オーハッピーデイ

2009/07/27


 なにがいい?って訊いたのは、確か一週間前だった。
 誕生日ってのは、やっぱり恋人としては盛大に祝ってやりたいところ。だから、働いてためた給料もあることだし、休みでもぶんどって旅行でも行こうかななんて思っていたけれど。


「べつにいいよ、そんなもん」


 当の恋人様はこんな調子だ。
 まったく、早乙女アルトの辞書に、記念日だとかイベントだとかいう言葉はあるんだろうか?
 つきあい始めて最初の誕生日なんだぞ? もうちょっとこう、甘えてくれてもいいんじゃないだろうかと、空とベッドの撃墜王と謳われた俺、ミハエル・ブランは思うわけだ。
 早乙女アルトとは、かれこれ1年半のつきあいだ。初めて会話らしい会話をしたのは、麗しいジュリエットのドレスを着て航宙科に怒鳴り込んできたとき。
 すげえお姫様だ。
 そう思ったあの日から、俺はアルトから目が離せなくなって、恋してるんだって気づいて、あからさまにアピールしてたのに気づいてもらえなくて、ヤケに近い気持ちで告白したら、すっっっっげえ驚いた顔してなんで早く言わねえんだって怒られたんだよな。
 ああ、懐かしい。
 って言ってもまだ半年もつきあってないけどさ。
 あの時は本当にびっくりしたよなあ。俺のこと見てたんなら俺の気持ちくらい気づけって胸ぐら掴まれて、なんだか告白の甘い雰囲気なんか全然なくって、傍から見たら殴り合いの喧嘩寸前だっただろう。
「なあアルト、おれお前のこと祝ってやりたいんだけど。だって、生まれる前に消えてく命だってあんのに、俺たちは生まれてきて、この広い銀河の中で出逢えたんだぜ? そういうのって嬉しいとか思わないのか?」
「……ミシェルって思ってたよりロマンチストなんだな。運命とかそういうの信じるタイプか?」
 別に、そこまでロマンチストじゃねえけどな。
 でも恋人の誕生日を祝いたいって思うのは普通だ。生まれてきてくれたこと、出逢ってくれたこと、好きになってくれたこと、全てに感謝していたいんだよ。
 だって奇跡に近いぞ、こんな、こんな恋が叶うなんて思ってなかったし。
「俺はたまたまここに、早乙女家に生まれてきて、たまたま空に興味を持って、たまたま近くにお前がいて、好きになっちゃって悩んでたら、たまたまお前も俺のこと好きでいてくれたってだけだろ」
「たまたま多すぎだろ。誕生日ってのはひとつの節目だ、アルト。今年祝って、来年も祝って、再来年も、ずっと祝ってあげたいよ。アルトはもしかして、俺の誕生日も祝ってくれないのか?」
「そ、それは、祝って……やりたいけど……なんか、ちょっと怖い、な」
「何が? あ、昨夜やり過ぎたのまだ怒ってんのか? あれは謝っただろアルトー」
 言った途端、そういうハナシじゃねえって怒鳴られる。……怒ってる顔も可愛いんだけどな、こいつはそういうの知らないんだろうな。
 困るよなー全く、自覚のない美人てさ。他のヤツに取られないように、俺が日々どれだけ努力してると思ってんだ。
「あの、さ、えーと……俺、誕生日って祝ってもらった覚えがないんだよ」
「…………は? え、なに? そうなの!?」
 アルトが隣でこくんと頷く。びっくりした。驚いた。まさかこのトシまで生きてきて、誕生日を祝ってもらった記憶がないなんて。
「家がほら、ああだからさ。プレゼントとか、ごちそうとか、浮ついたものはなかったような気がするんだ。特に母さまが亡くなってからはな」
 俺は、もしかしたら恵まれてたのかも知れない。もうとっくの昔に死んだ両親も、誕生日には休みを取ってくれたり、それが無理でも何かしらのボイスメッセージとプレゼントが贈られてきたもんだ。姉貴だって下手なりに料理作ってくれたし、俺は誕生日ってものが嬉しかったけど。
 このお姫様は、知らないのか。
「だから、何がほしいって訊かれても、分からねーんだよ。怖いってのはそういう意味だ。悪いなミシェル」 「ほしいもの、何もないか? 物じゃなくてもいいんだぜ、ほらどっか行きたいとかやってみたいとか、何でも」
 だったら尚更、俺が祝ってやりたい。おめでとうとありがとうと、愛してるをたくさん言って、来年も祝ってほしいって思わせてやりたい。
「俺は祝いたい。だからアルトの願いを叶えてやりたいんだよ。な? あ、そーだケーキとか買ってくるか。なあ今から出かけようぜ」
「……な、なあ、なんでもいいのか? ほしい物見つけた……っていうか、物じゃないんだけどさ」
「お、なんだ? できれば俺の給料で買える範囲のものにしてくれよな」
 陽射しは少し強いけど、姫と出かけるならどんな天気だっていい。さあお姫様、ほしい物買いに行こう。
「お前の全部、よこせ」
 喜び勇んで立ち上がった腕を、お姫様が掴んで止める。言われた言葉の意味を一瞬把握できなくて、目を見開いた。


「お前の手のひらも、視線も、声も、キスも、気持ちも、全部だ」


 アルトは立ち上がって、手のひらを合わせて繋いでくる。少し下の目線から見上げてきて、ばっちり瞳に映す。
「アルト……」
「俺を呼ぶ声も、……キスも。な?」
 ちょん、と触れるだけのキスをしてくる。気持ちも全部、って言ってたことを思い出して、俺は笑った。
「愛してるよアルト、愛してる。誕生日おめでとう」
 耳元でそう囁いてやると、くすぐったそうに身をすくめて、それでも嬉しそうに笑ってくれた。
「これがアルトのほしい物?」
「ああ、来年もそれで頼む」
 でかけようぜと部屋を出る姫ぎみに、苦笑してから返す。
「無理だって、姫」
「……なんで」
「だってこれ、いつもと一緒。いつだって俺は姫のもんだよ」
「じゃあどうしよう、他にほしい物って、思いつかないんだが……どうしたらいい?」
 そんなに真剣に悩まないといけないくらい、俺だけがほしかったのか、アルト。あーもうー可愛いー。
 まあ、そういうことなら教えてやらないとな、好きな人の誕生日がどれだけ大事なのかを。ああ久しぶりだな、この感覚。世間知らずなお姫様に、街での遊び方を教えてやってたときみたいだ。
「じゃあとにかく、街に出よう。食べたいもの食べて、やりたいことやって、楽しもうぜ。アルトの生まれた今日この日を、神様に感謝して」
「ミシェルは、俺が生まれてきて嬉しいのか」
「そりゃもちろん。姫を愛してるからな」
 へへ、とアルトが嬉しそうに笑う。そうだよ、そういう顔が見たいんだよ。
 いつもいつでも大好きだけど、今日は特別。
「なあお前だったら何をほしがる?」
「アルト姫」
 そう言ってキスをしたら、呆れたようなため息を吐かれた。
「いつもと同じだろ。人のこと言えねーじゃねーか」
「仕方ないだろ、じゃあ考えとく。ほら行くぞー」
「あ、待てミシェル、ちゃんと手ぇ繋げっ」
「はいはい、お手をどうぞお姫様」
「姫って言うな!」
 さあ今日はどこへ行こう。ケーキ屋とアイス屋と、姫のお気の向くままに。
「アルト」
「んー?」
 立ち止まって、出かける前の少し長い口づけ。
 手のひらも、視線も、声も、キスも、気持ちも、全部あげるよ。まあいつものことなんだけど、今日はいつもの倍くらい、俺をアルトにあげようか。
「帰ってきたら、続きしような」
「……ばぁか」
 ハッピーバースデー、親愛なる俺のお姫様。
 生まれて出逢って恋してくれて、ホントにどうもありがとう。