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2008/06/30



「馬鹿野郎!!」
 ガッと鈍い音が響いた。
 ミハエルは、かけられた力をあえて受けることでダメージを最小限に押さえ、きゅっと右足を踏むことでよろめいた身体を支える。
 衝撃で外れた眼鏡が、カランと音を立てて落ちた。
「ふざけるなよミシェル! なんでランカを連れて行った!!」
 オズマに胸ぐらを掴まれてもなお、ミハエルは抵抗というものを見せていない。無駄だと分かっているからなのか、受けた方が怒りが治まると思っているからなのか。
「報告書に記載した通りですよ、オズマ隊長」
 読まれてないんですか?とミハエルは抑揚のない声でそう返す。オズマはクッと言葉を詰まらせた。
「報告書は読んだ! お前は危険を承知でランカをあんな戦場に連れて行ったのか!?」
 この男の怒りももっともだなとミハエルは思いながらも、もう終わってしまったことをどうこう言ってもしょうがないと、オズマの手を外させる。
「戦場なんだから、危険なのは当然でしょう」
 落ちた眼鏡を拾い上げ、かけなおしてオズマを正面から見据えた。




 早乙女アルト准尉が、暴動の起こった惑星ガリア4にて人質になったと通信が入った。単機では到底敵わない数のクァドラン。それに加えてシェリル・ノームやグレイス・オコナーという民間人も巻き込まれているのでは、そう簡単に片付けることはできないだろう。


 フロンティアからガリア4まで一週間かかる状態で、アルトの帰還は絶望的にも思われた。


 だがそれを可能にしたのがLAI。いくつものフォールド断層をものともせず、今の常識を無視したバケモノみたいなものを開発したLAIのおかげで、救援に行くことは可能となった。
 それでも、実用段階でないそれを使って小隊を動かすのは危険だと考えられる。移動に失敗してしまったら、SMSにも打撃を与えてしまうのだ。
 救援に行くとしても、単機しか動かすことができなかった。
 その役目を買って出たのが、ミハエル・ブラン。その提案には少々モメたが、結局ミハエル少尉は単機で救援に出向くこととなった。
 勝算などない。
 狙撃の腕があるとはいえ、どちらかというと奇襲向き。狙撃の位置を知られてしまっては、総攻撃を受けるだけだろう。単機で、いったいどれだけのクァドランを討つことができるだろうか。
 俺が向かうと息巻いたオズマを止め、アタッカータイプが二機では討伐にも効率が悪いと、自分一人の出撃を押し切ったのはミハエル自身だったが、それでも死にに行くようなものだと思っていた。
 アルトくんのところに行きたい、と泣いた少女を宥めるうちに、浮かんできたのはひとつの無謀な作戦。
 シェリルが歌えないなら、もうひとりの歌姫を、と。
 開戦理由など口実だろうとは分かっていたが、暴動を起こした者全てが、歌も届かないような戦闘馬鹿であるだろうか? 戦闘民族とは言え、心は同じようにある。
 賭けでしかなかった。
 おめでとうを言いに行こうかと囁いてやったら、少女はとても嬉しそうに笑っていた。




「危険だとは言いましたよ、何度もね。選択肢をあげたのは俺ですが、選んだのは彼女です」
 静かにそう言い放つミハエルに、オズマはぐっと拳を握り締める。
 大切な妹を戦場に連れて行っておいて、この態度。悪くも思っていないようなミハエルが、オズマには腹立たしかった。
「なんで俺に相談しない……! もっと何か、……ランカを巻き込まない作戦もあっただろう!」
「相談したら、却下されるのが分かってましたから。俺はね、隊長。死にたくないんですよ」
 軍事に関わりながらも、死ぬことはやはり恐ろしい。
 死なないで済む手段があるなら、使わせてもらうだけだ。
「武器も持たん民間人を! 戦場に連れていくくらいしかできんのなら、さっさと辞めちまえミシェル!」
「特例B項はもう発令済みですが。それにランカちゃんは立派に武器持ってるじゃないですか。バルキリーがなきゃ何もできない俺たちとは違う」
 彼女は暴動を起こしたゼントラーディの前で歌い上げ、見事にも彼らを鎮圧してしまった。正直言って、ああまでうまくいくとは思っていなかったが。
「過保護ですよね、隊長は。彼女はもう、一人で歩くことだってできるんですよ」
「だからって、あんな無茶なっ……」
「だったら隊長は! 我慢して泣いてる彼女を放っとくことができるんですか!?」
 声を荒げたミハエルに驚いて、オズマは言葉を遮る。決まりの悪そうに顔を背けたミハエルを見下ろして、自分だったらどうしただろうと考える。
「俺、女の涙見るの嫌いなんですよ。知ってるでしょう」
「……ああ、知ってる」


 ミハエルの姉は、世間的に赦されない恋をしていた。仲間を撃った咎を責められ非難されていた。命を落とすまで何度、涙を流したのだろう。
 ミハエルが女性の涙を嫌い、姉への慕情の反動が、年上の女性への執着になったことを、オズマはよく知っていた。


「ミシェル。俺もランカに泣かれるのは好きじゃない。だが俺たちの戦場へは連れて行かん」
 ランカの戦場は別のところだと付け加え、昔を思い出して眉を寄せる。
「お前の言い分は分かったが、次からは必ず相談しろ。事後報告は許さんぞ」
 オズマも、軍に入っていた当時は色々と無茶をしたりした。自分の憧れた機体をを操れるようになって、調子に乗って無謀な戦闘を繰り広げ、上官や同僚に殴られたことだって、何度あるだろうか。
「お前には、間違った選択をさせたくない。打開策を一緒に考えるくらいは、してやれる。ホレた女が泣きながら死んでいくのを何もできずに見ていた俺のようにはなるな」
 ミハエルは眉を下げる。
 互いに思い出してしまったひとりの女の死を、少しの沈黙の中に溶け込ませて散らした。
「……すみません、オズマ隊長」
 彼が大切に思っているランカを、危険な目に遭わせてしまった。昔の淡く苦い恋を、思い出させてしまった。
「ミシェル、殴って悪かった」
 感情のままに傷をつけてしまった。彼が大切に思っている姉の辛い死を、思い出させてしまった。


 そんな悲しそうな顔、させるつもりではなかったのに。


 オズマはミハエルの左頬に手を当てる。少し、熱を持っているように感じた。
 痛いかと訊ねたオズマに、大丈夫ですと返すミハエル。そうか、とオズマは手を下ろす。
「行っていい」
「失礼します」
 オズマは少し身体を引いて顎をしゃくり、ミハエルは目を伏せて会釈し、二人の身体がすれ違う。
「……隊長、あんたのシスコンっぷりも、俺は割と好きですよ」
 瞬間にミハエルが呟いた言葉に、オズマは目を見開いて振り向いた。
 掠める、口唇。
 離れたあとの視線の先には、面白そうに口の端をあげるミハエルの姿があって。
「言ってろ、ひよっ子が」
 その表情はオズマのいちばん好きな表情で、してやられたと苦虫を噛み潰す。たまにキスをするような間柄でも、自分たちは恋人同士といった関係ではないし、上下関係を崩す気もない。
 この距離が心地良い。
 ミハエルは自室を目指し、オズマはブリッジを目指す。ふたり、離れた場所で口の端を上げた。



探統合軍時代に、オズマがジェシカに淡い恋心を抱いていたら、という捏造設定をもとに。