件名 Re;

2008/09/06


「……あれ?」
 発光を止めるために新着メールを確認すれば、必然的に受信ボックスに画面が切り替わり、既読数と未読数が表示される。
 おかしいなと思った。
 他人の携帯を覗く趣味はないため、自分の名前のフォルダが作られていることを知って嬉しくなったが、メールが少ないのだ。表示は24/1となっており、既読24、未読1と見て取れる。
 こんなに少ないはずはない、とミハエルはらしくなく慌てた。自分の携帯電話からアルトに宛てたメールも3桁を超えており、ならば彼の携帯電話にも3桁入っているはずで。
 それが2桁になっているということ、は。
「あー……消した、の、かな」
 受信のメモリだって無限ではない、許容量に限界がくれば、古いものから消えていってしまう。それを見越してメールを整理することはミハエルにだってあったし、メールを削除するのは何ら不思議なことではない。
 そう思っているのに、それがこんなにショックだとは思わなかった。
 自分が彼とのメールを楽しんでいるのと同じように、彼も楽しんでくれていると思っていただけに、ショックは大きかったようだ。
 アルトには、自分のメールは必要ないのだと。
「ちょっと自惚れてたかも、俺」
 大きく息を吐いて、額を押さえる。
 好きだと言ったら驚いた後にうんと頷いてくれて、何か訊きたいことはないのかと訊ねたら特にないと返されて、手に触れて握ったら指を絡め返してくれた。
 どれだけか後に言葉ももらったしキスもしたし身体だって繋げたけど、結局は自分の方がずっと多く彼を好きなのだろうと感じてしまう。
 いまさら後には引けなくて、彼を閉じ込めておきたいと思う反面、自由に飛ばせてやりたいとも思う。
 だけどまだ、手放す勇気は出そうにない。
 アルトの携帯電話を握り締めて俯くと、人の気配に気づいたのか、彼がもそりと寝返りを打って目を開けた。
「……ミシェル。帰ってたのか」
「ああ……さっき。起こしてごめんな」
 女々しいなと思っても、上手く笑うことができなかった。それに気づかないアルトではなく、起き上がって不審げに首をかしげる。
「ミシェル? 何かあったのか?」
「いや、別に何もないよ」
「嘘をつくな。じゃあなんでキスしない。いつもだったら起こしてごめんなんて言う前にしてんだろ」
 そんな遠慮のないキスが好きだなんて、絶対に言ってやるものかとアルトはミハエルの肩を掴んだ。
 だけどミハエルは振り向いてくれなくて、胸が鳴った。何か悪い予感がする、とシーツを握り締める。
「ミシェ……」
「なあ、姫はさ、……もうイヤになった?」
 不安になって名を呼んだら、遮るように呟かれた。だけど何のことを言っているのか分からずに、訊き返す。
「何の……ハナシだ」
「俺とのこと。イヤになったんなら、遠慮せずに言ってくれていいぜ」
「……ミシェル!? お前っ、何言って」
 どうしてそんなことを言い出したのか、アルトには分からない。イントネーションのないしゃべり方がいつものミハエルらしくなくて、余計に不安だった。
「イヤなまま続けられても、俺困るし」
 言ってほしくないと願いながら、ミハエルは俯いたままでぎゅうっと携帯電話を握り締める。いっそ壊しかねない力強さで、手がカタカタと震えていた。
「引き止めるとかそういうことは、しない……つもりだから」
 そこまで言って、ミハエルは急に視界が動いたのに気づく。気がつけば、背中にベッドを感じていた。
 突然の事態を把握するのに数秒を要したが、いちばん初めに認識したのは、泣きそうな顔をしたアルト。
「なんだよそれ! お前こそ、イヤになったんなら言えばいいだろ!」
 必死で堪えて、ギリギリまで我慢しているときの表情、だった。
「ふざけんなよ、引き止めてもくれねえ男にホレてたって思わせたいのかよ! 好きなんだぞ、俺、お前のことッ……!」
「え、でも、アル……」
 それ以上聞きたくない、とアルトはミハエルの唇をキスで塞ぐ。
 息を止めて、叫びだしたい声を押しとどめて、触れたがった口唇でキスをした。
 あ、とミハエルは気づく。ベッドに引き込んで押し倒すなんて大胆なことをやってのけたアルトの身体が、震えていることに。
 アルトから仕掛けられるキスが幼いのはいつものことで、だけど震える肩はいつもと違う。
 今好きだと言ってくれた彼を、疑うことはしたくない。そう思って肩を抱いたら、ふっと力が抜けていくのが分かった。
「ん……」
 力が抜けたのをいいことに、中へと入り込んで奪う。それを嬉しそうに反応するアルトに、ミハエルの胸が鳴った。
「んっ……ふぁ」
 ちゅ、ちゅっとキスの音が響いて、ようやくいつもどおりに戻る。
 満足したように口唇を離したアルトは、最後にぺろりとミハエルの口唇をなめて身体を起こした。
「今のキス、信じていいんだろ?」
「伝わった? 俺もアルトのこと好きって」
「なんで……あんなこと言い出したんだよ……心臓痛くて死ぬかと思った」
 伝わったよと視線だけで返し、ミハエルの前髪を払う。気持ちを疑わせるようなことは、していないつもりだったが、相手にとっては違ったのかも知れない。
「いや、女々しくて情けないんだけどね」
「なんだよ言えよ、気になるだろ。俺の方が悪かったなら、その、謝るから」
 申し訳なさそうな声にミハエルは苦笑して、こちらもまた申し訳なさそうな声で、携帯、とだけ返した。当然なんのことか分からず、え?とアルトは首をかしげる。
「ごめん、ちょっと携帯のメールボックス見たんだけどさ。その、帰る前に送ったメールが届いてチカチカしてたから、止めようと思ってな。他のメールとかは見てないけど、一応謝っとく」
「なんでそれで変な誤解とかするんだ? 他のヤツからの……そういうメール見たとかってなら、分かるけど……」
 もちろん誤解を生むようなメールなんてないし、後ろめたいことは何もない。どうしてそれで、あんな話しに繋がるのか、アルトには分からなかった。
「俺から送ったメール、あんまりなかったから……必要なかったのかなって、思って」
 女々しいだろ、と苦笑して視線を逸らすミハエルに、アルトは力が抜けてしまう。ミハエルを覆うように突っ伏して、くっくっと肩を震わせた。
「笑うことないだろ、俺結構ショック受けてんだけど」
 アルトは笑いながらミハエルの身体を強く抱きしめ、頬にキスを落とす。
「姫?」
「お前のメール、こっちに移した」
 そうして、枕元に置いていた記録媒体をミハエルに向けてみせた。案の定、ミハエルの目が丸くなる。予想通りの反応に、おかしくなってまた笑ってしまった。
「だからあんなに少なかったのか?」
「だって容量いっぱいになれば消えちまうだろ。こっちに入れておけばいつでも見られる」
 消したくなかったんだ、と付け加えると、ミハエルは大きな息を吐いてぱたりと腕を下ろす。力が抜けた、と呟く彼が小さな子供のように見えて、あやすように額に口づけた。
「女々しいのはお互い様だな」
「あーもう、俺カッコわりー」
「俺、別にお前がカッコよくなくても構わねーけど」
「そう? じゃあいーや」
 髪を撫でてくるアルトに笑い、目を閉じる。飾らなくてもいいんだなと思ったら、愛しさがこみ上げてきた。
「ありがとうなアルト。大好きだぞ」
「うん。俺も」
「こっちで寝てもいい?」
 溢れて、一人でなんか寝られないと目を開けてアルトに視線を移したら、ピッと額を弾かれる。寝るだけなら上へ行け、と。
「していいのか?」
「いいんじゃねーの。流れ的に」
「ムードないな。たまにはさ、可愛らしく“抱いて”とか言えないもんかね」
「バッ……絶対言わねえ!」
 顔を真っ赤に染めたアルトを抱き寄せて、ミハエルは優しいキスで始まりの合図を告げる。アルトはそれを受けて、ミシェルと小さく名を呼んだ。



 次の日、ミハエルの携帯電話からアルトのメールが記録媒体に移され、いつも持ち歩くケースにしまわれることになる。
 机の影で触れ合う指先は、いつもより温かかった。



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