幻を抜きかける、刹那。

「ユウ」

 透き通る、声。
 こんなにもざわついた食堂なのに、その声だけは届く。
「遅いから心配したさ」
 にこり、笑う。
 瞬間、穏やかになる神田のオーラを、アレンもコムイも見逃さない。
「ラビ、あなたもう食事終わったんでしょ。僕これから神田と食べるんで邪魔しないでくださいよ」
「神田くんと一緒に食べるのは僕なんだけどなぁ〜アレンくん」
 笑顔で険悪モードなふたりには、ラビは目もくれない。
「ユウ、腹、めっちゃ空いてる?」
「あ? いや…別に…」
「じゃあ、部屋行こうさ。こんな連中の傍じゃ落ち着いて食えねーだろ」
 ぐいと腕を引き、腕の中に収める。本日、2度目。
「ラビ!!」
 アレンと、コムイと、神田の声が重なった。
 青ざめた顔、ふたつ。赤い顔、ひとつ。満面笑顔、ひとつ。
「あのさ、アレン、コムイ」
 笑顔のままふたりを呼んでラビ、は。
「ユウは絶対渡さねーさ」
 神田に、口づけを送った。


 耳をつんざくような声が食堂に響いたのは、言うまでもない────