I miss you

2010/04/27


 ミシェル。
 と、そう呼ぶのに、ベッドの端に腰をかけるあの男からは何も返ってこなかった。
 俺が呼んでるっていうのに返事もしないとはどういうことだ。
 そもそもここは俺のベッドで、俺が眠るための場所で、あいつが本を読むための場所じゃないのに。
「ミシェル」
 もう一度呼んだけどやっぱり返事はなくて、息を吐いた。
 そんなに、俺の声も聞こえないくらい熱中しちまうんなら、自分のベッド行けよな。
 なまじ姿が見えちまうから、構ってほしくなるんだろうが。
「なあ、ミシェル」
「んー」
 今度はさっきと違う反応が返ってきた。聞こえてはいるんだなって思ってホッとした。
 いやでも待て待て、なにあの気のない返事。あいつはそこが俺のベッドだって分かってんのか?
 そりゃ、ずっと待ってた本が発行されて嬉しいのはわかるけど! だけどちょっとくらい、俺の方を見てくれたったいいじゃないか。
 やっぱり俺の方がいっぱい好きなのかな。俺はミシェルが好きだし、ミシェルも俺のこと好きでいてくれてると思うけど、きっと俺の方がいっぱいミシェルを好きなんだ。
「ミシェルってば」
「んー」
 寂しい。そんなところにいるんなら俺のこと構ってほしい。いつもならひめーとか言って甘えてくるのに、なんで今日に限って本なんかに夢中になってんだ、あのやろう。
 俺に見向きもしないなら、今すぐ上のベッドに行きやがれ。
 …って睨んでやってるのに、あいつは何にも反応しなくて、馬鹿馬鹿しくなって寝転んだ。そうしてみてもここから見える位置にミシェルがいて、ついつい見入ってしまう。
 ああ……やっぱりカッコイイよなあ、ミシェル。なんであの腕、あんなに綺麗に筋肉ついてんだろう。俺はどれだけトレーニングしてもこんなに細っこいのにさ。肩とか、男っぽいし……指、も…。
 ミシェルが女にモテるのはもう、しょうがないと思ってる。あんな顔であんな身体で目の前にいられたら、絶対にオチる。だからそれはもういい。仕方ない。うん。
 でもあいつは俺のだし、独り占めしていいのも俺だけだし、俺を独り占めしていいのもあいつだけなんだけど、……分かってんのかなあ? なんで今日はそういう主張…してこないんだろう。いつもは本当に暑苦しいくらいにまとわりついてくるのに。
 別に、ミシェルが俺のこと嫌いになったとかもう飽きたとかそういうのはないと思ってる。
 ミシェルはそういう風になったらちゃんと言ってくれる奴だと思ってるから、それがないってことはつまり、違うんだって思いたい。
「ミシェルー…」
 返事はやっぱりなくて、本当に寂しくなってくる。俺ばっかりミシェルを好きみたいで、悔しくなってくる。寂しいって思うの、変じゃ……ないよな?
 あの腕の中にぎゅってしてほしいのに。
 あの綺麗な瞳に俺を映してほしいのに。
 あの声で俺を優しく呼んでほしいのに。
 起き上がって、ミシェルが気づくくらいまでの距離に近づく。それでも緑の目は本の中の字を追ったままで、俺を見てもくれない。
 つんつんってシャツを引っ張ってみたけど、ミシェルからは何の反応もない。こっちを見て笑ってくれるでもなし、邪魔くさそうに払うでもなし、俺という存在をシャットアウトしているみたいにも思える。
 今度はぴとって背中にほっぺたをくっつけてみた。ミシェルの体温はいつもと変わりなくて、特に体調が悪いようにも思えない。だけどやっぱり俺の名前さえ呼んでくれなかった。
「なあ、ミシェルー」
「んー、ごめん今イイトコなんだ」
 そんな風に言われたら、引き下がるしかない。
 ……今日は…そういう気分じゃないのかな…。ぎゅってしてくれるだけでもいいのに……。
 本に負けんのは気に食わないけど、仕方ねえよなって思って、また寝転んだ。今度はミシェルを見なくて済むように、壁に向かって。
 ぱらりと、紙をめくる音が聞こえる。読み終わったら俺に構ってくれるかな。あとどれくらいで読み終わるかな。読み終わるまで待ってても平気かな。
 ぎゅってしてアルトって呼んでくれるだけでもいいから、待ってても平気かな。
 それでも、10分経っても20分経ってもミシェルは読み終える気配もない。結局ごろりと身体を返して、ミシェルを眺めてしまう。
 まだダメかな? まだ我慢しなきゃダメか?
「ミーシェールー……」
「姫、ちょっと待っててー」
 反応は返ってきたけど、あろうことかまだ待てと言う。
 ああーもう知るかあ!
 ゲームやってた携帯放り出して起き上がって、ミシェルの読んでた本を取り上げる。それを床に放ってやった。
「姫、なにするんだ」
 かけてた眼鏡も取り上げてやって、それも放った。お前が悪いんだ、俺に構ってくれないから。まだ抗議の出てきそうだった口唇を無理やり塞いで、俺の存在を主張する。
「何するんだもクソもあるか、したいんだよ俺は! 馬鹿ミシェル!」
 なんでわざわざ言わなきゃならないんだ。いつもだったら俺が言わなくても手ぇ出してくるくせに、……って、あ? なんで震えてんだミシェル。もしかして怒ってんのか? それともやっぱり具合が悪かったのか?
「ああ、あーもうダメ、可愛い! アルト可愛いー!」
「は? なに、ちょっと…」
「可愛い、ホントたまんない。可愛いよアルトー」
 なんでいきなりぎゅって抱きしめてくるんだ? なんでこいつはこんなに俺に可愛い可愛い言ってくるんだ?  やっと抱きしめてくれたミシェルの腕に安心してる場合じゃない、わけが分からん。
「ごめんなアルト、あのね、姫を無視してたわけじゃなくてさ。実はいつ姫がそう言って誘ってきてくれるかなーってずっと待ってたんだ」
 期待以上の可愛さだよ、とミシェルは笑う。
 ちょっと待て。じゃああれか……俺が寂しがってる間もこいつは、俺の反応見て楽しんでたってわけか……? 「あ、も、やだお前なんか……」
 ホントやだ。
 嫌いで、大好きで、愛してる。
 どうしようもないくらい、愛してる。こんないたずらされても、怒るより先になんだそっかあって思っちまうくらい、ミシェルが大好き。
「愛してるよアルト」
「俺も、ミシェルのこと愛してる、けど……俺を騙したバツ」
「うん? なに?」
「朝まで離すな」
 そう言って、お安い御用だってのしかかってきたミシェルの額に、キスをした。
 明日、ミシェルと一緒に本を買いに出かけようかな。