2月22日

2011/02/02

 小さな重みで沈んだベッドの変化で、目が覚めた。
 にゃあん。
 二度ほど瞬いて、ああなんだ猫か、ともう一度目を閉じる。にゃあんと抗議のような泣き声が聞こえて、完全に覚醒した。
 身体に巻きつく、男の腕をそっと外して起き上がる。枕元には案の定、ベッドを軽く沈ませた愛猫がいた。拾ってきたときは片手に乗るくらいだったのに、いつの間にこんなに大きくなったんだ?
 にゃあ。
「こら、おこすなよチビ。ミシェル疲れてるんだから」
 シーツの上に散らばるハニーブラウンにじゃれつく愛猫を軽く叱りつけて、ゆっくりと足をベッドの下に下ろす。朝の空気は素足には肌寒い気もしたけれど、スカイライト・ウィンドウからこぼれる陽射しに、今日はいい天気だなとすがすがしい気分になれた。
 昨夜脱ぎ散らかしたシャツを羽織って、タオルと着替えを片手に部屋を出かけて、途中振り返る。
「チビ、チびおいで。ご飯」
 腹減ってんだろう?と問いかけると、通じているのかいないのか、愛猫はてんてんと額を叩いていたミシェルを置き去りにして、トンッとベッドから飛び降りた。身軽なもんだな。


 この猫を拾って、もう二年ほどになる。雨の日に拾った小さな子猫は、今の生活には欠かせない癒しになってくれている。勤務で疲れて帰ってきて、出迎えてくれる家族がいるってのは、やっぱいいよな。
 俺はチビにご飯を用意してやって、ひとりバスルームに向かった。
 ミシェルが起きていたら、きっと一緒に入ろうとか言ってくるに違いないんだ。冗談じゃない、昨夜あんなにたくさんしたのに、その上一緒にシャワーなんてして、ただで済むわけがないんだ。
 蛇口をひねると、ザアッと熱い湯が落ちてくる。ミシェルの体温の方が心地いいななんて思ってしまうのは、やっぱり俺がアイツに心底ほれているからなんだと思う。
 恋人――ミハエル・ブランとは、中学のころからの付き合いだ。恋人同士になれたのは出逢ってしばらくしてからだったけど、初めて逢って、三秒で恋に落ちて、どうにか近づきたくて学科を変えてまで傍にいったんだ。
 懐かしいな。あれから色々なことがあった。
 恋人になって、学校中に知れ渡って、卒業後に就職した民間軍事会社でもいつも一緒で、ミシェルのいない生活なんか考えられなくなったこともある。
 クラスメイトだったシェリル・ノームとランカ・リーの、銀河級一大プロジェクトに参加させられたり、おかげで職務が疎かになってしまったり、毎日届けられるファンレターとやらの山にため息をついてみたり。
 そう、とあるドラマに出演してからというもの、俺とミシェルの周りは騒がしくなってしまった。
 それは、驚異的な力を持つ宇宙生物・バジュラの侵攻と、渦巻く陰謀――売り出し中のアイドルたちをメインに、このマクロス・フロンティアを舞台とした大掛かりなドラマ。
 みんな役者じゃなかったから、無茶な注文だとは思ったが、会社のオーナー直々の依頼ともなれば、断ることはできなかったんだよな。報酬は破格だったし、そんなに日常が変わるわけでもないと思っていたのに。
 俺を挟んでの三画関係を交えつつ、戦闘機を用いたバトルシーンと、目玉である歌姫たちのライブシーンは、かなり好評だったらしい。
 その人気を受けて、コミカライズやノベライズ、更にはアニメーションの映画にもなってしまった。
 ドラマや小説は、俺にとっては手痛いストーリーだったけれど、自分が関わったものがこんなに評価されているのは、素直に嬉しいと思う。
 ふるふると首を振って、前髪の水滴を散らす。そろそろミシェルを起こしてやらないと、間に合わなくなってしまうからな。
 そう思って手早く着替えを終えて寝室に戻った。ご飯を食べ終えていたらしい愛猫が、シーツの上、ミシェルの腹の辺りを陣取って座っている。こいつも本当にミシェルのことが好きだよな、と恋敵のようにさえ思った。
「ミシェル、ミシェル起きろって」
 うんともすんとも言わない。こんだけ寝こけるなら、昨夜あんなにするなよってんだ。
 にゃあん、にゃあー。
「叩いてやっていいぞチビ。早く起きてキスをしてって」
 くっくっと笑いながら、やっぱり起きないミシェルに口唇を寄せた。
 目蓋を、ぺろりと舐める。腹が減った時、チビがいつもそうしてミシェルを起こすみたいに。
「ん? んー」
 まだ起きないのか。何度目で起きるかな、と思って覆うように舌を動かす。くすぐったそうに身を捩ったミシェルは、目蓋も開けずに呟いた。
「んー、チビー、もう少し寝かせ…………あれ? チビこっち?」
 腹の辺りの猫の体温に気がついて、ミシェルはようやく目蓋を持ち上げた。じゃあ今の感触はいったいなんだと。
「……ひめっ!?」
「ふふん、ようやくお目覚めかよ」
 ぺろりと舌を出して、口唇を舐める。ミシェルは今目蓋にあった感触がなんなのかを悟って、大きなため息と共に肩を落とした。
「もう、アルト、そういうのは俺が起きてる時にやってくれよな」
「は、知るか。ほら起きろよ。上映時間に間に合わなくなるだろ」
 すっとミシェルの傍から身体を離し、出かける準備を始めようとは思ったけれど、すぐにはできないことを知っている。
「ひーめ、おはよう」
「……ああ、おはようミシェル」
「チビも、おはよ」
 にゃあん。
 こうして、キスをされることが分かっているから。
 たっぷり一分キスをして、それからベッドを降りるのが、ミシェルの日課。
「まだ間に合うよな。映画見たら娘々でご飯食べて、グリフィスパークに行こう」
「絶対混んでると思うぞ」
「いーの。今日この日に姫と行くことに意味があるんだ」
 ちょっと待ってて、とミシェルもバスルームに向かっていった。
 しょうがない男だなとは思うけど、やっぱり一緒に行けることには感謝した。
 2月22日、マクロスF劇場版〜イツワリノウタヒメ〜、22回目の観賞に、イッテキマス。