モーニング・キス

2011/11/28


 俺の朝は、包丁がまな板を叩く音で目覚めることから始まる。
 白いシーツの上で寝返りを打って、そこから見えるキッチンに目を移す。腰でしっかりとエプロンを結んだ恋人の背中が目に入って、朝っぱらから至福のひとときだ。
 タンタンタトン。いい音だ、このリズムさえ、俺にはいちばん合っていると思う。
 キッチンの恋人が少し首を傾げている。分量を悩んでいるのだろうか、本当に可愛いな。
 恋人ーー早乙女アルトは、料理上手の同級生。友人でライバルで、銀河でいちばん愛しいひと。
 その人が、俺のために朝食を作ってくれている。これほど幸せなことはない。
 欲を言えば朝はアイツを腕の中に感じていたいんだけど、「最近はここのキッチンにも慣れてきた」なんて微笑まれてしまったら、まぁいっかなんて思う。
 だって慣れるほどここに入り浸ってくれてんだぞ。キスでさえ恥じらってたアイツが、俺と夜を過ごしてここに泊まって、冷蔵庫の中身まで把握してんだからさ。
 そういえばこの間買ってあげたあのエプロン、本当に似合うよなあ。プレゼントしてあげた時すごく喜んでくれて、変にフリルなんか付いてんの選ばなくてよかったって思ったんだ。
 洗濯する時だって大事そうに扱ってくれるし、家庭的なひとって、本当に憧れだよ。
 姉貴はあんまり家事得意じゃなかったしなあ。俺だって必要に迫られればなんとかこなせるけど、アルトはあれが日常と化してる。
 いいにおいがしてきた。今日は和食みたいだな、”ミソシル”の具はなんだろ。トーフ入れてくれてるかな?  もうすぐできあがるのか、アルトがキッチンから振り返りもせずに俺の名を呼んでくる。
 ミシェルー、と。
 可愛い、本当に可愛い。アイツに呼ばれてると、自分の名前にさえ嫉妬してしまう。
 でも、少し寝た振りをしておこうか。
 こうして返事をしないでいると、アルトはいつもコンロの火を止めて起こしにきてくれるんだ。

「ミシェル、卵焼きと目玉焼きどっちがいい?」

 ほら、きた。
 早いとこ起きあがって抱きしめてキスをしてやりたいけど、ここは我慢だ。

「……まだ、寝てんのかよ」

 アルトはぎしりとベッドに腰をかけて、呆れたようなため息をつく。ごめん本当は起きてるんだけどさ。

「ミシェル……」

 アルトの指先が、俺の髪をかき分けてくれる。
 優しい声が降ってくる。
 そしてそのあとには、ほっぺたにちいさなキスだ。
 可愛い可愛い可愛いホントどうしようアルト可愛い!
 気づかれないようにできていると思っているんだろう、ごめんね起きてて。

「ミシェル、いい加減に起きろって」
「ん……んー……もうそんな時間……?」

 寝た振りをしてだましている手前、こっちもアルトに気づかれないように今目が覚めましたといった風に目をこすってやる。
 だってバレたら今後絶対にしてくれないからな。

「朝ご飯、もうすぐできる……って、わ」

 でも、もう少しくらいアルトも学習した方がいい。そんな無防備にベッドの端に座ってなんかいたら、俺は引き込みたくなっちゃうんだって。

「こらミシェル、起きろって言ってんだよ俺は」
「んー、アルト補給してからな」

 広くはないベッドにふたりで寝ころんで、俺はアルトをぎゅうーっと抱きしめる。ここまで抱き心地いいひとって、そうそういないぜ。

「昨夜あんだけいっぱいしたくせに」
「それはそれ、これはこれ。アルトいーにおいー」
「……もう、子供かお前は」

 なんでアルトは、好きなひとにはいつだって触れていたいっていうこの気持ちが分からないかなあ? それとも分からないふりしてるだけ?
 照れ屋さんだからな、アルトは。きっと気づかない振りしてるだけだ。そうじゃなかったら、俺の腕はとっくに振り払われているはず。
 ああ、本当に愛しいなあ。どうやって伝えたらいいんだろうこれ。

「で、たまごどうすん……」

 おはようのキスは軽く触れるだけ。一瞬遅れて染まったアルトの頬に、もう一度キス。

「おはようハニー、目玉焼きは俺が作るよ」

 朝から幸せくれてありがとう、これからも、どうぞよろしく。