キスと紙飛行機

2008/06/09


 ミハエルが、やけに上機嫌に1枚の紙切れをひらひらと振って見せてきた。こんなに機嫌がいいのは珍しくて、俺は首を傾げたけど。
「なんだ?」
「面白いのもらったんだ、見ろよ」
 そう言われてその紙切れを見てみて、思わずゲッと声を上げた。
 そこには、アルバムのように、いくつかの写真が並べられていた。


 俺と、ミハエルの。


「な、なんだよこれ!」
「俺らのファンだって。文化祭でなんか展示したいとか何とか言ってたけど」
 こんなの、いつ撮られたんだ。俺こんな顔してたっけ? っていうか展示してどうすんだよこんなん。
「いちおう許可取りたいからってさっき渡されたんだ。案外よく撮れてると思わないか」
「思わねぇよ。こんなん許可出せるかっ」
 俺はミハエルからその紙切れをひったくる。
 改めて見てみると、本当に色々な角度から色んな場面を撮られていた。
 登校して門をくぐるところとか、紙飛行機折ってるところとか、あああ授業中に寝てるとこまで撮られてんじゃねーかよ。どっから撮ったんだよ。撮ったヤツもサボッてんだろ絶対!


 ミハエルのは……さすがになんか……見られ慣れてる、っていうのが伝わってくるな、写真からでも。こいつはやっぱ自分が女に人気あんの自覚してて、いついかなる時も【見られている】という意識を抜かないんだろう。
 悔しいけれど、無理のないそれが……好きだったりはするんだ。
 写真見てたらなんかムカついてきた。
 こいつは女からこういう風に見られてんだよな。……俺はこんなに近くにいるのに、そんなこと考えて見る余裕なんかなくて、こうして動かない写真でしか見ることができない。
「どうしたんだ? 姫」
「……別に」
 ミハエルといるといつも素直になりきれずに、どこかケンカ腰になっちまう。それをこいつがどう思っているかも分からなくて、余計に落ち込むんだ。
「許可、出さないのか? こんなに綺麗に撮れてるのに」
「お前はな」
「姫だって綺麗に撮れてるだろ。ほら、この……EX−ギアつけてるやつ」
 ミハエルが、うずもれた小さな写真を指差して呟く。あ、こんなんも撮られてたのか。油断できねー。


「俺がいちばん好きな角度だ」


「……っ」
 なんでこいつはこうテレくさい言葉をポンポンと出しやがるんだっ……!
 嬉しいなんて思ってねーぞ、思ってねぇからな! 絶対思ってない!!
「うーん……でもやっぱ、許可出せないか。こんな綺麗に撮られてるヤツ、大勢の人間には見せたくないね」
「お前、結構独占欲強いだろ」
 強いよ、と間を置かずに返ってくる。悪くも思ってないような顔に、片眉を上げる。こいつは、どこまで本気なんだろうか。
 本当は俺だって独占欲強くて、お前を独り占めしたいんだ。
 こんな写真、俺だって大勢の人間には見せたくない。またお前のこと好きになるヤツが増えるだけなんだ。
 絶対許可なんか出せねぇ。
「どうしよう、これ。返すか?」
「記念にとっておく?」
「なんの記念だよ、バカ。データだけもらってこいよ。お得意の手で」
 歯の浮くようなセリフで、喜ばせて。
 …………それもムカつく。
「わかったよお姫様。じゃあそれはお前のお得意の紙飛行機にでもするといい」
 ミハエルは肩を竦め、短い息を吐いた。
 妬いてもくれないのかと呟かれた言葉には、恥ずかしくて否定を返してやった。
 ああ確かに飛行機を折るにはちょうどいい。
 もうクセになっているような手つきで、俺はその写真のちりばめられた紙を折っていく。ミハエルはそれを、鮮やかだねぇと呆れ気味に見ているようだった。
 しょうがねぇだろ、ちっちぇえ頃から折ってたんだ。クセにもなるさ。


「ちょっと折り方変えてみた」
 紙飛行機にも色々な折方があって、折り方次第で飛距離が変わる。子供の頃はそれが面白くて仕方なかった。
「へぇ」
「こっちの方が、よく飛ぶんだぜ」
 そう言って飛ばそうと行き先を狙ってみたけど、ミハエルが肩を震わせているのに気づいて、なんだと見上げる。そこには、心底おかしそうなミハエルがいた。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「いやいや、姫、気づかないのか? 俺はまた、狙ってその折り方をしたのかと思ったんだけどね」


 意味が分からなくて腹が立つ。
 普通に折っただけだ。


「翼の部分、見てみろよ」
 ワケが分からないと思っている俺を察したのか、ミハエルが指を指してくる。
 翼?と思って見下ろせる位置にまで腕を下ろした。


 そして。


「……! バ、バカか、誰が狙ってなんか!!」
 翼の部分、ミハエルの写真と俺の写真がくっついていた。
 そうだ、ちょうどキスでもするかのように。


 恥ずかしくて、俺は折った飛行機をくしゃくしゃに丸めて、ミハエルに投げつけてやる。断じて、狙ってこうなるよう折ったわけじゃない!
 だいたい、そんな計算できるか、あんなにいっぱい写真あんのに!
「おやおや。そうか、紙面のキスじゃお気に召さないのか、お姫様は」
「はっ?」
 ミハエルに顎を取られて焦る……ヒマもなく、キスされた。
 紙面のキスじゃ気に入らないなんて、誰もそんなこと言ってない。
 ……思ったけど。
「ん」
 でも、狙ったわけじゃ……ないんだけどな。
「さてアルト姫、続きはどこでやりましょう?」
「お前の手の速さは、どうにかなんねーのかよ」
「なんないね。はい、もう一回」
「ふざけっ……んむ」
 二度目のキスで口唇をふさがれる。今度はさっきのより深くて、呆れつつも嬉しくて、俺はミハエルの背中に腕を回した。


 実はキスが欲しかったなんて言えないし、あの写真だらけの紙切れに、少しだけ感謝してやろうかと思った。