\オープンアルト/-1

2011/03/19


 普段はざわついているはずのそこに、一瞬の静寂が訪れた。
「監督ー、見て見て、可愛くできましたよぉー」
 スタッフに連れられてきた主役を振り返った、とたんの静寂。
「……えっと」
 やっぱりおかしかったかなと、彼がためらいがちに小首を傾げたのがきっかけになってか、わっと沸き上がる歓声とどよめき。
 彼が着用しているのは、普段は絶対に着ない女物。レースとリボンがめいっぱいの、可愛らしいワンピース。
「アルトくんすごく可愛いよ!」
 飛び跳ねながらそう言うのは、超時空シンデレラのランカ・リー。
「まさかそこまで似合うなんてね、やっぱりアンタ性別間違ったんじゃないかしら」
 揶揄を含んで肩をすくめるのは、銀河の妖精シェリル・ノーム。
「やっぱりこの衣装にして正解よねえ、アルトちゃん綺麗よぉ」
 衣装スタッフの後ろで誇らしげに笑うのは、出演兼メイクスタッフをつとめる、元ナンバーワンメイキャップアーティストのボビー・マルゴ。
「本当に、アルト先輩は女物似合いますよね。あっ、嫌味じゃなくて」
 失言だったかと弁解しながら頬を染めるのは、大企業の跡取り息子、ルカ・アンジェローニ。
 監督であるジョージ・山森も、満足そうに無言で頷いている。
 評価は上々、やっぱりホッとして、早乙女アルトはいちばん気になる人の反応を期待し振り向いた。
「ミシェ……」
 あ、と眉が下がる。
 少し離れた壁にもたれ、その人はこちらを見ていてもくれなかった。
 ――やっぱ、似合ってないのかな……。
 しょぼんと俯きながらも、アルトはスカートの裾をぎゅっと握って顔を上げる。コツンコツンとヒールを鳴らして、ゆっくりとその人の元へ歩み寄った。
「あの、ミシェル……どう?」
 彼の名はミハエル・ブラン。アルトがこの銀河の中でたったひとり、恋人と呼ぶ男。
「ミシェルはこういうの、嫌いか?」
 その人のためにめかしこんだわけではないけれど、ひとつくらい賛辞が欲しい。いや、優しい視線のひとつでもくれれば、それで満足。
 だけどミハエルは、さっきから困ったような表情しかしていない。そんなに似合わないだろうか?とアルトは自分の衣装をマジマジと眺めた。
 白いレースや黒のリボンは、それだけでこそばゆい感じさえする。ふんわりと盛り上がったスカートは、パニエのおかげ。しあげのヘッドドレスは、やっぱりレースがふんだんに使ってあった。
 ゴシックロリータというファッションらしい、ということしかアルトには分からない。演出のためにこの衣装を着なければならなかった、ということも分かるが、ミハエルにそんな顔をされるくらいならいっそ脱いでしまおうかとも思う。
「あ、いやいや違うってアルト」
「え?」
 しょぼんと俯いたアルトの心の内を悟ってか、ミハエルはあわてたように言葉を放った。
「可愛すぎて、直視できないだけ」
 ため息ひとつ、そのあとに胸をなで下ろし、ミハエルはやっとアルトを正面から眺めてくれた。
 普段見ることのできない装いが、こんなにそわそわするものだなんてと、ミハエルは苦笑して髪をかき混ぜる。
 アルトはそうかとホッとして、肩の力をすっと抜いた。
 ふふ、と笑う。
「ミシェル」
「うん?」
 右足を軸にして、くるりと回った。
「似合うか?」
 三六〇度全部を見せたくてそうしたら、揺れるスカートがこんなに落ち着かないものだと初めて知って、頬を染めながらミハエルをまっすぐに見つめた。
「似合うよ、すげえ可愛い、アルト」
 賛辞と一緒にキスをくれて、アルトは嬉しそうに笑う。これで一安心だと、かかとを鳴らした。
「こら、飛び跳ねんなってアルト。転ぶぞ」
「大丈夫だって、わ」
 高いヒールは慣れていなくて、案の定バランスを崩してしまう。どれだけか予測していたミハエルはアルトの腕をグイと引き、言わんこっちゃないと咎めてみせた。
「へへ」
「へへじゃない、お前はもう」
 どさくさに紛れてぎゅうっと抱きしめる。この腕があるから安心していられるんだと、アルトもそっと身を寄せた。
「こらーそこのふたりっ、イチャイチャしてないで準備する!」
「イエッサー」
 NG出すなよ、とふたりで笑いあって、撮影陣の元へと手をつないで急いだ。






「ミシェルは本当にズルイ」
「は? なにが?」
 一通りの撮影が終わって、今日はこれで上がっていいと言われて十分。あてがわれた控え室に入っても、アルトは頬を膨らませたままだった。
 今日の撮影は問題なく終わったし、出したNGも昨日よりは少なかったのに、このお姫様はなにをむくれているんだろうと、ミハエルは髪をとかしながら思う。
「ズルイ」
「だから、なにがだよ。今日NGお前と同じくらいだったぞ?」
「ギター弾けるなんて、カッコよくてズルイ!」
「はっ?」
 肩すかしをくらったあとに、把握してミハエルの頬が染まる。泳ぐ視線は理性を押しとどめるためのものだった。
「あそこ本当に弾くなんて聞いてなかった、心臓に悪いっ」
「……だからお前、テイク1でNG出したの?」
 アルトはヘッドドレスさえ外さないままで俯く。ミハエルはブラシを置いて、椅子から腰を上げた。
「そんなにカッコよかった?」
 膝を綺麗にそろえて座るアルトの前にしゃがみ込んで、置かれた拳に手のひらを重ねる。のぞき込むアルトの頬は真っ赤に染まっていて、心なしか泣きそうに見えた。
「ねえ、ドキドキした……?」
 低く囁いてやると、アルトはためらって、それでもこくんと頷いた。
「これでおあいこかな」
「え……?」
「俺だって、アルトが可愛くてドキドキしてそわそわしたんだから」
 あ、と息を吐く前に口唇が重なる。そっと頬に添えられる手のひらの体温が、いつもと変わりもしないのに嬉しかった。
「普段こんな服なんて、見られないしな。どこがどーなってんの、このふわふわ」
「バッ……すけべ!」
 ついと持ち上げられたスカートをバッと押さえつけ、ミハエルを睨む。下着姿も裸体さえも知り尽くしているというのに今さらなにをと言われそうだが、そこは気持ちの問題だ。
「……へぇ? そういうこと言うんだ?」
 ニヤリと、ミハエルの口角が上がったのを目に留めて、アルトはそこで初めてしまったと思う。これはイタズラを思いついた時の顔に他ならない。
「俺は純粋な興味からだったんだけどな。アルトがそういうこと言うなら、期待に応えてあげないと」
「バ、バカバカ誰も期待なんかしてねえからっ」
 冗談に決まってるよな?とおそるおそるミハエルを見上げたが、期待もむなしく口唇を奪われるだけだった。
「ん……っ」
 それでもどこかで接触を望んでいるのか、入り込んでくるミハエルの舌先を、容易に受け入れてしまった。浸食されてしまう咥内は、【ミハエル】しか知らない。
「ん、は……ふっ」
 限界まで入り込まれて、唾液を飲み込む。ずくんとうずいた体も、【ミハエル】しか知らない。
 膝で両足を割ったミハエルが、指に髪を絡ませながら背を撫でてくる。その感触は心地よくて、抵抗したがっていた気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。
「ミシェル……」
 長い長いキスからようやっと解放されて、口をついて出てきたのは、愛しい人を求める甘えた声。
「ん、なに、姫」
 仕掛けてきた当の本人は知らんぷりをするつもりらしいけれど、アルトはもう身を持って知っているのだ。こういうときの陥落方法くらい、とっくの昔に。
 濡れた口唇を寄せる。けれど触れずに離れ、ためらって目をそらし、こぶしをきゅっと握った。
「……したい……」
 吐息とともに、潤んだ目でそう告げてやれば、カンペキだ。
「おいで、アルト」
 ちゅっとキスをくれて、ミハエルは手を差し出してくる。手を引かれたあとは、テーブルの上にちょこんと座らされるのを待った。
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