はんぶん

2011/06/24


 アルトは、せっかく計算したいくつもの数字の上に、ぐちゃぐちゃと線を描いて消した。
 もう一度挑戦してみようと新しく数字を書き直す。もしかしたらどこかで計算を間違ったのかも、と眉を寄せながら。
 しかしそうした結果を見ても、さっきと同じ。
「なんでだよ……」
 悔しくて眉を寄せる。悲しくて静かに呟く。こんな結果を見るために書き出したのではないのに。
「アールト、どうしたんだ? なんかしょんぼりしてる?」
「わああっ」
 ぽん、と頭を撫でながら覗き込んでくる男がひとり。いちばん見られたくない相手だった。
「み、ミシェル早かったな! バルキリーの調整っていうから、飛んでったんじゃないのか」
「ライフルの確認だけだったからな。で、どうしたんだ?」
 アルトはささっと数字を書き出した紙をデスクの横に追いやる。とは言えはめ込み型のデスクなんてそうそう広いものでもなく、めざとくミハエルに察知された。
「テストの答案かと思ったら……なにこれ?」
 ミハエルはアルトが隠したがったそれをひょいとつまみ上げ、凝視する。この間競いあったテストの用紙ではなく、数字が羅列してあるだけ。


 21433101554135
 3576411609548
 823052769492
 05357935331
 5882628864
 360880640
 96868604
 5444464
 988800
 76680
 3248
 562
 18


 こんな具合に。
「な、なんでもないって」
「なんでもないわけないだろ。これ見てアルトが落ち込むなら、俺にも関係あるじゃないか」
「お前には関係ないだろ」
 嫌みでなく、アルトは不思議に思って首を傾げる。その数字の羅列自体は、ミハエルに対して何かをするわけではない。
「関係あるって、心配するだろ? だって俺はお前のカレシだし、お前は俺のカノ……カレシ、だし」
「今カノジョって言おうとしただろ!」
 そんなに可愛いポニーテールを揺らして言われても困る、とミハエルは責めるようにも返してやった。
 恋人同士という関係になって日は浅いのだけれど、過ごした時間は長い。できれば笑っていてほしくて、これがアルトの顔を曇らせているのかと思うと、意味なんかないように思える数字の羅列さえ憎らしく感じた。
「なあアルト、なんでそんなに落ち込んでんの? いっぱい数字書いてあるけど……なんか法則……ん? 足し算?」
 不思議なことに、紙の幅がないわけでもないのにその数字は数行に渡っており、一行増えるごとに一桁減っていっている。最後は二つの数字でとまっているが、見事な三角形だ。
「……隣の数字と足されてんの、か? 2…1、4……ああ、やっぱそうだ」
 どうしてそんなに頭がいいんだろう、とアルトは頭を抱える。気づかなければ、ただの暗号だとでもごまかしてやれたのに。
「これ、なに? 最後の18って」
「そ、それは……」
「言わないと、ぎゅーもちゅーもしてやんねーぞ」
「そんなのいら……っ」
 いらない、と言ってしまえない。
 アルトは頬を染めて俯くが、ミハエルは心の中で思う。ハグもキスもしないなんて、こちらの方こそ我慢できるはずもないのにと。アルトは少しくらい、人を疑うことを覚えた方がいいのではないかと心配にさえなってきた。
「う、占い……」
「占い? どういう……」
 この計算式が占いだというのかと、ミハエルは数字を見直して、あることに気がつく。
「もしかして、俺とアルトの相性?」
 最後の二文字をパーセンテージと考えるのなら、あまりよくない数字だ。アルトが落ち込んでいたことを考えると、将来のビジョンか恋の行く末を数字で表しているのだろうと想像ができた。
「それで落ち込んでんの? だってこの数字、どういう根拠なんだよ。21433101554135……?」
「そ、それ……名前の母音……日本の言語の順番で置き換えて計算すんの、今日クラスの女子がやってたの見て……」
「えーと、アイウエオ……だっけ?」
 独特な並びのものだったはず、と以前アルトに教えてもらったものを思い出す。
 つまりアは1、イを2、同じくウは3、エを4、オを5と置き換え、隣に並んだ数字を足していくらしいのだ。そして結果はご覧の通り。
「それでそんなに落ち込んでんの?」
「だって……そんなに低いなんて」
 おもしろいこと思いつくもんだと感心する反面、こんなものを真に受けてしまうアルトを、バカとも可愛いとも思ってしまう。
 こんな数字の羅列がふたりの相性だなんて、馬鹿げている。どうして恋人である自分に頼らないで、この低い数字に頼るのだろう。だけど、そんな素直さに惹かれているのもまた事実。
 ミハエルはため息を吐きながら並んだ数字を追って、気づいた。
「なあアルト、ブランの”ン”は0じゃなきゃいけないのか? 1から5以外に置き換えるんだろ?」
「え? そういうルールは……聞いてないな」
「だってほら、ンを0じゃなくて5の次の6にすれば相性50%まで上がるぞ?」
「え、嘘っ」
 本当だよと肩を竦めるミハエルから紙を奪い取って、アルトは計算をし直す。
 確かに、数字は50が残る。100%の半分だけれど、それでもゼロに近いよりはずっといい。アルトはホッと息を吐いた。
「占いを信じるってのは可愛いけどさあ、数字ひとつ変えたくらいでそんなに誤差がある占いに、なんの意味があるわけ?」
 呆れて呟くミハエルに、アルトは途端に恥ずかしくなってしまう。馬鹿にしているわけではないのだろうが、こんなものに振り回されてしまった自分が情けない。
「それに、ファミリーネームの位置変えるだけだってまた変わるし、アルファベットの順番に置き換えたらどうなることか。アルト聞いてる?」
 俯いたアルトを覗き込んで、困った顔も可愛いなあとミハエルはひとりで微笑む。どさくさにまぎれてちゅっと口唇にキスを贈ると、驚いたらしいアルトがわあっと飛び退いた。
「み、ミシェル!」
「ねえ、アルトは俺のこと好き?」
 二人っきりなのに責めるように声を荒げるアルトの髪を撫で、確信に満ちた瞳で訊ねる。アルトがなんと答えるかなど、この男にはとうに分かっているのだろう。
「す、すき、だけど……なんだよっ」
「うん、俺もアルトのこと大好きなんだよね」
 相性占いまでするのだ、好意を持っていないわけがない。ミハエルの唐突な問いの真意を計りきれずに、アルトは不審そうに眉を寄せた。
「ちなみに、俺とエッチすんのは好き?」
「なっ……!!」
 カアッと顔の熱が上がる。そりゃあ確かに肌を合わせる間柄ではあるが、そんな風にあけすけに語ってしまえるものでもない。いったい何を意図して、そんなことを訊くのか。
「ああごめん、答えにくいか。じゃあ、気持ちいいかどうかに変えよう」
「ま、ますます言えるか馬鹿ぁっ!」
「俺はね、アルト抱いてる時はすっげえ気持ちよくて幸せなんだけどさ」
 明確に答えを求めているわけではないのか、ミハエルはそう続ける。何を返せばいいのか、何も返さなくてもいいのか分からずに、アルトはミハエルの腕の中で頬を染めた。
「アルトもそうだと嬉しいなあって思うし、こんなに愛してんのに相性悪いわけないじゃんって思うんだよな」
「ミシェル……」
 なんの根拠もないのに、当然のように呟くミハエルを見上げ、瞬く。何が悲しくて、あんな数字を真に受けてしまったのだろうと、アルトは情けなさに顔を歪めた。
「なあアルト、こんな数字よりさ、目の前の俺を信じたらいいんだよ。めいっぱい、幸せにしてやるからな」
 約束の証しのように、ミハエルはキスをくれる。
 うん、と鼻から抜けていく声は、幸せの合図。口唇を塞がれて言葉が出ないかわりに、アルトはめいっぱいミハエルを抱きしめた。