どうかこの夜が、明けるまでは

2006/11/01



 だってしょうがねぇじゃねーか。
 こうでもしないと、壊れちまいそうだったんだ。




「今日限りだ」
 そう言って、目の前で団服を脱ぎ捨ててやった。驚くかと思ったけど、想像していた反応とは違う。口唇を少し噛んで、眉を寄せて。片目で俺を突き刺してくる。
「どうしたんだ」
 もう、手を伸ばせば触れる距離だろう。なぜお前は動かないんだ?
 なんでそんな顔してるんだよ。
「俺が欲しいんじゃなかったのかよ」
 高く結い上げていた髪を解く。多少長さがうざったいが、これからすることを考えたら、結っているよりはいいだろう。未だ棒立ちのまま動かないでいるヤツを────ラビを、見下して笑ってやった。
 怖気づいたのか、と。
 好きだと言ってきたのはラビの方だ。すれ違うたび物欲しそうに、俺の背中見てたのは、お前の方だろう。泣きそうな顔で口唇震わせて、腹の底から搾り出した声で告げてきたのは、間違いなくお前だ。
「ユウ、でもオレ」
 ブックマンの継承者だし、と無理に笑う。そんな笑顔はらしくない。
 だけど、アイツが誰にも執着できない立場なのは、俺も知っていた。中立の立場を死ぬまで守らなければいけないから、誰か一人に執着することができないんだと、苦笑しながら言っていたのを覚えてる。
 そのせいなのか、誰に対しても一線置いていたような気がする。リナリーにもモヤシにも、現ブックマンにさえ。
「でも、どうしたらいいんさ? ユウを好きなの、止めらんない」
 さっきも聞いた。歯をカタカタと震わせて、全力で我慢して、堪えきれずに呟いた、ラビの心の内。
 痛いくらい強い力で抱きしめられて、突き放す術はなかった。
「こんなの、ダメだって解かってる。ただでさえ止められてんのに、オレも、ユウも男だし」
 触りたい、って耳元で呟かれて、抱きしめ返してやった。
 心臓速くて、体温も高くて、吐く息は熱かった。最近眠っていなかったようだが、もしかしてそのせいなのかと思ったら、もう突き放してやる気は失せていた。
 怒らないのか、と問われて、何がと返す。
「ユウを……そーいう対象で見てたこと」
「別に。お前のそーいう視線には気づいてたし」
 気づかない方がどうかしている。あんなにあからさまな熱視線。
「俺のこと見てどんな想像してたか……なんて訊かなくても解かるぜ。てめぇがさっき言ったように、俺も同じ【男】なんだ」
 劣情を抱え込んですることなんて、たかが知れてる。
「なぁ? お前の中の俺は、どんな風にお前に抱かれてんだ?」
 ラビの団服のジッパーに指をかけたら、ビクリとヤツの身体が震えた。反応が、いちいち面白い。
 憐れだな。抱き合うことを夢見て、感情を押し殺して傍にいるしかできねぇなんてよ。
「抱かせてやるって言ってんだ」
 チリチリと、ヤツの団服のジッパーを引き下げる。ここまでしてやってんのに、なんで動かない。お前が言ってきたんだろ、今さら引き下がるのか。
「……触れていいの?」
「減るもんじゃねぇだろ」
 首筋を指で撫でて、誘ってやる。俺が欲しいんだろう、ねじ伏せるくらいの勢いで来りゃいいのに。
 今だって、そんなに震えるくらいに俺への想いを我慢してんだろ。もう、限界なんじゃねぇのか、ラビ。
「オ、オレが、触ってもいいんさ!?」
「うざってぇな、いいっつってんだろ!」
 らしくないてめェなんざ、見たかねぇんだよ。
 だったら、身体くらいくれてやる。例え一時でも、お前がそんな顔しないで済むなら、こんな身体くらい、いつだってくれてやるさ。
「ユウ、ごめん。……好きさ、大好き」
 ラビの両手が俺の頬に触れる。触れてくる口唇は、それでもまだ震えていた。
 初めて触れた。口唇荒れてるな、胃が弱くなってるのか。
「ユウのバカ、もう、ホント止まらねェさ……!」
 触れるだけの幼いキスの後で、押し殺した声で呟かれる。何か返してやろうと思ったけど、考えているうちに、ドサリと乱暴に押し倒されて、できなかった。
「んぅ……っ!」
 噛みつく様に口づけられて、不覚にも肩が震える。もう何を言っても聞かない、とキスを繰り返されて、さすがに息が上がった。
「はぁっ……」
 ベッドに身体を押し付けられて、身体を纏う衣服を剥ぎ取られていく。いささか乱暴だ、とは思ったけれど、そんなこともう、どうでもいい。
 俺も、こいつも男で。こいつは中立の立場のはずで。俺だっていつまでこの命がもつか解からなくて。
 この行為と、想いを拒絶してやる理由はいくらでもあった。触れてくるこの手を払いのける理由なんて、そこら中にゴロゴロしてる。
 だけど仕方ねぇじゃねーか。
 こうでもしないと、壊れちまいそうだったんだから。




 俺が。




「っあ、ラビ……!」
 ああ、憐れだな。
 こいつのこと好きでしょうがねぇのは俺の方だ。
 お互い、執着していい立場じゃねぇのはよく解かってる。こんな風に触れ合うのが、間違いだなんてこと、誰に言われなくてもよく知ってる。
 今日限りだ。
「ん、んんっ……あ、ぁ」
「ユウ、こっちも……全部、触っていい……?」
 今日で、全部終わりにしてやる。
 身体の上を滑るラビの手を絡め取って、ちゅ、と口づけた。
「遠慮しねぇで、全部触れよ……この夜が明けるまで、俺はお前の恋人でいてやる」
 こいつの願いを叶える振りして、自分の願いを叶えさせる。
 本当に触れたかったのは、俺の方なんだ。
「ユウ、大好き……」
 こいつは俺に好きだと言ってくれたけど、俺はそんなこと、言ってやれない。口にしたらダメだ。
 口にしたら、俺の世界とお前の世界が壊れてしまう。
 だからせめてこの夜が明けるまでは、お前の恋人でいさせてくれ。それでもう、ちゃんと生きていくから。


 今日が最初で、


「……ラビ……」


 今日が最後。


「もっと奥まで……来いよ……」
 抱きしめるために、腕を伸ばす。



 お互い泣きそうな顔をしているだろうことには、気づかない振りをした。