コイスルセリフ2

2011/12/30



 ミハエルは、携帯電話をじいっと眺めた。
 そうして項垂れて、何度目かの大きなため息を吐いた。

「あー……」

 失敗したかなあ、と思う。ものすごく寂しくなってしまった、携帯電話のアドレス帳を眺めながら。
 ちらりと、横目で隣に横たわるひとを見やる。
 これでもかというほど幸せそうな寝顔を見せつけられて、そうしたことを後悔するのだ。

「ちくしょう、可愛い」

 ミハエル・ブランは、自他共に認める女好きだ。幾人かの女性と深い仲になったこともあるし、道行く美女を見れば今でも声をかけたいと思う。
 ……のに。

「んー……」
「まだ寝てていいよ、アルト。起きなきゃいけない時間じゃないから」

 どう間違って、早乙女アルトに惚れてしまったのか。
 眠そうな目を擦りながら鼻を鳴らす恋人の髪を撫でてやって、またため息を吐いた。
 否定するようなな不満があるわけではない。かといって少しも不満がないわけではない。
 早乙女アルトは可愛い。素直じゃないところも、ちょっと寂しがり屋なところも、世間知らずなところも、長い髪だってチャームポイントだ。
 これで男でなければ、すぐにでも結婚しましょうと言ってやるのに。
 ミハエルはぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜる。こんなに綺麗でこんなに可愛いのになんで男なんだと。

「あぁー……女の子たちのアドレス消さなきゃ良かったなあ」

 早乙女アルトは間違いなく男で、ミハエル・ブランは彼に心底惚れ込んでしまっている。
 女性たちからの誘いを全部断るようになってしまって、学校ではあのミハエル・ブランに本命ができたらしいなどという噂がまことしやかに囁かれ……いやそれは事実だったが、あっという間に広まり、おめでとう頑張ってねなどと励まされ、どうにでもなれと半ばヤケになって想いを告げ、最終的にはこうして恋人同士のようなものになった。
 俺が女みたいだからか? と、自嘲気味に訊いてきた彼の寂しそうな表情は、いまだ目蓋の裏に残っている。
 歌舞伎の女形をやっていたせいか、アルトはそう思って見なければ男性と気づきにくい。
 だから、想いを告げた時まずアルトがそこを気にしてくるのは何も不思議なことではない。
 実際ミハエルだって、アルトは女なのではないかと思ったこともある。
 まず容姿で疑って、次に仕種で疑って、濡れた視線に潜む乙女を見つけ、紡ぐ言葉に少女を垣間見、夢でも見ているのではないかと思ったこと、数度。
 だけど、惹かれたのはそこではなかった。
 メンバーの誰もが諦めてしまった、航宙科のトップ争い。アルトだけが、ミハエルに挑んできてくれた。実力の差を見せつけてやっても、無駄だとはねのけてやっても、懲りずに技術を身につけ、半年も経つ頃には次席をキープしていた、あの負けず嫌いの強い瞳。
 あのまっすぐな瞳に、憧れて、深く惹かれて、気づけば恋に落ちていた。
 好きだと言ったらふうんと返されて、イラついてキスをしたら手が早すぎだと頬をつねられたのを覚えている。
 冗談みたいな流れで恋人同士にはなったけど、手放しで浮かれてしまえる関係じゃない。
 抱いたあとは決まって、押し寄せてくる現実にため息を吐くのだ。

 ――――なんでアルトは、好きだって言ってくれないのかなあ……。

 手放しで喜べない理由はそのひとつ。
 何度もキスをして、何度もつながって、何度も好きだと囁いてきたのに、アルトからは何も返ってこない。
 嫌われてはいないと思う。だけど好かれているかと訊かれたら、なんと答えればいいのだろう。
 こんな時は、何も考えずに体温だけ求められる女性の優しさが恋しくなってしまう。
 そんなこと、アルトには絶対言えやしないのだけれど。

「ミシェル……?」

 起き出してしまった恋人を見下ろして、ミハエルは何とも複雑な表情を浮かべた。

「まだ寝てていいよって言ったのに」
「だって、お前が起きてるから、隙間から風が入って……」

 ちょっと寒いんだよ、とブランケットを引き上げるアルトに、ああごめんごめんと呟いて少し考え、ベッドに背中を預けた。

「ん、暖かい」

 腕に頬をすり寄せてくれる恋人はとても可愛いけれど、ミハエルは逆に寂しくなってしまう。どうしてこうまでなついてくれているのに、言葉がひとつもないんだろう。
 遊び感覚なのだろうかと思わないでもない。
 実際ミハエルは女性とそうしてつきあってきたのだし、アルトがそういうつきあい方をするのは責められない。ただ、相手が他の人間ならば、だ。

「ねえ、アルト?」
「うん? どうしたんだミシェル。さっきから携帯眺めてばっかだったけど……何か任務の召集か?」

 アルトは眠そうな目を開けて、視線を合わせてくる。ミハエルは、寂しくなった携帯のアドレス帳を向けて見せ、現状を語る。

「俺さ、つきあいのあった子たちのアドレス、全部消したんだよね、先週。今はSMSのヤツらとか、航宙科のメンバー、ランカちゃんとかナナセとかシェリル……そういう仲のいい子のしか残してない」
「……お前の携帯とは思えないな」

 アルトは苦笑いを返してきた。ミハエルの交友関係が幅広いことは、学園の誰もが知っていることで、その寒々強いディスプレイは目の当たりにしても先入観でにわかには信じられない。

「だって俺は、この先アルトしか考えられない。ずっと一緒にいたいんだ。これが俺の誠意」

 ミハエルは携帯電話をしまい、アルトの髪をゆっくりと撫でる。こんな距離でこんなことをするのは、この先ずっと自分だけであってほしいと願いながら。

「ミシェルは……本当に俺のこと好きなのか」
「そうだよ好きだよ、愛してるよ。バカみたいに」

 弱音なのか、愛の告白なのか、こんなの格好悪いと思いつつも、ミハエルの口唇が止まることはなかった。

「でも、アルトの方はこんなこと考えてもないだろ?」
「え……っ」

 アルトの目が見開かれる。ミハエルは、ああ本当に格好悪いと目を閉じて、その視線を遮断した。

「本当は、アルトに好きになってほしい、好きだって言ってもらいたい。お前を好きになる前は、いつ死ぬか分からないから家族なんて持つ気なかった。でも……そんなこと考えてられないくらいお前のこと好きになっちまって、欲張りになっちまったんだな、ごめん」

 みっともない、とミハエルはベッドに突っ伏した。

「……ミシェルが、俺のこと好きだって言ってくれたのは本当に嬉しかったんだぞ」

 短い沈黙のあとに、アルトの静かな声が聞こえる。だけどアルトがどんな顔をしているのか見たくなくて、顔は上げなかった。

「でもやっぱり……信じられなかったし、こうやって一緒にいるようになっても、そういうつきあいなのかなって思うと怖くて、訊く勇気もなかったんだ」
「え……?」

 ミハエルはそこでようやく顔を上げ、アルトの顔を見る。
 見たこともない、幸せそうな表情だった。

「でもお前の気持ちは充分解った。一生面倒見てやるからな!」

 泣きそうで、でも幸福そうな顔。今までに見たどんな早乙女アルトより綺麗に見える。

「え、……えっ!?」

 見惚れるあまり、告げられた言葉の意味を考えるのに時間がかかった。意味を把握して、ミハエルはガバッと体を起こす。

「こら、だから寒いって言ってんだろ」
「あの、アルト、今の!」
「ずっと言えなくてごめん、愛してる」

 ブランケットの中に引き込みながら、アルトが恥ずかしそうに早口で告げてきた言葉は、ミハエルがずっと欲しくてたまらなかったもの。

「アルトも……怖かったのか」
「だって普通そうだろ、なんで俺なんだろうって何度も思ったし」

 ふたりでベッドに寝ころんで、寒くないようにとくっついて、吐息を感じる距離で、愛しているともう一度告げた。

「でもさあ、ねえ、ああいう台詞は俺に言わせてよ。アルトだけなんか格好よくてズルイ」
「わけわかんね。俺は別にお前が格好よくなくても……好きだけど」
「嬉しいね。でもアルトの前では格好よくしてたいの。俺が一生面倒見るから、隣にいてくれよな」
「ん」

 鼻先をすり合わせて、キスをする。
 今日はずうっとこうしていたいなあと、学校をサボる提案をしたとかしないとか。



提供:リライト様 恋する台詞より「解った。一生面倒見てやるからな!」