練習したのに。

2010/05/27


 真っ赤なバラの花束を買った。
 こんな豪華な花束買うの、人生で初めてだ。そしてこれからも絶対にないだろう。
 本当なら店ごと買い占めたかったんだけど、このあとのことを考えると資金がないので諦めた。そもそもそんな金はない。
 だって夢は庭付き一戸建てなんだからな!
 ああ、今日こそ言うんだ、この胸の内を!
 ビシッとスーツも着てみたんだ、いつもと違う格好に、きっとイチコロ☆だな。人生はバラ色だ。
 もうすぐ時間だ、どんな格好をしてくれてるのかな。呼び出したときは眠いだの何だの言っていたけど、絶対に嫌じゃなかったはずだ。
 だって相手が俺なんだぜ。
 容姿端麗、頭脳明晰、ベッドのテクも最高、な俺なんだぜ。
 こ、交際を断れるはずながない! と思う。
 自信がなくなってきた。あいつの家に行くのなんか初めてでもないのに、緊張してきた。空とベッドの撃墜王と謳われたこの俺が! 緊張! くそう、あいつはどれだけ俺の初めてを持っていけば気が済むんだ。
 初めて本気の恋だった。
 初めて一挙一動におろおろした。
 初めて不安になった。
 その上初めて緊張なんかさせやがって。なんなのあいつ、なんで俺あんなのがスキなの。
 なあもう少し考えてみないかミシェル・ブラン。
 世の中には綺麗なお姉様がたくさんいるじゃないか。それこそ俺好みのナイスバディなお姉様が! 相手さえ選べば後腐れなくつきあって別れて、欲求だって解消できる。
 俺はそういう生き方ができる男だったはずじゃないか。
 なんであんな。



 男なんかに。



 そうだよく考えろよ、この花束渡しに行く相手は男なんだぞ。あんなミテクレしてても、男なんだぞ。胸なんかねえんだぞ。別に胸は小さくてもいいんだけどさ、いやいやそうじゃなくて、俺と同じモノついてんだぞ。
 学校のシャワールームで何度も見たことあるじゃないか。一応確認しとこうって思ってみたことあるじゃないか。
 何度見てもちゃんとついてて、がっかりした覚えもあるだろう!
 そりゃ、ドキッとしたけど。ムラッとしたけど。
 早乙女アルトは男なんだぞ。
 この先俺の人生懸けていい性別じゃないんだぞ。
 さあよく考えろ。
 ……。
 …………。
 ………………。
 やっぱりスキだ、ああちくしょう。
 アルトが好きだ、大好きだ。愛してるって言ってもいい。
 ああそうだやっぱ言わなきゃ、この気持ち。
 さあ勇気を出して呼び鈴を押すんだ、よし押した!
 あいつが出てきたら、すかさず言ってやるんだ!


「ミシェル−? 早かったな…ってうわっ!」
「アルト、俺と…おつきあいを前提に結婚してください!」
 バサッと花束をアルトの眼前に突き出す。斜め45度に傾けた背中に、作り物の日光が当たっていた。
 アルトからの返事は、まだない。
 焦れて、おそるおそる、顔を上げてみた。
 そこには、あきれたような顔をした、愛しいお姫様がいた。
「あ、アルト……?」
「…………逆じゃね? 普通」
 ん?と首を傾げる。
「おやおや、結納の前にお式とは、せっかちな御仁ですね」
「あ、兄様、ちょっとこの阿呆と出かけてくるから。夕食はいらないよ」
「いってらっしゃい、アルトさん」
 アルトは花束をむしり取って、どっかに飾っておいてと義兄に渡す。そうして、俺の腕を引っ張って街の中へと飛び出していく。


 俺が自分の犯した失態とアルトからの無言のイエスに気がついたのは、その夜自分のベッドに入ってからだった。