星のない夜に

2008/04/26


 息苦しい、と目を覚ます。頬にかかる髪がうっとおしいと思っても、バッサリ切ってしまうのも面倒くさい。
 アルトはもそりと身体を起こし、カーテンの隙間から指す朝日を眺めた。

「おい、退けミハエル。重い」

 アルトは眉を寄せて、息苦しさの原因であった男の腕を持ち上げて放る。
 男はそれで目が覚めたようで、目を擦りながら鼻を鳴らした。
「んん……ああおはようアルト姫。もう朝か」
「誰が姫だ! いい加減やめろよ」
 投げつけた枕は難なく受け止められて、それがまたアルトの癇に障る。この男から余裕の笑みを取り去るには、何をどうしたらいいのだろうか。
「いいじゃないか、似合ってるんだし」
「似合ってねぇ。胸もねぇどころかてめェと同じもんついてんだぞ」
 アルトはギッとベッドを下りシャツを羽織る。昨夜いたるところに付けられた赤い痕が目に入って、居たたまれなかった。
「ああ、うん。それはオレがいちばんよく知っているけど?」
 ミハエルは指で髪をかき上げ、サイドテーブルに置いていた眼鏡をかける。細められた目はアルトの肢体を舐めるように見つめ、その視線に気づいたアルトは思い切り眉を寄せた。
「朝っぱらからエロい目で見んな」
「だったら朝っぱらからエロい格好するなよ」
 くすくすと笑いながら、ミハエルもベッドを下りる。ベッドの下に脱ぎ散らかしていたパンツに足を通してシャツを羽織り、ミハエルはアルトの長い髪を引っ張った。
 急にかけられた強い力によろめいて、声を上げるヒマもなく腕の中に収められてしまう。いきなり何をするんだと紡ぎかけた抗議は、降ってきた口唇で遮られた。
「んんっ!」
 思わずぎゅっと目を瞑り、ミハエルを押しやろうとするが、キスの熱に浮かされてうまく力が入らない。


 この男に勝てることは、なにかあるのだろうかとアルトはぼんやり思う。


「は、離……せ、ミハエルッ」
 情けなくなって、振り絞った力でミハエルの身体を押しやった。
 濡れてしまった口唇を拭って、これ以上距離が近くならないようにミハエルの胸を腕で止める。
「目の前で拭われると少し傷つくな」
「知ったことか! だいたい、なんでてめェとこんなことしなきゃなんねーんだよッ」
 別に、恋人同士というわけではなかった。口づけを交わし、肌を重ねるような間柄でも、決して恋だとか愛だとか、甘ったるい感情はなかったはずで。
「何度も言わせるなよ姫。賭けに負けたお前が悪い」
「……っ」
 アルトは言葉に詰まった。
 ミハエルとの関係が始まったのは、ほんの些細なきっかけだった。
 考査での順位をネタに、勝った方がひとつだけ望むことをする、と。
「あれはっ……だって、お前がこんなこと」
 こんなことを望んでくるとは思わなかったのだ。


 涼しい顔でただ一言、抱いてみたいと。


 それでも好きだの愛しているだの、そんな言葉はひとつもなく、星のひとつもない夜に初めて繋がった。
「イヤなら、次こそトップ取ればいいだろう、アルト」
 この男に勝てるものなど、ひとつもない。
 アルトは口唇を噛んで、興味本位と肉欲で動いたミハエルを睨みつける。
「オレはお前が大ッ嫌いだ!」
「はいはい、親父さんの次にですかアルト姫?」
 肩を竦め笑いながらあしらうミハエルの頬を平手で打って、いつの間にかこの部屋に増えていた自分の着替えを手に背を向ける。
「シャワー借りるぞ!」
 答えも聞かずにシャワールームへと足を運んだ。それを別段気にした風でもなくふっと笑う。
 怒った顔も好みだなあなどと、考えながら。