また今日も言い出せず-Alto-1

2008/07/01


 キミは誰とキスをする?
 そんな出だしの歌を、最近よく耳にする。ヒットチャートの上位に入ったとかなんとか補足されているのを聞いたことがあるが、本来そんなことに興味はない。
 ズ、とストローでレモネードを啜りながら、俺はガラス越しに見える人の波を眺めていた。


 そうだ、この曲がどれだけ世間に注目されているかなんて、俺には興味がない。
 興味があるのは、隣に座っている男はいったい誰とキスをするのかということ。
 ガラス越しにイイ女が通るのを待っているかのように上機嫌なミハエルを横目で盗み見て、はあ、といささか大仰にため息をついた。
「どうしたんだ姫、そんな大きなため息をついて。……好みの女の子、通らない?」
 それに気づいてミハエルは俺の方を振り向いてくる。そうしてほしくてため息をついたのだから、作戦が成功したとここは喜ぶべきなんだろうが。
「うるせぇよ、てめぇと一緒にすんな」
 お前が隣にいるのに、女を物色しているわけがないだろう。
 人の気も知らないでこの男は!
 ……言ってないんだから、しょうがないけど。
「機嫌悪いな。お姫さまは気まぐれだ」
「姫って言うな!」
 ああ、もう、複雑だ。
 女を形容されるのは大嫌いなんだが、【姫】って呼び出したのがお前だって考えると、嬉しいようなくすぐったいような感覚でそわそわしてしまう。
 好きだ。好きだよミハエル。もうどーしようもない。
 ノーマルどころか女好きで通ってるお前にホレたって無駄なんだろうけど、そう簡単に諦められねぇんだよなあ。
 俺だって何度か諦めようとしたんだぜ、ミハエル。
 今日だってもうやめるって思ったのにさ、お前が声かけてくれて。何か悩んでるんだったらいちばん最初に俺に言えって言われて、気にかけてくれているんだと思ったら嬉しくて、また諦められなかった。
 お前はそんなつもりなかったかも知れないけど、本当に嬉しかったんだ。
 買物付き合ってって言われて、今日は女とデートじゃないのかと喜んで、だけど明日はデートだとカウンターを食らって落ち込んで。
 そいつとのデートに着けていくんだろうか、数十分前までふたりでアクセサリーを見ていたけど。ミハエルは俺が選んだものを持って、嬉しそうにレジへ持っていっていた。
 せっかく姫が選んでくれたからねぇ、と軽い口調だったけど、それも嬉しかったんだ。
 そんなこと、お前は知りもしないんだろ。
「お、あの子イイなあ」
 お礼に奢るよと言ったミハエルとカフェに入ったけれど、当然男女のデートみたいに甘い雰囲気になんかならない。所詮【友人同士】だ。
 人の気も知らないで、ミハエルは通行人の中から好みの女を探しているようだ。見る限りは年上の、華やかな女を。
 ミハエルの好みがそういう女だってのは周知の事実。例えば俺が女に生まれてても、きっとこいつの好みからは外れてしまってるんだろう。
 ああ、またあの歌だ。
「……なあミハエル、お前は誰とキスをする?」
「…………は?」
 外を眺めていたミハエルが、驚いたように俺を振り向いてくる。気分がいいな、お前のそんな顔は滅多に見られない。
「ああ、あの歌のこと?」
「お前には耳が痛いんじゃないのか? いったい何人【お知り合い】がいるんだか」
 トゲトゲしく言ってやった。あーそうだよ嫉妬してんだよ、馬鹿みたいに。
 ミハエルとは恋人になんかなれないって知ってるから、もう最初っからいろんなことを諦めている。だけど興味がないと言えば嘘になって、ミハエルが誰とどんなキスをするのかは気になってしまう。
「人聞きが悪いな、いつだって一人に絞っているよ。サイクルが早いだけで」
「自慢できるようなことじゃねーだろ。特定のヤツと長く続けるとか、ねぇのかお前は」
 よく言う、と俺は心の中で自分を嘲笑った。特定の女ということは、それが本命ということで、そんなひとできてほしくないくせに。
 ミハエルはそれに何も返さずに、苦笑した。
 なんだ今の顔。呆れたような諦めたような。なんでお前がそんな顔すんだよ、心臓痛くなるだろ。
「姫は? そういう姫は誰とキスをするんだ?」
「えっ……」
 まさかそう返されるとは思わずにうろたえた。結局ミハエルの方が一枚上手で、うろたえるのはいつも俺の方。
「ランカちゃんかな、それともシェリル? どっちつかずのお前にぴったりの歌じゃないか」
「なんであいつらが出てくんだよッ! キ、キスとか、そういう関係じゃ……ねぇし」
 キスならお前としてみたい。
 そんなこと言えないし叶うはずもないって分かってる。いっそ寝てる隙にでもしてやろうか、ミハエル。
 でもこいつ、隙がねぇんだよなあ……。
「あれ、もしかして姫はキスしたことないのか?」
 からかうようなミハエルの口調に、カアッと顔の熱が上がるのを感じた。
 そうだよまだしたことねーよ。
 ミハエルは笑うんだろうな。もう、こいつにからかわれることは慣れたけど。
「じゃあ、キスしたらファーストキスになるんだな。できたら言えよ、お祝いでもしてやるから」
 ああほら、また。
「うるさいお前。自分が色々済んでるからって」
 ミハエルはハハハと笑うだけで、それからは何も言わなかった。あれ?って思って振り向くと、ストローでグラスの中の氷をがしょがしょとかき回していた。こんなミハエルはらしくない。
 いったい何を考えている?
「キミは誰とキスをする?……か」
 がしょん、と氷が鳴った。




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