カミナリとお姫様

2009/04/01


 シュン、とドアを開いて、部屋の中に入る。今日も一日無事に勤務が終わった、とホッとする瞬間だった。
「あー疲れたあ。明日休みならいいのになー」
 はあ、とため息を吐きながら、ミハエルはジャケットの前をくつろげる。聞こえてくる激しい雨の音に、まだ降っているのかと意識を向けた。
 気象庁で全てが管理されているこのフロンティアの気候。常春であれとは言わないが、こんなに機嫌の悪そうな雨を降らせなくてもいいじゃないかと思ってしまうのは、恐らくミハエルだけじゃないはずだ。
「うわーまだカミナリまで鳴ってる。いくら地球の自然を取り入れたいからって、ここまでしなくてもいいと思わないか?」
 肩を竦め、同室の恋人・アルトを振り向く。
「そっ、そうだな」
 上ずった声を不審に思って、首を傾げた。普段なら彼は、季節が感じられていいじゃないかとでも返してくるのに、なぜ今日に限って同意なのだろう。EX-ギアでフライトができないから、雨があまり好きでないことは知っているが、それでもこんな風に、天候の否定をしたことはなかったはず。
 そうしてミハエルは、アルトの肩がびくっと震えるのを見てしまった。
「あ、そっか。アルト、もしかしてお前、カミナリ怖いのか?」
 肩が震えたのは、大きなカミナリの音とほぼ同時。理由を紐づけるのは、さして難しいことではなかった。
「バッ、怖いんじゃねえよ! に、苦手っていうか好きじゃねえだけだっ!」
 苦手なのと好きじゃないのはどう違うのだろうと思うが、きっと聞いたところで明瞭な答えは返ってこないだろう。
「うわっ!」
 ふうんと頷きかけたところで、ゴォンと大きな音。それに驚いて、アルトは身をかがめてしまった。らしい、とも、意外、とも思える新発見に、ミハエルは嬉しくなってしまう。
 また、アルトを知ることができた、と。
「ふうんそっかあ。アルトはカミナリが怖い、と。ちゃんと覚えておくよ」
「だ、だから怖いわけじゃねえって言ってんだろうがっ、……っ!」
 立て続けに聞こえるカミナリの音に、アルトは首を引っ込めて耐える。その姿を可愛らしく思い、ミハエルはもっと鳴れ、と心に祈った。
「抱きしめててあげようか、アルト姫? ちょっとは安心しない?」
「するか馬鹿!」
「即答かよ。……じゃあさ、耳塞いじゃえばいいだろ? 聞こえないように、ね、あの時みたいに、…さ」
 そっと耳元に落とす、からかいを含んだ声音。
 あの時、の意味を瞬時に理解して、アルトの頬が真っ赤に染まった。誰がするかとこぶしを振り上げて、だけどミハエルには難なくかわされてしまう。
「だって音聞くの嫌なんだろう? あの時だってお前、いやらしい音聞きたくないからって耳塞ぐじゃないか」
 いくら俺が頑張ってもカミナリの音は止められないよと肩を竦めるミハエルを、憎らしげに睨みつけてみた。それでもやっぱり効果はなくて、
「まあ、してる最中に、耳塞いでる余裕なんかなくなっちゃうみたいだけどね」
 反論できない。事実なだけにアルトは反論できないが、なんでこんな意地の悪い男を好きになったんだ!と、八つ当たりで手近なものを投げつける。
「わっ」
「馬鹿ミシェル! 」
「なにすんだよ姫ー。せっかく買ってあげたヒュドラの特大ぬいぐるみ、粗末にしないでくれるかな」
「知るか! お前が勝手に買ったんだろ!」
 律儀にベッドに置いててくれるくせにねえ、と抱き枕仕様のヒュドラを撫でる。時々これをちゃんと抱きしめて眠っていることくらい、お見通し。ポンポンと軽くはたいて、アルトのベッドへ戻してやった。
「ハイハイごめんね。たまにはさー、こうほら、ミシェルーって抱きついてくる姫が見たかったんだけどなー」
「ぜっ、絶対しな……うわっ!!」
 しない、と言いかけたところへ、特大のカミナリ。思わず耳を塞いで身をかがめる。さすがの轟音に、ミハエルも首を竦めた。
「これいつまで続くのかなあ。ちゃんと眠れるといいんだが。大丈夫かアルト?」
「あ……」
 無意識に肩を抱いてくれるミハエルの両手に嬉しくなってしまう。
「もう、……嫌だミシェル」
 きゅ、と彼のジャケットを握って、トンと額を預けた。
「え、なにが」
「カミナリ」
「え、あ、うん?」
「…………しろよ」
 その言葉の意味は理解したがにわかには信じられなくて、ミハエルは踏み込めないでいる。それを感知したのか、アルトはバッと顔を上げて口唇を奪った。
「カミナリ気にしてる余裕、なくさせろって言ってんだ!」
 真っ赤になって叫ぶお姫様を、何よりも愛しいと思ってミハエルは抱きしめる。
 キスをして、背中をさすってやって、ゆっくりとベッドに倒れ込む。カミナリはまだ鳴っていたけど、そんなもの気にしていられなくさせてやろうと、深く口づけた。
 口唇を離したら、無邪気な顔をしたヒュドラのぬいぐるみに気がついて苦笑する。邪魔をしないでくれよなと笑って、そっとベッドの下に追いやった。