また今日も抜け出せず

2009/02/03


 今日こそ、言おうと思う。
 昨日も、言おうと思った。
 確かその前も、言おうとしていた。


 でも、いつも言えないんだ。
 言った後のことを考えると、すげえ怖いんだよな。なにせ俺もあいつも男だし、何言ってんだよ気持ち悪いって突っぱねられんのが関の山だ。そして変なものでも見るような目で見られて、避けられて終わるんだ。
 何度も頭に描いたじゃないか、そんなこと。
 だから、もうやめてやるって思うのにな。


 それでも逢うたびに胸が鳴って、しょうがないよなって、諦めることを忘れちまうんだ。


 あの日キスをしてから、どれだけ経ったんだろう。あの後も当然だけどあいつは何も変わらずに、やっぱりドキドキしてたのは自分だけなんだって思った。
 まだ感触を思い出せる。ただの【レクチャー】だって分かってんのに、俺の方は熱くなっちまって、夢中になってた。
 気持ち良かったな……。もうできないんだろうな。
 なあ、気づけよお前。こうしてお前の隣をなんでもないフリして歩くって、結構しんどいんだぜ。
 他愛ない会話をわざわざ探して、これからの関係に差し障りないように選んで、たまに横顔を盗み見ながら、必死で好きだって気持ち抑えてんだ。
 気づけよ、この鈍感。
「なあ姫、渋谷エリアに新しいケーキ屋ができたんだってさ」
「……また女からの情報か? 相変わらずお盛んだな」
「あれ、そういうこと言うんだ? せっかくオゴッてやろうと思ったのになあ」
 少しだけ速まった歩調に、慌てて合わせる。
「マジで? 前言撤回する」
「予定ないだろ? これから行こうぜ。可愛い店員さんいるかな、楽しみだ」
「お前はそれしかないんだな。ああでも、俺も楽しみだ、どんなのあるかな」
 そしてまた、互いの歩調がゆっくり同じになるんだ。
 気づけって、だから、もう。
 楽しみなのはお前とケーキ屋行けることであって、それ以上の楽しみなんかないのに!
 もういやだ、こんなじれったい気持ち。
 やっぱり言ってしまおうか、お前が好きだと。レクチャーじゃないキスがしたいんだと。本当は笑い合って抱き合って、いちばん初めにおはようって言いたいんだ。
 ああくそ、泣きたくなってきた。
 情けないな、こんな風になっちまうなんてさ。俺がこんな想いを抱えてるって知ったら、周りのヤツらは笑うだろうか。
 いつだって傍にいるせいで諦められなくて、いつでも傍にいるのに言い出せなくて、気づけば長いこと片想いしてる、なんて。
 自分でも馬鹿みたいだなって思うよ。せめてもうちょっと楽な相手を好きになればいいものを。
 ああ、でも。
 あの背中を見るたびに、髪に触れるたびに、声を聞くたびに、どうしようもなく好きなんだなって実感する。この間なんか夢にまで出てきて、目が覚めたとき思わず力なく笑ってしまった。
 もう、どれだけ好きになってしまっているんだ。
「どうしたんだ?」
 知らないうちに立ち止まってしまっていて、何かあったのかと覗き込んでくる。
 ああ、きっと最初に好きになったのはその目なんだろうな。
「別になんでもない。悪いな、行こうぜ」
「悩み事でもあるのか」
 深刻そうな顔をしていた、と言われて自嘲気味に笑った。そうだ、深刻な悩みだよ。きっとこの銀河が平和になっても、ずっと続いてく悩みなんだ。
「俺には話せない悩みか? 相談くらいだったら、いつでも乗るぞ」
「ああ、うん、ちょっとお前のことが好き過ぎて」
「あー、俺もあるぜ悩むとき。お前のことが好き過ぎて」
 ため息混じりに呟いた。
 ため息と一緒に返ってきた。
 そうしてからやっと気づいた。
 三秒の沈黙と、それから同時に振り向くお互いの顔。


「あ、そ、そうなのか?」
「え、あ、うん、まあ」


 なんてことだ。……なんてことだ!
 言っちまった、ぽろっと口から出ちまった。
 こんな風に言うつもりじゃなかったのに。
 あんな風に返される予定はなかったのに。
「あのさ、今の、本気で信じるぞ」
「俺のセリフだ、ばかやろう」
「なんだよもう、そうならそうとちゃんと早く言えってんだ」
「お前こそ、少しはそういう素振り見せろよな」
 こっちは見せてたつもりだ。好きでもないのにあんなキス、できてたまるか。
 そうだ、あの時言ってくれれば良かったんだよ。そうすればもっと早く、お前と手が繋げたのに。
「じゃあ、改めて言うけど」
「あ、うん」
 正面で向き合った。周りの喧騒なんか、耳に入ってこない。あいつの声だけ、聞いていたいんだ。
「好き、だ」
「俺も、好き」
 これでやっと両想いだ。念願叶った、神様ありがとう。
 手が触れた。指が絡んだ。お互いに握り合って、新しくできたというケーキ屋へと足を向けていく。
 でも、でもどうしよう。恋が叶ったらこんなに悩まずにすむと思っていたのに。
「ああ、どうしようアルト。すげえ好きだー」
「知るかよ、俺だってすげえ好きでどうしようって思ってんのに!」
 好き過ぎて、また悩む。
 ああもうちくしょう、大好きだ。
 結局また今日も、【好き】の渦から抜け出せず。