きみに似合う花

2011/05/03


「えーっと」
 アルトは店内をきょろきょろと見回す。
 しかし入ってみたはいいものの、なにをどうすればいいのか分からなくて、次第に眉が寄っていく。
 明るい店内には客もそこそこ入っており、カウンターの店員も忙しそうで訊くに訊けない。
 やっぱりガラじゃないよなあとカバンのベルトをぎゅっと握り、そそくさと去ろうとした瞬間、頭の中を昨夜のミハエルの言葉がこだました。
 男に二言はないよな? と意地悪な笑みでそう言われた声が、いまだに頭に残る。
「ええいくそっ」
 アルトは頬を染めつつも店内にとって返し、やり場のない思いを飲み込んだ。
 今日は、あの男の誕生日だ。常識だとか本能だとかを除けば、たぶん恋人と呼んでいい関係の男が、この世に生を受けた日。
 お祝いしてくれるよね? と覗き込まれて、してやるよ!と喧嘩腰になってしまったのは、きっとその時の彼の顔が意地悪な笑みに包まれていたせいだろう。
 だけどプレゼントといってもすぐに思い浮かばなくて、情けないなと肩を落とす。
 ミハエルだったらきっともっと気の利いたものを購入するだろうが、こういったつきあいが初めてのアルトにとっては、まさに未知との遭遇だ。
 悩みに悩んで購入したのはマグカップ。
 使ってくれるかなあと不安に思いつつも、たまにはコーヒーも飲むしランチのスープにも使えるだろうしと自分に言い訳をして、こっそり色違いのものをもう一つ購入してしまったのは、できれば内緒にしておきたい。
「これだけじゃ素っ気ないって言われれるだろうしなあ……」
 気持ちの問題だとは思うけれど、と来てみたのがこの花屋だった。
 小さな花束でも作ってもらおうと思うのだが、なにをベースに選べばいいのかさえ決められない。
 もともと、誰かに花を贈るなんてことはしたことがないのだ。アルトはもっぱら、受け取る方だったのだから。
「あ」
 そうかと思い出して、アルトは店内をぐるりと回る。自分がもらっていたような花束を想像すればいいのだ。女形時代にはそれこそ見飽きるほどもらっていたではないか。
 とはいっても予算内で収まるものとなればそんなに豪奢にはできず、うなりながらシャツの裾をぎゅっと握った。
「なにかお探しですか?」
 タイミングを見計らっていたのだろうか、ちょうど店員が声をかけてくれてアルトは顔を上げた。
「あ、えっと、プレゼント……なんですけど。友人、への」
 恋人というには気恥ずかしくて、思わず友人なんて言ってしまった。きっとミハエルが訊いていたら気を悪くするんだろうなと思い、せめて彼に似合うものを包んでもらおうと心に決めた。
「可愛い感じの方がいいですか? このピンクのバラなんかは女性にすごく人気がありますよ。その方のイメージなどがあれば合わせるのもいいですし」
 店員が進めてくれる小さなバラは、きっと彼には可愛らしすぎるだろう。アルトは苦笑して、口を開いた。
「あ、いや、可愛いって言うかカッコイイ部類、だし……綺麗な金色の髪の毛してて、普段意地悪しかしないのに、本当は優しいヤツ、かな」
「ではこちらのアレンジフラワーなどいかがでしょう?」
 小さなかごに入れられた、オレンジとピンクが基調のフラワーアレンジ。ギフト用で人気があるらしく、つけられるカードの種類も豊富のようだった。
 ふわふわと飾り付けられたゴールドの細いリボンは彼を連想させて、知らず口元が緩んだ。
「じゃあ、それひとつ。カードはこの青いのに、ハッピーバースデイって入れて」
 そうして、満足そうに店を出た。



「ミシェル、これやるよ」
 とりあえずは祝ってやる、とでも言わんばかりの態度で、アルトはミハエルのために購入したそれを彼の前に突き出す。
 そうしてから、もっと素直に渡せば良かったと後悔するのは、もういつものことだ。
「ありがとアルト。嬉しいよ」
 そう、ミハエルが本当に嬉しそうな顔をするものだから、罪悪感と置いてきぼり感も手伝って。
「花とかもらうの、そういえば初めてだな」
「え、そうなのか?」
「俺はいつも贈る方だからな」
 ふふんと笑ってみせるミハエルに、気に食わなくてアルトは口を尖らせる。それに気づいたのか、ミハエルはふっと笑った。
「もうアルト以外には贈らないって」
「べ、別にいらねーけど、約束な」
「オーケイ、男に二言はないさ。アルトと色違いのカップももらえたし、なによりアルトが俺のこと本当は優しいヤツだって思ってるって知ったら、また好きになっちゃったしね」
 え?とアルトは目を瞬いて、ミハエルの言葉を頭の中で繰り返して、ハッと気づく。
「お前! まさか後つけてたのか!?」
 そうでなければ、アルトがこっそり買った色違いのカップの存在や、花屋の店員に呟いた言葉など、知れるはずもないのだ。
「人聞きの悪いこと言うなよ、たまたま俺の前にアルトがいただけなんだから」
「同じことだろ! 返せ、お前なんか嫌いだ!」
 情けないと思いつつも、泣きたくなってくるのをどうしても止められない。恥ずかしくて、なんだか裏切られたような気分になった。
「やだ、絶対に返さない。やっとお前のホントの気持ちわかったんだぜ?」
 え、と声を上げるのとほぼ同時に、腕の中に引き寄せられた。一瞬なにが起こったのかわからなくて、目をぱちぱちと瞬く。
「ごめんアルト、俺……お前にちゃんと好きって言ってもらったことなかったからさ、不安だったんだよ」
 思い起こして、そうだったっけ?とアルトは腕の中で首を傾げた。
 好きだと言われて、恋人になってくださいと言われて、うんと頷いて、今日まで過ごしてきたように思う。
「だからわざと、祝ってくれるよな?って試すようなこと言った。ホントにごめん」
 ぎゅうと強く抱きしめてくる腕の強さは、ミハエルの不安と歓喜を伝えてくる。
「あ、あの、ごめん俺……お前がそんなん思ってたなんて気づかなくて……」
「でも、今日ちゃんとわかった。ありがとうアルト」
 子供のような声を出されて、ああ本当に不安に思っていて、本当に嬉しかったんだと知って、アルトは申し訳なく思う。
 きっと分かってくれているはずという勝手な思い込みが、ミハエルにそんな思いをさせていたのだ。
「俺だって本当は、お前のことすごく好き。お前のプレゼント選ぶの恥ずかしかったけど嬉しくて、花とか……お前に似合うかなって思うの買ってきたつもりなんだ」
「あはは、花が似合うとか、初めて言われたんだけど」
「似合うって、ほら」
 アルトはかごの中の花を一輪手に取り、ミハエルの耳にかける。
 満足そうに笑う顔はからかっている様子もなく、ミハエルは肩をすくめた。
「きっとアルトの方が似合うよ、花」
「似合うって言ってんだから、素直にありがたがれよ」
 もう、と息を吐いて、それから微笑む。今まで言えてなかった分だと、口唇を降らせた。
「アルト」
「黙って」
 花をかけた耳、こめかみ、額、目蓋、鼻先、順番にたどって、それから口唇に。
「おめでと、ミシェル。できれば来年も祝ってやりたい」
 叶うだろうか?と首を傾げてみたら、ぎゅうっと強く抱きしめられた。
「アルト、アルト大好き、ホント大好き!」
「ミシェル、ちょ、苦し……」
「来年は花瓶を用意しとくよ、アルト」
 だからお花とキスをいっぱいちょうだいと、力いっぱいに抱きしめてくるミハエルの背に、しょうがないなあと腕を回す。
 花のにおいがする恋人に、今年の分なと何度かのキスを贈った。