ふるふる。

2010/08/27


 まだかな。

 アルトは引き出したデスクに突っ伏して、息を吐いた。
 まだかな。もうすぐかな。

 任務がさらに長引いているとか非常事態発生という連絡は受けていない。予定通りなら、もうすぐのはずだ。
 そう思って、もう1時間が経過した。
 長い、と目を閉じて眉を寄せる。最後に顔を見てからどれだけ経ったのだろう。
 はあーと長くため息をついた時、タッタッタ、と小さな足音が聞こえてくる。あるとはガバッと立ち上がり、目を輝かせた。

「アールトー、ただい……」

 …ま、と言い終わるのと、アルトがそれに飛びつくのと、背中の後ろでドアがシュンと閉まるのは、ほぼ同時だった。

「……アルト?」

 この部屋のもう一人の住人であるミハエル・ブランは、両手に土産を掲げながら、自分にしがみついている可愛らしいお姫様を見下ろした。
 チャームポイントのポニーテールはいつもと変わりなくてほっとするが、これはどうしたことだろうと眉を下げる。
 がっちりとしがみついて、背中に回した腕でぎゅうっとジャケットを握るのは、珍しい光景だった。
 たまにぴっとりくっついてくることはあっても、こんな風にすがるように抱きついてくることはなかったのだ。
 いつもと違う行動には何か理由があるのだろうか。
 こんなに、動けなくなるほどしがみつかれるのは嬉しい気持ちもあるのだが、逆に不安にもなってくる。自分がそばにいない間に、何かあったのだろうかと。

「姫、何かあった?」

 あまり緊張させないように、静かに、それでも強い口調でミハエルは訊ねる。
 その声に、アルトは無言でふるふると首を振った。重大な事件があったのではないようだとミハエルはほうっと息を吐き、振られた首につられてふよんふよんと揺れるポニーテールに口許を緩める。
 この綺麗な髪は、ミハエルが好きなもののひとつ。

「じゃあ、怖い夢でも見たのか?」

 ふるふるふる、と再び振られる首と、揺れるポニーテール。
 可愛いな、と思っても、土産で両手が塞がっている今、肩を抱いてやることもできない。ぎゅうぎゅうとしがみついてくるアルトの顔を覗き込んでやりたいのだが、それもできない。
 本当にどうしたのだろうと、あらゆる理由を考えて、考えて、考えて、自惚れた。

「なあ姫。もしかして、寂しかったの?」

 首を傾げながら訊ねると、

「うん」

 小さく頷く姫君がそこにいた。
 え、本当に?とミハエルは目を瞬いて、さらに強く抱きしめてきたアルトを愛しく思った。

「姫、ねえちょっと放して? 俺お土産買ってきたんだけど」

 困ったように呟いた途端、ぶんぶん!と勢いよくアルトの首が振られる。おっと、とミハエルは驚いて、仕方ないなと、右手に持ったチョコレートの箱をゆっくりと持ち上げ、左手へと持ち変える。

「姫の好きそうなチョコなんだけど。キャラメルの」

 ぶんぶんぶん!と再び振られる首に、噴き出しそうな笑いをこらえ、ミハエルは言葉を変えた。

「なあアルト。このままじゃキスもしてあげられないぜ?」
「え、あっ」

 途端、弾かれたように顔を上げるアルト。それを逃さず、ミハエルは口唇を降下させる。久しぶりに触れる口唇は、少しだけ乾いていた。
 触れて、ついばんで、入り込んで、強く抱きしめる。
 どうして2週間も、14日も、336時間も、20160分も、1209600秒も離れていられたのだろう。
 こうして触れている今でも、足りないと思うのに。

「寂しくさせて、ごめんなアルト」
「今日は、ず、ずっと一緒にいてくれないとダメだからなっ」
「お安い御用だ」

 ちゅっとキスして抱き合って、離れていた時間を埋める。
 寂しかった、と呟くアルトの声を口唇で吸い取って、肩を撫で、2週間ぶりに恋人を堪能した。

「ミシェル……逢いたかったんだ…」
「俺も逢いたかったよ」

 今度は一緒の任務がいい、と胸に顔をうずめるアルトに、本当に寂しい思いをさせていたんだと実感する。今度はダメ元で、一緒に行かせてくれと頼んでみようかと、ミハエルは知れず口の端を上げた。

「姫、俺のいない間、上のベッド使っちゃったりしてた? 可愛いなーもー」
「……一回だけだ」
「え、なんで?」
「だってお前ほとんど俺のベッドで寝るから! だからっ……上行っても…ミシェルのにおいしなかったし…」

 そうだよねえと苦笑する。実際に2段ベッドはあんまり意味を成していない。いない自分の身代わりに、ぬいぐるみでも置いてやろうか。

「だから、いっぱい欲しい……。ミシェルが帰ってきたら…いっぱいしてもらおうと思って、俺、一度もその、…してないんだからな」

 頬を染めて俯き、何を言い出すのかと思ったら、大胆すぎるベッドへのお誘い。
 離れ離れになるのは嫌だけど、こんなに可愛らしいアルトが見られるなら、たまには離れ離れでもいいかなあなんて、緩みっぱなしの口許を隠しながら考える。

「な、しよ、ミシェル」

 一秒でも離れていたくない、と腕にしがみついて引っ張るアルトに、極上のスマイルで返してやった。

「今日は寝れると思うなよ」

 こっちの台詞、と頬を膨らませたアルトと一緒に、ドサリとベッドに沈んでいった。