0401

2011/04/01



 朝いちばんに、アルトはミハエルにこう言ってみせた。

「今日一個だけ嘘つくからな」

「えっ、え、なにそれアルト」
 ベッドから裸のまま腕を伸ばしてくるミハエルにはなにも言わずに背を向けて、着替え始めてしまう。
 ミハエルはなにがなんだかわからないまま目覚まし代わりの携帯電話を手にとって、やっと気がついた。
 今日は四月一日、エイプリル・フール。誰が制定してどんな風に広まっていったのかは不明だが、今では誰でも知っているイベントがある日だった。
 それが、今さっきのアルトの言葉なのだろう。
 こういったイベントごとに興味がある風には見られないが、昨年シェリルにだまされたことがまだ尾を引いているのだろうか。
 しかしながらだました張本人に仕返しをしないのは、あとで手ひどい仕打ちが待っていると知っているからなのか、どうか。
「嘘だってわかったら、ご褒美くれる?」
「いいぜ、気づいたらな。当てられなかったらお前が俺の言うこと聞けよ」
「それでいいぜ。言い当てられても嘘つくなよアルト」
 そこだけは確認しておかないと、嘘がホントになってしまう。わかってるって、と肩をすくめる恋人を抱き寄せて、まるで何もなかったようにおはようのキスをした。




 だがしかし、お手上げ状態である。
 授業中、休み時間、ランチ、注意して聴いていたというのに、なにがアルトの嘘なのか、少しも分からないでいた。
 ルカが呟いた、同姓結婚が正式に認められましたというのが嘘だというのはすぐに分かったし、シェリルの新曲が銀河チャート一位にならなかったという言葉には、そんなわけないだろうと言ってやったら勝ち気な笑みでまあ当然よねと返された。
 先生に呼ばれてるぞとかけられた声には細心の注意を払って、呼ばれる心当たりがないと言ってやった。
 嘘だというなら見抜けないはずがないのだ、数多の女性とうまく関係を持ってきた、空とベッドの撃墜王が。
 女性の可愛い嘘にはだまされてやって、時には諫められるのもその資質のひとつ。
 だから。
 だから、アルトがたとえ嘘をついても小さな仕種や動向ですぐに気がつくはず。

 授業中に上の空で、当てられてるぞと教えてくれたのは嘘になりようもなかった。
 休み時間にこそっと耳元で囁いてくれた、ミシェル大好きという言葉を嘘だとは思うはずもなく、アルト愛してるよと返したら、自信家と笑われた。
 ご飯一緒にたべよう、もいつものことで嘘ではないし、マニューバの構成も嘘ではなかった。

 もしかしてあれかなと思うものがないわけではなかったが、結果的に嘘にはなっていなかった。
 朝部屋を出てまたここに還ってくるまで、ミハエルはアルトの嘘を見抜けていないでいる。
「なにそんなヘコんでんだよ」
「だって、アルトの嘘分かんなかったらご褒美もらえないだろ?」
 はあーと大きなため息をついて、ミハエルはがっくりとうなだれる。ナイトウェアに着替えながら、アルトは思わず吹き出した。
「なんだ、まだ悩んでたのか? 俺の嘘」
「だって分かんねーんだもん。せっかくアルトからのちゅーでももらおうと思ったのにさ」
 いつもと変わらない気もすると思いつつ、キスがほしいと言ってくれる恋人を、アルトは愛しく思う。
「なあアルト、今日ホントに嘘ついたのか? もー分かんないんだけど」
「ついたぞ、ちゃんと。じゃあさミシェル、見抜けなかったから俺の望みを叶えてくれよ」
 聞けるものならね。と前置きをして、ミハエルはなあにと首を傾げる。
 今度の休みのデートコースにおねだりだろうか、それともプレゼントでも買ってほしいのか。

「朝まで離さないでくれ」

 こてんと肩に額を預けてきたアルトに、ミハエルは一瞬目を瞠る。
 その意味が分からないわけではない。ただ、珍しいと思って顔をのぞき込んだ。
「いつもと、変わらないな」
 言ったあとに可愛らしい口唇をついばむ。きっとミハエルに嘘が見抜けていても、する事自体は変わらないのだろう。
「ずっと離さないでいるから」
「ん、ふふ、約束」
 笑いながらベッドに倒れ込んで、肌に触れ合っていく。いつもと変わらない、仕種と熱だった。
「ねえところでアルトの嘘ってなに?」
「ん? あー、【嘘つく】ってのが嘘。考えなかったのか?」
「えー、それズルくない?」
「ズルくない、開始の合図なんてしなかっただろ」
 思い起こしてみればそうだった。タネ明かしされてしまえばなんと単純なことだろう。あんなに悩んだ時間を返してほしいと思う反面、そんな謎かけをしてまで体温を欲しがってくれたアルトがとても愛おしい。
「悩んだ時間の分、きっちりつきあってもらうからな、アルト」
「はは、臨むところだ」
 お互い口唇の数ミリ手前で愛していると囁いて、抱き合って夜を越え、そして朝を迎えるのだ。
 片時も、相手を離さずに。