24時間いつでもおいで

2009/12/01


 起きるという行為は、実はあまり好きではなかった。とくにこの男、ミハエル・ブランとの恋人関係が成立してからはより一層感じるようになっている。
 さっきまで隣に寝転がっていた温もりがなく、アルトは少し寂しげにシーツを摘み上げた。そしてそのもう少し先に、端に腰掛けたミハエルの上半身が見える。
 そろそろ起きてメシ食いに行こうか、と言った彼に頷いたのも確かにアルトなのだが、もっとずっと一緒に寝転がっていたいのにと思うのも、確かにアルトだった。
 起きるのは好きじゃない。すぐ傍にあったはずの温もりが、離れていってしまうから。
 もうどれくらい好きになってしまっているんだろうなと、こんな時はいつも思う。
 おんなじ部屋に寝泊りしているとは言え二人っきりでいられる時間なんて案外少なくて、訓練や学業にその大半を持っていかれる。
 この部屋だけ隔離されていればいい、世界中の他の人間たちなんて、どうぞ好きにやってくださいなんて思ったことだって、実はあるのだ。
 その度に息を吐いて、アルトはミハエルを蹴り倒したい衝動に駆られている。
 実際そうしたこともあるけれど、謂われなく蹴りを入れられたミハエルに手酷い仕返しを食らうと分かってからはそれももうやめた。
「ひめー、今日なに食べようかー」
「ん……」
 くるる、と腹が鳴っているのは事実。あれだけ動いたのだから腹が減るのも当然だし、そもそも朝食と呼ばれる時間帯は若干過ぎてしまっている。
「もう食堂閉まってるかもな。どっか外行って……」
 外行って食べようかと言いかけて、ミハエルはん?と首を傾げた。
 ぴと。
 いまだ裸のままの背中に触れる、人の肌。
 この部屋にはミハエルとアルトしかおらず、その肌の主は当然アルト。
「姫?」
 振り返って確認しようとしたら、動くなとばかりにアルトの唸り声。仕方なくミハエルは正面に向き直って、ジーンズのボタンを留めた。
「なんだよお姫様、まだ足りなかった?」
「そういうわけじゃ……ねえけど」
 足りないと言ってしまえば足りない、とアルトは口に出さずにミハエルの背中に頬をくっつける。
 温かいなあと思いすりっ…と頬をすり寄せると、ミハエルからくすぐったそうな笑いが漏れた。
「姫は俺の背中好きだよな」
「……そうか?」
「あれ、無意識なのか? だって終わった後俺の背中頭乗っけて寝たりしてるだろ。気持ちいいの?」
 そうだったか?と言われて記憶を辿るが、やはり無意識らしくあまり覚えていない。
 確かに言われて見ればこの感触は頬になじむし、しょっちゅうこうして寝てしまっているんだろう。となればやっぱりミハエルの背中は好きなんだろうなとアルトは改めてその背中を眺め、触れて、肩まで辿る。
 途中腫れたような傷跡を見つけ、なんだろうと首を傾げ、そして自分がつけてしまったものだと気づいて頬を染める。
 痛かったかな、悪いことをしたな、傷の痕なんか残らないよなと眉を下げ、そっと口づけてみた。
「うん……ミシェルの、背中……、好き、だな……」
「そう……?」
 柔らかく確認されて、アルトは少しだけ振り返ったミハエルの瞳を覗き込む。ガラスのない素のままの瞳は、いつも変わらずにそこにある。変わらずに、アルトをまっすぐ見つめてくれる。
「お前の目も、好きだ」
 少し身を乗り出して、目蓋を舐める。くすぐったいよと呟く口唇をキスで塞いで、ふとしたイタズラ心でそのままベッドに引き倒した。
「うわっ」
「へへ」
 背中からベッドへダイブしたミハエルを見下ろして、指定席、とばかりに胸の上に頬を乗っける。胸の上に散らばった髪に一本一本すべてが、ミハエルを求めているように見えた。
「なにするんだ、このお姫様は」
「お前のここも好き、かなーと思って。ちょっと確かめただけ」
 少しも悪く思ってないような素振りのアルトにミハエルはため息を吐いて、額にかかった前髪をかき上げる。こりゃ今日の朝メシは昼メシ兼だなあと思いつつ、
「で、どう? 好きかな、お姫様」
「ん? んー、好きだろうなあ」
「なんだその微妙な答えは。人を押し倒しておいて」
「でもなー、ミシェルの全部好きみたいだから、わざわざ言うことないかと思ってさ。温けぇー」
 寒い日には湯たんぽ代わりになるよと頬をすり寄せるアルト。なんて殺し文句を吐いてくれるんだと頭を抱えるミハエル。
 抱き寄せてキスをしたくなった衝動は、抑え切れなくても誰にも文句は言わせない、と、ミハエルはグイとアルトを引き寄せた。
「今日はもう、一日こうしてよっか」
「お前の身体に触ってていいか?」
「24時間、いつでもおいで」
 大歓迎だとばかりに笑うミハエルに、頬を緩めるアルト。その口唇は、深い深いキスで濡れていった。




提供:リライト様 あたたかい五題より「24時間いつでもおいで」