魔法の言葉

2010/12/15


 膝の間に座って胸にもたれながら、アルトはふと視線を上に上げた。
 見慣れてしまった恋人のハニーブラウンが、目に飛び込んでくる。

「ミシェルの髪ってさ……」
「うん?」

 片腕でアルトを抱きしめながら、ミハエルはお気に入りの小説を読んでいる。
 学校もなく勤務もなく、ただふたりで過ごすだけ。
 こんな休日が、とても好きだった。

「なんでここだけくるんってなってんだ?」

 指先で指し示すのは、不思議なことに先端だけパーマのかかる二房。
 前髪、に分類されるようだが、その二つ以外は特にパーマはかかっていない。
 それはもうミハエル・ブランの特徴であり、まねいようとしてもできない部分。

「部分天パだよ。別に自分でしてるわけじゃない」
「ふぅん…?」

 つん、つん、と一房引っ張る。

「こーら、引っ張るなよ」

 ふふ、と笑いながら、アルトは引っ張る手を止めようとしない。もちろん痛みを感じる訳ではないが、違和感はある。

「ひーめ。これがなくなったら俺じゃなくなっちゃうだろ?」
「……なんか触角みたいだな」
「まあね、姫レーダー搭載してるし」

 なんだよそれ、と笑うアルトに、ちょんと小さくキスをする。ふれるだけで離れるそれを不満がるでもなく、アルトはじぃっとミハエルを見つめた。

「なぁに、アルト」
「お前さあ……あの髪型っていつもセットしてんだよな」

 ミハエル・ブランはいつでも完璧だ。櫛だっていつも持ち歩いているし、制服だってキッチリと着こなしている。
 撃墜王たるもの、どんな時にも気を抜いていられないのだろうか。

「外出る時は、そうだなあ」
「髪、下ろしててもカッ…………コイイ、のに」

 言いかけてハッとして、それでも小さくつぶやき終えたアルトを、ミハエルは心の底から愛しく思って、微笑んだ。

「この髪型、好き?」

 ミハエルは両腕をアルトの身体に絡めて抱きしめる。頬に当たる髪に、くすぐったそうに身をよじりながらアルトは、

「まあまあかな」
「えー」

 その応えに、ミハエルは若干不満そうに息を吐く。案外子供っぽい仕草にアルトは笑い、頬に口づけた。

「嘘だよミシェル。お前なら……どんなんでも、…好きだ」

 耳元でこそりと囁く、恋の言葉。
 いつ聞いても嬉しくなる、魔法の言葉だ。
 いつ言ってもドキドキする、呪文の言葉だ。

「じゃあ今度、オールバックとかしてみようか?」
「ははっ、あんまり想像できない」

 言いながら引かれあっていく口唇。ベッドに乗り上げてしまえば、散らばっていく髪が重なって指が絡まって、口唇が通り過ぎるだけ。

「ミシェルは、どんなのがいい?」
「どんなのだって大好きだよ」
「いつものポニテも?」
「トレードマークだろ」
「下ろしてるのも?」
「大好き」

 髪が、指に絡む。
 口唇が、触れる。

「……ツインテールとか」
「絶対可愛いから俺の前でだけな」

 そんな自分を想像しておもしろそうに笑うアルトの鼻先を、ペロリと舐める。

「俺もお前も、お互いの前でだけ。な」
「わかってるよ、ミシェル」

 抱き寄せてキスを求め、あと少し残った休日を、ベッドの中でだらだら過ごす。
 そんな休日が、とても好きだった。