花と雨と願い

2005/02/14



 白い小さな花が、雨に揺れる。清廉さを遮るように打つ激しい雨が、誰かの涙のようでラビは眉を寄せた。


 この花ね、好きよ


 そう言ったアナタはもうどこにもいない。






 今日はまた一段と激しいな、とラビは窓の外に目をやった。
 ここ数日降り続く雨は、空気の洗浄のようで確かに気持ちの良いものだったけれども。
「あんまり……よくねェよな。この温度」
 ぼそりと独り言。
 雨霞みの風景に、ひときわ濃い部分が浮かんでいるのに気づき、慌てて窓を押し上げた。
「………っのバカ…!!」
 どれだけかの予感が確信に変わる。
 ラビは窓枠に手をかけ、流れるように身体を宙に泳がせた。地上から10メートル以上もあるこの高さから飛び降りても、かすり傷ひとつつくらないのは、まあさすが適合者のといったところ。
「おい! 何してんだユウ!!」
 ひとり濡れるのも気に留めず佇んでいたその人の腕をガッと掴み振り向かせる。濡れた黒髪は、水分の重さで空気に負け、普段より揺らがなかった。
「………関係ねェだろ…」
 そうは言いながらも振りほどこうとしない覇気のない神田が、泣いているようでラビは掴んだ手に力を込める。
「雨、だろ。ユウ」
 ヤバイな、と思っていた。特に今日の雨は。
「うるせェ、放っとけよ…!」
 ようやっとラビの手を振り解く神田。それでも、力なく。
 ラビは心で独り言。


 ほんと、やべェって。


 この雨の音。温度。水量。時間。


 すべて、【あの日】と同じだった。




「ユウ」
 毛先からボタリボタリと雫が落ちる。障害物に負けて弾ける雨を、脆弱なものだと嘲笑い。
「放っとけって言っ、て…!!」
 凶悪な衝動に駆られ、神田の身体をかき抱いた。
 この上なく乱暴に、乱暴に。
「ラビ…っ」
「オレといる時くらい忘れろよ」
 濡れて重たくなった団服を薙ぎ、硬い地面に押し付ける。地面に打ち付けられた水の力を借り、抗議さえ撥ね退けた。
「やめろ、馬鹿野郎!」
「この雨じゃ他のヤツにゃ見えねェって」
 エクソシストの証である静寂の団服をひき開き、濡れて冷えた身体にかぶりつく。
 雨の味が口の中に広がり、忌々しいと思いながらもラビは笑った。
「乱れろよ、ユウ。全部雨が流してくれる」
「ふざけんな……ぁ」
 こんなことくらいでしか、打ち消せない記憶の花。



 あの時も、この人は雨の中佇んで空を睨んでいた。
 すべてを包み込むくらい巨大なものであるくせに、手を差し伸べようとしない無責任な空を。




「あっ、ああ、んぅ」
 【アイツが死んだ日】と同じ雨の音。同じ温度。同じ水量。
 それは死と隣り合わせに生きている団員が、意味もなく死んだ日。
 探索部隊だった【彼女】が、花びらのように堕ちていった日。
「ひっ…う」
 美しい女だった。
 明日見る月のように潔くて、昨日降った雨のように弱い人。
 大好きだった。
「んんっ、ん…くぅ、ぁ…ラビ…」
 自分も、自分の下で乱れるこの人も、大好きだった。
 【彼女】の最期の頼みを飲み込んで、雨に解かした。
「ラビ……も、っと…突いて」
 【彼女のあの人】を探し出し、託された手紙を渡さなければいけない。


 【あの日】は生きる目的が変わった日。


「イきそ? ユウ」
「おく……まで…」
 【あの人を探し出す】ことに、目的をすり替えた日。
「ダメ。そう簡単にはイかせねェよ…」
 こんな時くらいしか、自分のことを考えてくれない人だから。
 情けなくて、限りなく乱暴に口唇を貪る。
 後から後から雨が伝い落ち滑り込み、哀れなほどに存在を誇張する。
「ラビ……」
 引き止め、身体を繋ぎ、生を貪る。
 そうすることで一体どれだけの無意味な夜をやり過ごしてきたのだろう。
 命を削ってまで【彼女】の願いを叶えようとする愛しい人に、自分が何をできるというのだろう。
「そんなに泣くほどイイ?」
 頬に手を添える。涙なのか雨なのか、区別なんかつくはずもないのに。
「泣いてんのは…てめェの方…だろうが…」
 心臓が割れる。
 情けなくて悔しくて、腹立たしくて、左胸のサンスクリットを強く引っかいた。
「っ……あ」
 こんなものに頼ってまで、叶えたい【願い】。
 大好きだった花のような彼女。
 こんな雨の日は、そんな純真さえ凍る。


 逢いたくて 逢いたくて 触れたくて 遠すぎて届かなくて


 諦めた想いを雨に流してた。
「愛してるよユウ」
 散り逝くと知る花を愛で、砂時計の砂が堕ちきらないようにと祈る。
「……死にたく…ない…」
 もっと。もっと、もっと、もっともっともっと、アナタの中にワタシを流し込んだらその砂を食い止められますか。
 神様。
「ラビ…もっと……いきたい…」
 もしもアナタを信じることで【願い】が叶うなら、今からでも。
「言ったじゃん…ユウ……そんな簡単にいかせねェって…」
「泣くなよ……ラビ…」
「雨、だから。ただの」
 何か言い出したがる口唇を塞いで、卑怯なくらい乱暴に突き上げた────





 どんなに 祈っても 還れないあの頃が


  酷く   うとましく 思えて