だから、わざと不機嫌

2010/9/22



 あとは引き受けるよ、と言ったミハエルとふたりグリフィス・パークに置いて行かれて、力一杯繰り出したはずの拳は、ミハエルの手のひらに吸い込まれていく。
 ふふんと余裕ぶった表情が気に食わなくて、アルトは眉を寄せて彼を睨みつけた。
「怒った顔もまた素敵ぃ」
「ミハエル!!」
 手のひらに収まってしまった拳はまだ解放されなくて、では足で、と腿を蹴り上げたと思ったが、スカートのせいでうまく蹴ることができなかった。
 それでも当たったことを良しとしよう。
「いって、おいアルト、そんな格好で足上げんな……って、聞けよ!」
「うるさいうるさい、誰のせいだと思ってんだ!」
 顔を真っ赤にしながら、アルトは解放された拳を続けざまに振りかぶる。さすがに全部を受け止めることはできずに、ミハエルはイテテとつぶやいた。
 ハタから見れば、カップルの痴話喧嘩にしか見えないだろう。
 まあそれは実際相違ないのだが、普段と違うのは、アルトが女性の格好をしているということだ。
 シミュレーションで勝負した結果、30連敗という愉快な戦績を叩き出したアルトへの罰ゲーム。
 ボビー・マルゴにメイクアップしてもらい、それでアイランドを一周という、普通の成人男子にはシャレにならない羞恥プレイだ。
「おいおいアルト、自分の不甲斐なさを棚に上げて、仮にも上官に対してこの仕打ちかぁ?」
 ぐっと言葉に詰まる。
 元はといえばノッてしまった自分自身が悪いのだ。
 まさか30連敗してしまうなんて思っていなかったのか、二十連敗目の時のような罰ゲームがまた待っているとは思っていなかったのか。
 どちらにせよ、ミハエルとの射撃シミュレーションで負けてしまったアルトに、こんなに殴られるいわれはないぞとミハエルはグイとアルトの拳を引っ張る。
「そんなに似合う、お前が悪い」
 キスしそうなほど近づいた距離でミハエルは真剣な顔で呟く。
「なっ、そっ、そんなん知るかあっ!」
 そんなに近い距離で吐息が触れてしまって、アルトは顔を真っ赤にして手を振りほどく。その様子を眺め、本当に可愛らしいなあと、ミハエルはくっくっと笑った。
 和服姿は舞台でたくさん見てきたけれど、洋服はあまりお目にかかれなかった。
 芸能科にいたときも所詮舞台衣装だったし、現実感はなく、ゲームで負けた罰ゲームに着せ替え人形になった時くらい。
 こうして女性の装いと振る舞いで街を歩いているアルトを見たのは、そういえば今日が初めてだったのだ。
 グラマーとは言い難いラインだが、しとやかそうなメイクにマッチして、控えめな女性を演出している。
 声をかけられても答えないということも手伝ってか、街で声をかけてきた男は99人。
 改めて早乙女アルトのすごさを知ったと同時に、こんなに綺麗で可愛らしいひとが自分の恋人であることに優越感を覚える。
 だけど扱いが難しい相手であることもまた事実。
「ミハエルなんか嫌いだ、大嫌いだ、もう絶対口きかないからな!」
「え、ちょっと、それは困るな。罰ゲームなんだから仕方ないだろう?」
 そう言ってみてもアルトの機嫌は上昇しない。
 小学生か、と内緒でため息をついて、99人ではお気に召さなかったお姫様の頭を撫でる。予想より乗り気だったように思えたのだが、【乙女心】はフクザツなのだろうか。
「お前なんかっ……くそ、俺がどんな思いで…!」
「じゃあ」
 ミハエルはすいとアルトの手を取る。その指先と手の甲に口づけて、言った。

「じゃあ、100人目は俺ってことで」

 どぉ?と片目を伏せる。ボッとアルトの頬が染まったのが見えて、本当に可愛らしいなあと口の端を上げた。
「バ、バカじゃねえのお前っ!」
「まだ言ってなかったな、綺麗だよアルト。すごく可愛い」
「いいからもう黙れっ、俺はお前なんか大嫌いだって言ってるだろ!」
 小さな笑いが止まらない。大嫌いだと言いつつも手を振りほどこうとしないアルトが、とてもとても愛おしくて。
 本当は不安で仕方がなかったくせに。
 街で男に声をかけられても平気な顔をしていることが、不安で不満でしかたがなかったくせに。
 強がっちゃって、可愛いなあとアルトの肩を抱き、わざと不機嫌な恋人を、あやすようにぽんぽんと叩く。
「大丈夫、アルトは俺が大好きで俺しか見てなくって、キスとかエッチも俺とじゃなきゃやだって、ちゃんと知ってるから」
「ふざけんな、なんで分かる!」
「だって俺がそうだから」
「えっ……」
 どういう意味だ、と言いかけた口唇をキスでふさいでやって、ミハエルは俺もデート用の服着てくれば良かったなあと、目を閉じて考えた。





お題提供:リライト
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